第40話「また新しく」
ふと目が覚めると朝になっていた。ぼやけた視界で時計を見つめる。普段なら朝稽古に間に合わない時間だが、あいにくと今日の朝は休みにした。
それでも気怠い身体を持ち上げて寝室を後にし、颯爽と朝食の準備に取り掛かる。
「・・・蓮・・・おはよう。」
「あぁ、おはようカナン。」
まだ眠たそうな同居人も居間にやって来た。寝起きの良い彼女にしては珍しい。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう、いただきます。」
カナンが手を合わせて箸を持つ。今日の朝食は目玉焼きとベーコン、トースト、ヨーグルト。俺は珈琲を淹れるが、カナンは普通の水しか飲まない。
「・・・しまった。」
いつもの癖で珈琲を2人分淹れてしまった。もうこの屋敷で珈琲を嗜むのは俺だけだというのに。
「───どうしたの?」
「何でもないよ。」
「そう。」
俺とカナンは静かに朝食を食べ進める。時々お互いの顔を確認して、その都度適度に会話をしながら。
この同居生活も最初は2人だけだったのだ。それがもとに戻っただけ。だから何も気にする事もない。
「・・・」
それなのに、たった1人、あの賑やかな少女がいなくなった朝は、それはもう静かなものだった。
セキとの唐突な別れ、再び始まったカナンとの2人きりの生活。お互いに気にしない方が無理な話なのだ。
「ねぇ、蓮。」
「なに?」
「セキ・・・笑ってたね。」
「・・・そうだね。泣いて笑ってた。」
「だから、これからは、もっと頑張らないとね。」
「・・・あぁ。」
セキは1つの結晶を未来に持ち帰った。そして俺とカナンが所持している数は、同盟前で1、黒ローブから1、変異種の死者から1、ブライスから1。それらを合わせると、カナンは全部で4つの結晶を取り込んでいる。
この時代に飛んできた結晶が全部で9つだから、残りの結晶は4つ。こうして考えると、この戦いも段々と終わりが見えて来ている。
「あ、そういえば学校どうしよう。」
外出時の護衛を兼ねていた少女もいなくなったので、俺が1人で無防備に出歩くのは危険な筈だ。これは不登校になるしかないのか。
「それは問題ないかな。実は私もかなり力が戻って来たから、もし蓮が離れた場所で危機に陥っても、即座に対処できる余裕はある。だから安心して学校に行っていいよ。」
「そっか、それはありがたい。それと夜はどうしようか。まだ死者問題は解決してないし。」
「・・・それも、今は気にしなくていい、かな。あの夜に大半の手駒を失ったはずだから、アレの性格上、しばらくは派手な動きは見せないと思う。」
「ん? 分かった。」
まぁ、もしかしたら他の勢力を釣るための餌にされている気がしなくもないが、一先ず学校に行けるのなら行かせてもらおう。
「───それじゃあ、行ってきます。」
「えぇ、気を付けて。」
そして門の前でカナンに見送られて学校に向かう。
いつも通りの通学路を独り静かに歩く。聞こえてくるのは鳥の囀りと一定間隔の足音だけ。見える景色も変わり映えのない道。
「・・・・・・っ。」
それでも俺は無意識のうちに隣を見てしまう。そこには誰もいるはずもないのに、何度も何度も少女の面影を探してしまう。
路地裏を抜けて交差点を渡った先で。車の横を通り過ぎて踏切を超えた先で。傷だらけのガードレールに囲われた坂道を登り終えた場所で。
「・・・本当に・・・静かだな。」
セキがいないと本当に静かな朝だ。逆に心が落ち着かない。煩わしく感じるほど話しかけてきた少女1人がいなくなっただけで、この有り様だ。
いつもと変わらない通学路のはずなのに、いつもと違って歩いていた時間は長く感じる。
そして一言も会話をせずに校舎に辿り着い頃に、俺はそこに来てようやく、もう小さな黒髪の少女が何処にもいない事を頭で理解するのだった。
その一方で、蓮を見送ったカナンは屋敷の外に出ていた。この戦いの諜報担当であったブライスはもういないので、自力で少しでも情報を集めるために街を散策しているのだ。
「・・・」
身軽な服装をした金髪の少女は街に溶け込みながら、
自然と人混みの中に紛れて歩く。
駅前の繁華街で人々の様子を注意深く観察して、時折意識を集中させてエネルギーの反応を探る。
これを繰り返すだけの地道な作業だが、どんな些細な情報でも、時には戦況を大きく左右する価値を秘めている事もある。
だからこそ、数多の戦場を乗り越えてきた経験の中で、それを十分に心得ている少女は怠らない。情報とは戦争において最も強力になる兵器の一つなのだ。
「───っ!」
そして駅前の大通りを歩いていたカナンは微弱な反応を捉えた。その場所に向かって警戒しながらも、その存在を逃さないよう全速力で走り出す。
交差する人々の群れを避けて路地裏に入り、建物の壁を蹴りながら飛び越えて屋上に着地する。そして建物の屋上から屋上へと移動して目的地に辿り着く。
「・・・ダメか。」
すぐに警戒して周囲を見渡すが、そこには無関係の一般市民が歩いているだけだった。
カナンは少しだけ落胆してが、すぐに切り替えて散策を続けようと再び路地裏に入った。
「──────お待ちください。」
そして無機質の灰色の建物に囲われてできた空間には、その少女の背中を呼び止める存在がいた。カナンは後ろに振り返らずとも状況を理解した。彼女の背後からは大きなエネルギーが流れている気配がしたのだ。




