第51話「漆黒の刀」
俺はその場に立ち尽くしていた。最悪の光景を前に思考が停止する。こんな事はあり得ない。万全な状態のカナンが負けるはずがない。
それでも地面に横たわるカナンの手からは剣が離れている。これが紛れもない現実なのだ。
傷だらけの少女は頭から血を流して眠る。そしてあろうことか、彼女の何よりも美しかった金の後ろ髪は燃えて失われていた。
「・・・見誤ったなカナン。」
その結果をグレイヴは退屈そうに見下ろしている。その目は心底つまらなそうだ。
「───カナン!!」
どれだけその名を呼んでも返事はない。その間にも少女には男が迫っている。もうその脅威を止める事は、誰にもできない。
「呆気ない幕引きだが、まぁいいか。」
そしてカナンの前で立ち止まった男は片手で刀を振り上げる。
「───ん?」
しかしグレイヴは黒い刀の一振りを止めた。その男の目の前を横から現れた光が遮ったのだ。
「お前、何をやっている。」
「・・・」
俺は再び黄金の剣を手に取っていた。既に所有権をカナンに返却したからか、以前のように光は集まらず、剣からは全く熱が感じられない。
「何を・・・いや、そうか。お前、新たな担い手だったのか。ふっ、今度はまた随分と弱そうな者を選んだな。」
「何言ってんのか意味分かんないが、カナンに手を出したら殺す。」
「そう虚勢を張るな。この女にさほど興味はない。俺が欲しいのはその剣だ。」
グレイヴは黄金の剣を遠い目で見つめる。そして大袈裟に刀を横に振り払い、こちらに向かって歩き始めた。
「お前、名前は?」
「・・・江古田蓮。」
「なるほどな。やはりお前がブライスの言っていた男か。」
「どうしてお前がブライスのことを?」
「ふっ、どうやらカナンに何も聞かされていないな。」
「あ?」
そして男は愉快そうに笑うと、俺に見せびらかすように刀を空に掲げた。
「この刀は漆黒の刀。世界を闇で覆い尽くす最強の武装だ。この闇は光を飲み込み、その輝きは死を操る。」
「死・・・まさか、お前が?」
「そうだ。俺が死者を生み出し操っていた。つまりブライスを終わらせたのは俺だ。」
「───っ!!」
咄嗟に俺は剣を強く握りしめた。敵を前に心を乱すわけにはいかない。それが例え仲間の仇であろうとも。
「しかし、あの男は本当に愚かな道化だったな。お前もそう思わないか?江古田蓮。」
「?」
「あの男はお前たちを散々裏切った挙句、共犯者の俺まで裏切った。それで最後は剣士として死にたいなどと。ふっ、まったく笑わせる。その人生の全てを傭兵として生きた挙げ句の果てが───」
「・・・だまれよ。」
「───何と滑稽な末路だろうか。英雄だなんて呼ばれていたが、所詮はただの───」
「黙れよ!!!!」
「・・・っ。」
その言動に耐えきれなくなった俺は無意識のうちに剣を突き立てて突進していたが、その剣はグレイヴには軽く受け止められた。
「誰であろうと、あいつを貶す事は許さない! あいつは最後まで戦った! その人生に抗った!」
「その結末がアレか。己の故郷を失い、誇りを失い、その意味を失った。それでどうだ、そこに寝ている女も同じ道を辿ろうとしているぞ。お前はそれで満足なのか?」
「カナンには俺がついている。そんな未来は俺が否定する!」
「・・・つまらんな。」
そこでグレイヴの動きは再び加速した。そこから繰り出されるのは一切の躊躇のない乱撃。それを防ごうと重い剣で必死に抵抗するが、その刀の細かな斬撃は止まる事なく傷を負わせてくる。
「───くっ!」
一瞬の隙も油断も許されない斬り合い。次第に増え続ける負傷。ただでさえ剣の動きが鈍くて重いのに、その刀は・・・
「ふっ、心配せずともお前は死者にはできない。」
「───っ?」
「恨めしい事だが、黄金の剣の光に守られている以上、この漆黒の刀の闇は届かない。だが、もしその剣を離したら、その時こそがお前の最後だ。」
「くそっ!」
もう輝くことのない剣を振り回して悪態をつくが、
下衆な笑みを浮かべる男の刃は止まらない。
「はは、はは。」
「───ぐっ。」
「はは、遅い。」
こちらが瞬きをした瞬間、死んだ目をしたグレイヴは笑みを消して、一瞬で間合いを詰めてきた。
「───っっっ!!」
そこで反射的に剣を構えるも間に合わず、胸から肩を引き裂かれて破ける服と溢れ出る血。服の中に隠しておいた銀の月のペンダントが顕になった。
───それと同刻、少女は意識を取り戻す。
解除された武装、擦り切れた衣服、失われた後ろ髪、そして生暖かい自身の血。その全てが無様にあの男に敗北したことを物語っていた。
「・・・蓮。」
少女は力を振り絞って地面から体を起こす。まだ朦朧とする意識の中、手元から消えた剣と、何よりも少年の姿を探した。
「───え?」
そこでカナンは目を見開いて言葉を失う。偶然か必然か、その透き通った青い瞳があり得ないものを見つけてしまったから。
少女が霞む視界の中で見てしまったのは、死んだ目で黒い刀を振り下ろす男と、血を吐きながらも黄金の剣を手に必死に奮闘する少年。
その首元には銀の月のペンダントが見え隠れしていた。
それを少女が見間違うはずもない。それは幼い頃のカナンが恩人から譲り受けたペンダントと瓜二つだったのだ。少女が常に剣と共に胸の中にしまって大切にしていたものなのだ。
「・・・っ!」
そして少女は全ての運命を理解した。今この瞬間に定められた未来への時が動き出したことを。
「蓮!!」
カナンは即座に立ち上がり、咄嗟に少年の名を叫んだ。
「───カナン!?」
その声に反応した少年と男が横に振り向くと、少女は手を伸ばし、少年に向かって真っ直ぐに飛び出していた。
その少女の不可解な行動に戸惑い、一瞬だけ静止した少年と男。しかし少年はその僅かな時間で少女の意図を察し、その判断を一切疑わずに、彼女に向かって黄金の剣を全力で放り投げた。
「───血迷ったか?」
その場でただ1人、グレイヴだけには少女の行動と少年の選択が理解できなかったが、それでも何の迷いも躊躇もせずに、剣を自ら手放した少年に刀を振り下ろす。
「───っ!」
「───死ね。」
無防備の蓮の身体に迫る刃。剣を掴んだカナンは瞬時に力を込めて構える。しかしグレイヴの目には数秒後に斬られる少年しか見えていない。男は最初にカナンと剣を交えた感触から、その光が間に合わないと確信していたのだ。
「っ!!!!」
「───なんだと!?」
それでも少女が剣を振り下ろすと、その剣先から放たれた眩い光は閃光の如く、少年と男の間を駆け抜けて刀を退け、そのまま男の漆黒の鎧に衝突した。
「ぐっ! この威力!」
「らあぁぁぁ!!!!」
グレイヴは漆黒の刀から闇を解き放つが、カナンの黄金の剣の予想外の光を前に、大幅に出遅れて押し負ける。
「カナン!!」
「───っ!!!!」
「カナン! 貴様!」
少女は蓮の前に立ち、剣から光を放ち続ける。グレイヴも声を荒げてさらなる闇を放出し、両者の激しい衝突は拮抗するが、そこで再び光は爆発した。
「カナ───」
そこから生み出された衝撃波はその場の全てを吹き飛ばした。グレイヴは遠くにある海の方に。カナンは背後にいた蓮を巻き込んで、2人重なって近くの川に。
そして少年と少女は共に水の中へ沈んでゆくのだった。




