第39話「さようなら」
そして今晩の夕食はセキの希望通り、3人で仲良く鍋をつくった。なぜか率先して調理に携わろうと暴走するカナンを押さえつけながら、セキと2人で完璧な手順を踏み、あの日の地獄を再現しないよう細心の注意を払った。
「・・・できた。」
「はい、見た目も完璧です。」
本当にカナンを置物状態にさせて良かった。
その堅実な努力が実を結び、今度こそ俺たちは普通の鍋を完成させたのだ。
「───美味しそう。」
「やっぱりカナンが原因でしたね。」
「え?」
「・・・何でもないです。」
つい口を滑らせたセキはカナンに凝視されている。だがセキ、その気持ちは俺にも分かるよ。まず鍋で失敗する方がおかしいのだ。
「まぁ落ち着いて、ほら、早く食べよう。」
「ええ、そうですね。では───」
「「「いただきます!」」」
そして俺たちは鍋を一口、黙々と口に運んだ。やはり前回の苦い思い出から、最初こそ本能的な躊躇いを感じて恐れていたが・・・・・・
「「「・・・美味しい。」」」
その鍋は前回の比較にならないほど美味しかった。まず体の中に取り込んでも吐き気を催さない。この時点で、もうそれは素晴らしい出来であると言える。
「あはは、本当に泣けるほど美味しいです! もっといただきますね。」
「こら、はしたないよセキ」
「そんなこと言わずに、ほら、カナンも食べて食べて!」
「もう!」
慌ただしく鍋を取り合うカナンとセキ。俺はその微笑ましい光景を黙って見つめる。現代人の舌でも大変美味しく感じるのだ。荒れた未来の世界に生きる少女たちからすれば、それはもう絶品だろう。
「───はは。」
これは一足先に旅立った男に悪いな。・・・本当に、4人で笑いあって食べたかった。
「・・・」
それでも少女は心底楽しそうに、美味しそうに食べている。ならば俺も笑って食べるだけだ。
きっと彼もそれを望んで、俺に全てを託してくれたのだから。
「───蓮さん? どうかしましたか?」
「いや、何でもない。セキ、俺にも分けてくれ。」
「はい! 」
セキは元気よく鍋を取り分けてくれる。その表情が幸せそうで本当に良かった。
───そして3人はあっという間に鍋を完食した。
いつも通り後片付けは蓮が担当し、カナンとセキは縁側に腰掛け、中庭を眺めながら談笑する。夜の静寂に包まれる屋敷には少女たちの笑い声が響いていた。
「───ふふ、セキ、それ本当?」
「本当ですよ! あの時の蓮さんの顔ときたら、ぷふ、あはは!!」
「ふふ、あんまり笑うと悪いよ、ふふ。」
少女たちは肩を寄せ合って無邪気に笑いあう。その距離感とくつろぎ具合は、未来で敵対して戦争をしていたのが噓のように思えるほどだ。
「はは、本当に、この時代に来てからは毎日が楽しいことばかりでした。どんな些細なことでも思い出すだけで心が安らぎます。」
黒髪の少女は静かに瞳を閉じて呟く。そこからは少女が本当に幸福であったことが伝わってくる。
「・・・・・・ねぇセキ。本当にこれでよかったの?」
カナンは少女の手を握りながら尋ねた。その手に残された時間は限られているはずなのに、いつも通りの日常を過ごした少女に。
「───はい。これが私の望んでいたことですから。」
セキはゆっくりと頷いて微笑んだ。それほど平和で平凡なこの日常は、少女にとっては何よりも代えがたい、かけがえのないものだったから。
「そんなことより、蓮さんとはどうなんですか~?」
「───え?」
「あの日から何か進展はあったんですか? ありますよね? 実際どうなんです?」
「・・・さぁ、どうだろ。」
「え~ごまかさないで教えてくださいよ、この前も言ってましたよね、蓮さんが───」
「はい黙って。」
「───もがぁ!」
セキの口を強引に塞いで強制的に会話を終わらせるカナン。お喋りな少女の口からその続きが語られることはなかった。
「あっ!?」
「はは,お返しです!」
その口に当てられた手を躊躇なく舐めるセキ。少女はいたずらをする子供のように笑っていた。
「もう、ふふ。」
カナンも驚いて即座に手を戻したが、セキの楽しそうな姿を前に微笑むのだった。
「───ふぅ。・・・ん?」
ようやく食後の後片付けを終えると、縁側の方から少女たちの笑いあう声が聞こえた。その内容は分からないが、なんだか盛り上がっているようだ。
まったく、後始末を人に押し付けておいて談笑とは、相変わらず良いご身分だな。
しかし俺はため息を吐かなかった。もう慣れてしまったこともあるが、あまりにも少女たちの楽しそうな声が屋敷中に響いていて、呆れる気持ちも吹き飛んでしまったから。
その楽しそうな声に釣られて、少し様子を見ようと少女たちのもとへ向かった。
そして特に何も考えずに襖を開けた時だった。
「───え?」
俺は目の前の光景を見て言葉を失って、その場から一歩も動けずに立ち尽くした。
大きく開いた瞼が瞬きを、啞然として開いた口が閉じるのを忘れていた。
それが現実だとは思えないほどに衝撃的だった。
「───セキ?」
それは残酷なまでに眩い光だった。
中庭の方を向いて縁側に腰掛けるカナン。その隣、彼女の肩に寄りかかるように並んで座る少女。その小さな身体は光の粒となって消えかかっていたのだ。
「・・・どうして、そんな。」
俺にはその現象を見たことがあった。それは初めてブライスと出会い、セキと対峙した夜。激しく負傷してエネルギーを使い果たした黒ローブの男が未来に帰っていった時と同じ光景だ。
・・・少し考えれば分かっていた事だ。セキは廃墟での戦いで意識を失うほど消耗して一晩中目を覚まさなかった。
今日だってそうだ。朝から彼女の様子はおかしかった。表面的には平気そうに見えていても、それは彼女が見せていた仮面でしかない。実際のところ、セキに残されていた時間はほとんどなかったのだ。
それをセキもカナンも最初から理解していたのか、今この状況に動揺している様子はない。
「蓮さん、そんな顔をしないでください。」
刻々と消え続ける少女は優しく微笑んだ。その笑みには一切の不安も後悔もない。この結末を少女は受け入れている。
「・・・せめて、何か言ってくれれば。」
「貴方に余計な心配を掛けさせたくなかったんですよ。」
「それは───」
「───蓮。」
それまで口をつぐんでいたカナンが見つめてきた。俺はその青く透き通った瞳を見て、その意図を全てを理解した。
セキはブライスの死を背負った俺に対して、これ以上の負担を強いらないように気遣ってくれたのだ。少女は最後まで他人に優しくあろうとしてくれたのだ。
「・・・そうだな。」
ならばこそ、俺はその好意を絶対に無駄にはしたくない。
「セキ、今までありがとう。・・・思い残したことはないか?」
俺は自分の混乱する感情をまっさらにして自然に笑うと、それを見たセキは変わらずに微笑んでくれた。
「・・・ありません。ですが、最後に・・・伝えたいことがあります。」
そこでセキは目を閉じて一呼吸置いた。それは少女の胸の内を吐き出すための準備のようだった。
「・・・セキ!?」
「・・・っっつ。」
少女が次に目を開けたとき、その黒い瞳からは大粒の涙が溢れていた。少女は今まで経験したことのない感情の爆発に困惑し、その声を震わせている。
「今まで、ありがとう、ございました。この時代で、この場所で。・・・あなた達と、過ごせた日々は、・・・私に、とって、何よりも、何よりも幸福なもの、でした。」
言葉を途切れさせながら泣き出す少女。必死にその小さな手で涙で拭うが止まらない。
「・・・蓮さん、カナン。」
それでも少女は涙を流しながらも、満面の笑みを浮かべて最後の言葉を綴った。
「さようなら─────」
そして少女は小さな光となって夜の星空に消えていった。
もう蓮の前に少女はいない。カナンの隣には誰もいない。こうして一人の少女は未来に帰ったのだ。
その姿を最後まで見送って涙を流している少年と少女の二人を残して。




