第50話「繋がる空」
お互いの手を握り合って歩く。今はカナンの全てを感じていたいのに、己の心臓の音がうるさい。こんなに鼓動が速いのは初めてだ。
「───なんだか、変な感じだね。」
「そ、そうかな。」
「ふふ、蓮ってば、興奮しすぎ。」
「え!?」
「忘れたの? 私の感覚は普通の人間よりも繊細だから、こうして手を握っているだけでも、貴方の鼓動や脈拍、感情が伝わってくるの。」
やばい、そうだった。つまり全部筒抜けということか。これは恥ずかしすぎて情けなさすぎる。俺は橋を渡り終えてから、一度心を落ち着かせて深呼吸した。
「その、お手柔らかにお願いします。」
「ふふ、大丈夫。私だって、すごい心拍数だから。」
「え、本当?」
「───確かめてみる?」
「───え!?」
その言葉を聞いて、俺はつい声を上げてしまった。こちらを揶揄うための冗談かと思って、少女の方を見つめると、カナンは上目遣いで自分の胸に手を当てていた。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
これは絶対に罠だ。その誘いに乗ったら笑われるに決まってる。くそっ、こんな時にあの2人がいれば心強いのに。
それでも俺は無言で手を伸ばそうとしていた。カナンも驚きながらも、笑顔のまま抵抗はしない。やっぱり冗談のつもりだったのか。
「「───!?」」
そしてカナンの胸に手が届く前だった。
俺とカナンは月明かりの届かない暗闇の方角を同時に振り返った。そこから僅かな敵意と殺気、尋常ではない気配を感じたのだ。
しばらく見つめていると、こちらが存在を感知したことを悟ったのか、その影から1人の男が姿を現した。
「───っ!?」
その男の姿を見て、隣にいたカナンの警戒心が最大限に上昇したのを感じた。その目は鋭く光っている。
「そう睨むな、カナン。」
その男は飄々と不気味な薄ら笑いを浮かべていた。
逆立った黒髪に端正な顔立ち。異様なほど白い肌。その瞳は赤黒く染まっていた。そしてブライスを思わせるほどの長身で大柄な体格には、所々に金の装飾の入った漆黒の鎧を装着しており、その右手には黒く輝く禍々しい刀を握っていた。
わざわざ本人に聞く必要すらない。こいつは間違いなく敵だ。
「なんだ、なぜ沈黙する。まさか俺のことを忘れたのか? そんな筈はないだろう?」
「やはりこの時代に来ていたのね。グレイヴ」
その名を呼ばれた男は相変わらず不敵に笑うが、その目が一切笑っておらず不気味だ。
「───蓮、下がって。」
カナンは俺を後ろに引かせると、自身の胸から剣を取り出し、外出用の服装を一瞬で戦闘装備に移行した。この刹那の時間で彼女はすでに臨戦態勢だ。
「カナン、あいつは・・・」
カナンは剣を構えて目の前の男を容赦なく睨みつけた。そして一言。
「敵。」
その言葉には恨みや怒りとも取れる激しい感情が込められていた。
「おいおい、俺とお前の仲だろう。」
軽口を叩くグレイヴは3つの結晶を取り出して手で遊ばせていた。
「・・・あと1つは?」
「ん? なんだ知らないのか? 残り1つは誤作動で別の過去に飛んだんだ。ここから10年、いや、あるいは100年前かもしれないが。」
「・・・そう。念の為の確認だけど、この街の死者は貴方が?。」
「ふっ、聞くまでもないだろう?」
「最低ね。」
カナンとグレイヴの両者は距離を取りながら歩き始める。それはまるでお互いの縄張りを主張して威嚇し合うように、殺意と敵意のこもった目で睨み合う。
そして僅かな差ではあるが、その距離は徐々に縮まり始める。
「あの男はなんだ? お前の観客か? 肉壁か?」
「・・・」
「それともお前の男か?」
「・・・そうだと言ったら?」
「───実につまらんな。普通の女に成り下がったお前など。」
「貴方には関係ないと思うけど。」
「俺とお前は表裏一体。光と闇、合わせて一つ。」
そしてグレイヴは立ち止まるとカナンに下衆な笑みを浮かべた。
「誰がお前に最後を与えたのか忘れたのか?」
「───っ!!」
その言葉が開始の合図となった。カナンとグレイヴは一瞬で間合いを詰め、その剣と刀は衝突して火花を散らした。
「また俺にやられたいのか!!」
「黙れ!!」
険悪そうな未来人たちはお互いに叫びながらも、目にも止まらぬ速さで加速し続け、激しい鍔迫り合いが加熱する。
「・・・すごい。」
その様子を見ていた俺は素直に感心してしまった。ようやく全回復したカナンの剣技は惚れ惚れするほど美しい。その動きには一切の無駄がなく、黒い刀の斬撃を完璧に受け流している。
彼女の本気の戦闘を改めて見ると、やはり相当な実戦経験を積んできたことが伝わってくる、熟練の剣捌きだ。
「久しいな! こうして直に剣を交えるのは!」
「・・・っ。」
それに対して男の方、グレイヴの動きも尋常ではない。その刀の太刀筋は不気味なほど歪んでいるが、しかし両者とも、その剣技は拮抗している。
このままでは勝敗は長引くのだろうか。
「───っ!」
そう思った矢先だった。少しだけ後退りしたカナンは黄金の剣の光を解放した。その輝く剣を見つめて、グレイヴは笑みを浮かべるのをやめる。少女の眩い光を前にしても、その目は死んでいた。
「それは何の冗談だ?」
「なんのこと?」
「まさか、本当にそれで俺の刀とやり合う気か?」
「貴方にはこれで十分。」
「・・・そうか、お前は本当につまらなくなったな。」
男は力なく退屈そうに呟くと、黒い刀を前に構えた。その瞬間、得体の知れない黒い光が刀身に集まり始め、カナンの光と対をなす闇が広がった。
その暗闇の底は見えない。どこまでいっても真っ暗で、恐ろしい禍々しさ。
「「───っ!!!!」」
そして解き放たれた両者の光の斬撃は衝突する。その衝撃は空間を歪め、大地を震えさせる。せめぎ合う光と闇はその場の全てを覆い尽くす。
「───カナン!」
俺の目の前に広がるのは白く眩い光、金の髪を靡かせる少女の後ろ姿。それは正面から襲い来る衝撃と剣の重みに必死に耐えていた。
「───くっ!」
「───ふはっ!」
その時、突如として増大した光と闇は空間を裂き、鼓膜が破れそうなほどの激しい衝突音と共に爆発した。
「───っ!?」
その衝撃波を後ろで受けた俺は軽く吹き飛ばされ、一瞬だけ目を閉じた。
「どうなったんだ!?」
そして次に目を開けた瞬間、目の前に広がったのは激しく破壊された地面と薙ぎ倒された木々、視界を覆うほどの土煙と炎。
たった2人の人間の強大な力の衝突。その後に残った光景を見るだけでも、未来の世界の戦争で荒れ果てた大地が想像できる。
「・・・カナンは、えっ?」
俺は周囲を見渡そうとした時、それを見て目を見開いた。なぜか足下には黄金の剣が落ちていたのだ。
「・・・っ!?」
視線を遮る煙の中、目を凝らして少女の姿を必死に探す。先ほどまで少女の握っていた剣がなぜ足下にあるのかなんて、今はどうだっていい。
そして煙が消え始めた時、その姿を俺は見つけてしまった。
「───カナ、ン。」
そこには頭から血を流して目を閉じるカナンが地面に横たわっていた。その少女が少しでも動く様子はない。
それを少し離れた距離で見下ろすのは黒い刀を持つ男。その目は変わらず死んでいる。
これが現代で光と闇が初めて衝突した結果となった。なってしまった。
───カナンは敗北したのだ。




