第49話「あなたと共に」
カナンは歩きながら自分の話を淡々と語った。それを俺は黙って聞いていた。そして彼女の話が終わる頃には夜が訪れ、その剣と邂逅を果たした橋の上にたどり着いた。
「───これが私の未来、私の戦った結末。」
「・・・」
カナンは辛そうでも、悲しそうでもなく、どこか自暴自棄で、自虐気味に喋っていた。それもそうだろう。未来の彼女は戦いの最後に、これまでの人生そのものを否定され、それを認めてしまったのだから。
「黄金の剣と私は抑止力として生み出された存在。その力を超えてしまった時点で、もう私は終わっていたの。」
カナンの光はもう、とうの昔に途絶えていたというわけだ。その話の結末、恐らく彼女は未来に帰ったところで、もう既に。
そしてカナンは黄金の剣を取り出した。その剣をどこか遠い目で見つめた後、こちらに手渡してきた。
「貴方には秘密にしていたのだけど、その剣には解放できる力が3段階あるの。蓮が解放していたのは2段階目、そして3段階目は意図的に制御させてもらってた。というより、私自身でも使わないようにしてた。」
「───どうして?」
「理由はいくつかあるけど、まずは普通の人間には耐えられない力だから。それと膨大なエネルギーを消費するから、この時代で使用した時点で私は強制帰還。・・・あとは、その光は眩しすぎるから。」
「・・・」
「あのとき私は決めたの。もう2度と同じ過ちは繰り返さないと。全てを光で照らさずに、今度こそは自分の目で世界を見ようと。より多くの結晶を回収できれば、まだ彼らの未来は繋がるかも知れない。せめて私を信じてくれた者たちのために。」
「・・・じゃあ、カナンはどうなるんだよ。」
俺は剣を強く握りしめた。それを通して少しでも感情を伝えられるように。
「・・・」
「カナンが未来に帰ったところで、結局救われるのは君自身じゃない。それで得をするのは石を投げた人々か? その光を盲目的に求める仲間たちか? それは全部他人だ。そのためにカナンが、君1人が犠牲になるなんて、俺は、江古田蓮は、許せない。」
そんな暗い未来しかないなんて、俺は絶対に認めない。認めたくない。
「・・・私はそれでも良かったの。」
「なんで、そこまで。」
「それが私の生きた意味だから。」
「───そんなの、間違ってる!」
「───っ。」
「カナンの未来はカナンだけのものだ。他の誰のものでもない! 他の誰に捧げるものでもない!その光が眩しすぎて何が悪い、君が輝いていて、何が・・・」
「・・・ならば蓮、貴方は私に何を思ったの? あの夜、この場所で、私の光を見て、私の剣を手にとって、何を感じたの? ・・・きっと貴方も、彼らと同じじゃないの?」
「俺は・・・」
それは確かにそうだ。全てカナンの言う通りだ。あの夜、俺はカナンの光によって、その他大勢と同じように救われたし、それによって照らされた。
───だとしても、俺は、今の俺は。
「俺は君の光に救われた。その光を美しいと、綺麗だと、眩しいと思った。その事実は変わらない。」
「・・・そう。やっぱり貴方も───」
「それでもっ!!」
「───っ!?」
「今の俺は、その光だけが眩しいとは思わない。これまでの日々をカナンと過ごしていて、いつも微笑む君を見て、無邪気に楽しそうに笑う君を見て、俺はその笑顔の方が眩しいと思った。」
「・・・そんな、の。」
「これだけは俺の本心だ、俺だけの気持ちだ。この想いはカナンの剣になると言った、あの夜から何一つ変わらない。」
「・・・」
「俺は未来のカナンにじゃない、今の君に聞きたいんだ。カナンは、本当はどうしたいんだ?」
「・・・」
それを俺は知りたい。彼女が何を思って、この時代で過ごしてきたのか。今この時、この場所で、何を感じているのか。
もう覚悟はできている。だから俺に残されたことは、この意志を真っ直ぐに伝えるだけだ。
「カナンが独りで苦しいのなら、俺が、一緒に背負うから。その光を、君の未来を。」
これで本当に全部を吐き出した。もう俺から語れることは何もない。あとは、カナン次第だ。
「・・・そんなの、ずるいよ。私には、許されない、なのに・・・っ。」
そしてカナンは涙をこぼした。その体が小刻みに震える。彼女の泣く姿を見たのはこれで2度目だ。
「───私は、私は。」
少女の言葉が途切れて喉の奥に詰まる。未来人としての彼女の理性が、人々から背負わされた運命がその選択を拒もうとする。それでもカナンは諦めずに抵抗する。ただ目の前の少年に、その想いを伝えようとする。
「私も、この時代に来て、貴方と過ごして、変わってしまったの。こんな、こんなはずじゃなかったのに。」
それを口に出してしまえば、少女の生きてきた軌跡の全てが、本当の意味で終わることも理解している。しかし、それでも彼女は、何者でもない自分だけの未来を選ぶ。
「私は、蓮が好き。貴方の声が、貴方の仕草が、貴方の笑顔が、蓮の全てが好き。貴方のいない未来なんて、絶対に、考えられない。だから私は───」
これがありのままの少女の選択。
「私は蓮と生きたい。この場所で、この時代で、貴方と共に。これが、私の本当の想い。」
こぼれ落ちた涙と共に吐き出された想い。それは少年と同様に、あの夜の廃墟で少女もすでに決めていたこと。
「受け取ってくれる?」
少女は涙を流しながらも静かに微笑んだ。それが彼女の全て。彼女の願う未来への想い。
「・・・あぁ、約束する。俺もカナンと生きていく。」
少年は迷わずに頷き、その想いを受け取った。そして今まで借りていた剣をカナンに差し出した。
「もう所有権は放棄するよ。この剣はカナンのものだ。俺には必要ない。俺は、君の剣としてではなく、1人の男として君を守る。」
「───うん。」
黄金の剣がカナンのもとに戻ると、その光は再び眩く輝き出した。この瞬間こそが、少年と少女の新たなる未来への始まりだったのだ。
「・・・」
「・・・」
「・・・はは。」
「・・・ふふ。」
2人は赤面する顔を見合わせて、恥ずかしそうに、照れくさそうに笑い合う。ぎこちなく距離を縮め合って、熱を帯びた互いの体が触れた瞬間に一瞬だけ立ち止まる。
時が凍る静寂の橋の上で、少年と少女はその瞳を至近距離で見つめ合った。
それでも2人の時は止まることなく、またゆっくりと動き出す。そして夜空を彩る星々の下、今度こそは対等に、お互いの手を取り合って、共に未来への歩みを進めるのだった。




