第41話「忠臣」
しばらく沈黙してからカナンが後ろを振り返る。そこには灰色のロングコートを着込んだ青年がいた。
「お久しぶりです、カナン。」
その黒い前髪とサイドは短く乱れ、毛先の立った髪型。後ろの髪は低めの位置で一つ結びとなっている。
「・・・どうして。」
カナンはその人物を見て戸惑った。その青年には見覚えがあり、彼はこの時代にやって来るはずもないと思っていたからだ。
「お迎えにあがりました。カナン、私と共に未来へ帰りましょう。」
青年はカナンの前に手を差し伸べた。その真剣な表情と手を凝視するカナン。
「・・・ウェルトル。」
その青年の名はウェルトル。かつて未来の戦場でカナンの配下であった青年。彼はカナンたち新人類の末席、セキと同様にこれからの戦いを担う次の世代だ。
「・・・悪いけど、私はまだ、帰れない。」
「何故ですかっ!?」
カナンの返答に青年は驚いて声を荒げた。少女のその選択が到底信じられないといった顔だ。
「みな貴女の身を案じています! ただでさえ深傷を負って失踪されたというのに。それなのに我々に何の言伝もなく、ましてや貴女自らが過去に赴くど。・・・一体、何を考えておられるのです!?」
配下の青年は必死だった。しかしそれは当然のことだ。終わらない戦乱の中で忠誠を誓った唯一の主人が行方不明になっていた上に、唐突に時代を越えたのだから。
「・・・ウェルトル。私はもう決めたの。何があっても最後まで戦うと。だから・・その。」
「・・・まさか、我々のもとに帰られないおつもりですか?」
「そんな事は・・・」
「ならば、今ここで約束してください。必ず未来に帰ると。」
「・・・・・・もちろん、私は帰るよ。」
少女は僅かに目を逸らしながら答える。なぜか言葉が詰まってしまって即答できなかったが、それは彼女自身にも理解できない事だった。
「・・・」
その様子を前に青年はひどく落胆してしまった。その姿はかつての戦場で共に戦った少女とは見違えるほどに弱々しく感じたからだ。
そして青年の疑念は確信に変わってしまう。カナンの中で何かが揺れているのは確かな事実だったから。
「・・・どうしてそこまで。もしや新たな担い手の影響ですか?」
「え?」
「僭越ながら私も情報収集を行いました。はっきり言ってあの少年は未熟です。黄金の剣を扱うには、貴女の代役には値しない。彼は───」
「黙りなさいウェルトル。」
「───!?」
「誰であろうと彼を侮辱する事は許さない。それ以上くだらない言葉を続けるのなら、私がその口を斬り捨てる。」
青年を睨みつけるカナンは不快そうに強烈な殺気を放つ。薄暗い路地裏の空気が震え、その場が一気に緊張する。
しかし少女の圧倒的な気迫を前にしても、青年は萎縮せずに堂々と胸を張っていた。
「・・・それでも私は認められません。我々には貴女の光が必要なんです。それに、また英雄ブライスのような裏切り者が貴女を狙う危険性も無視できません。」
「───え、ちょっと待って、ブライスが裏切り者?」
「・・・? まさか何も知らないのですか?」
「どういう事?」
「・・・改革派、ブライスは黄金の剣を強奪する為に、行方をくらました貴女の後を追ってきた刺客ですよ。」
「・・・そんな、こと。」
「それで貴女が自ら討ち取ったのでは?」
「・・・そう、ね。」
そしてカナンは少年が隠していた事実を知ってしまうのだった。ブライスの裏切り、凶行。あの夜に少年がブライスを討ち取った本当の理由。ブライスが最後に見せた不敵な笑みのわけ。
そこでカナンは全てを理解した。どうして少年がブライスのことを頑なに話そうとしなかったのか。
「・・・もう去りなさい、ウェルトル。」
それはカナンにとっては衝撃だった。長い付き合いのブライスが裏切っていた事もそうだが、何よりも、あの少年に真実を隠された事に対する驚愕と疑念、今までの信頼関係に対する不安。
それは少女にとって最も辛く哀しい裏切りだった。
「・・・ならば、最後に逃げ仰せた場所をお教えください。すぐにお迎えにあがります。東の緩衝地帯の何処かですか?」
「・・・心配しなくても、私は結晶を持って帰るから、その反応を辿りなさい。これは命令だから、反論は許しません。」
その少女の威厳を前に青年は頷くしかなかった。彼女の選択に納得がいかなくとも、それを彼は不満に思うことも、否定して咎める事もない。それはカナンが自ら選んだ結末なのだから。
「・・・承知しました。ですが、あと一点だけご報告があります。・・・カナン、この時代に、例の男も来ています。」
「・・・まだ私は信じられないけど、貴方が言うのならば、本当なのでしょうね。」
「はい、どうかお気をつけてください。あの男はずっと貴女を狙っています。相反する光と闇、2つの抑止力。その意味を決してお忘れなきように。」
「えぇ、分かってる。いつもありがとう。また会えて良かった、ウェルトル。・・・元気でね。」
自身に迫る脅威の存在を知っても尚、カナンは静かに優しく微笑んだ。それは何よりも眩しい光のようだった。
「───っ、はいっ。どんな形であれ、私の主はカナン、貴女だけですから。どうかご無事で。未来でお待ちしております。」
青年は膝をついて頭を深く下げる。彼の忠誠には一切の迷いはない。そしてカナンはその尖った黒髪にそっと触れて微笑み続ける。
お互いの考え方は違くとも、最後に行き着く場所は重ならずとも、その信頼が揺らぐ事だけは絶対にない。なぜなら彼だけは、カナンの忠臣なのだから。




