第3話「未来から来た少女」
真夜中の橋の上での少女との遭遇。
彼の脅威を退けたのは運命を変える黄金の剣。
それを持つ彼女は一体何者なのだろうか。
「君は一体・・・。」
少女の手を取りながら立ち上がり、
正面から向き合って尋ねた。
「私はカナン。未来から来たの。」
「・・・み、未来?」
「そう、貴方からすれば未来人ってこと。話せば長くなるのだけど、訳あってこの時代に来たの。」
「あぁ、そう、。」
もう意味がわからない。さらに頭が混乱する。
通常なら頭のおかしな変人扱いをする所だが、
この状況下では信じる他なかった。
「怪我は・・・まぁ大丈夫そうね。貴方、名前は?」
「・・・江古田、蓮。」
「蓮・・・蓮ね。よろしく!」
「・・・よろしく。」
こちらの名前を聞いた少女は嬉しそうに笑い、
握った手を上下に振るのだった。
「さてと、蓮。貴方とは色々と話したいのだけれど、
今は目の前の敵から片付けないとね。」
「え?」
カナンが剣を地面から抜き取り、真剣な眼差しで
見定める方向には黒ローブの男がいた。
その顔には若干の焦りが滲み出ている。
「ねぇ貴方、どこの勢力だか知らないけど
これは立派な協定違反じゃないの?」
「笑止。あんなモノ守る方が阿呆だ。
そうは思わないか、黄金の剣の所有者よ。」
「全く思わないよ。それにしても、私のことを知っているのなら、今夜はもう引き上げてよ。力の差ぐらい理解できるでしょ?」
「戦いとは最後までやらないと分からないものだ。
どのみちその男を生かして返す訳には・・・いかないっ!!」
「いいよ、受けて立つっ!!」
一瞬のうちに距離を詰めて衝突する両者。
人1人通らない深夜の静寂の橋の上で
剣と鎌の擦れる金属音が激しく鳴り響く。
「──カナンっ!」
「下がってて!!」
少女に近づこうとして大声で警告される。
それほど黒ローブの男とカナンの戦いは凄まじい。
先ほどの自分の戦闘が遊びだったみたいだ。
黒ローブの男の速さは尋常じゃない。
それに応戦する少女も化物だ。
「やるねっ!!」
「抜かすなっ!!」
激しく繰り広げられる斬り合いは互角に見えたが、
徐々に押され始める黒ローブの男。
細かい斬撃を繰り出す男に対して、
少女は大胆に剣を払い、その剣技は卓越していた。
「す、凄い・・・。」
このままいけば、カナンは間違いなく勝てるだろう。
彼女の表情にも十分な余裕がある。
俺がなす術も無かった黒ローブの鎌の乱撃も
戸惑うことなく全て打ち消している。
強い、それも圧倒的に。
「──くっ!!」
あ、弾いた!
カナンが黒ローブの片方の鎌を、武器を奪った!
俺の足元にまで飛んできた血の付着した鎌。
こうして近くで見ると刃こぼれが酷い。
カナンの持つ剣に押し負けて削られたのか・・。
技量はもちろん、武器の性能の差もある。
もう勝敗は決しただろうな。
「──終わりね。」
「ふっ、どうかなっ!」
片方の鎌を失ってから明らかに防戦一方の男。
遂には防御も崩されて、止めの一撃を喰らいそうだ。
それなのに、男の顔には笑みが張り付いている。
何か、何かが引っかかる。
この状況で逆転できるとしたら。
あの強力な剣と技量を持つ少女を倒せるとしたら。
そして一瞬、黒ローブの男と目が合った。
その瞳の奥は真っ直ぐに俺を、俺の足元を見ていた。
───まさか。
冷や汗がどっと噴き出て、背筋が凍る。
体感時間が遅くなるのを感じながら、
視線を下に向けた時にはもう遅い。
「ぐあっっ!!!!」
黒ローブの男の手からは離れていたのに、
自立して動き出した鋭利な刃物。
必死で避けようとしたが左太腿を大きく引き裂かれ、
鈍い痛みに思わず声を上げてしまった。
──そう、悲鳴を。
「──っ?」
その声に反射的に振り返ってしまった少女。
たった一瞬だが止まってしまった剣。
黒ローブの男は最初から分かっていた。
少年を見殺しにせずに助けに来た
優しい少女ならそうすると。
その一瞬の隙を作り出した男は見逃さなかった。
少女が身構えた時にはもう遅い。
男の鎌は流れるようにカナンの身体を引き裂いて、
その刃を鮮やかな血で染めた。
「カナンッ!!!!!」
そのまま勢いよく俺の所まで弾き飛ばされるカナン。
剣から手を離し、力なく倒れる少女。
「────に、げて。」
「カナンッ、カナンッ!!」
肩を揺さぶるが反応が薄い。
朦朧とした意識、閉じかけている瞼。
もう立ち上がれないであろう深傷。
カナンは敗北したのだ。
俺という錘のせいで。
「存外、期待外れだったな。どうやら戦場での噂は過大評価だったらしい。その情けない姿はただの小娘だ。」
勝利を確信したのか、余裕の表情で歩いてくる男。
手から離れていた片方の鎌を引き寄せるが、
そこにはもう微塵の警戒心すらない。
「俺の、せいで。」
「そうだ小僧。お前のおかげだ。お前という存在のおかげで勝利を掴めた。礼を言う。」
「・・・くっそ。」
──もう終わりなのか。
このまま何もせずに死ぬのだろうか。
俺のことを守ろうとしてくれた、
俺のせいで深傷を負ってしまった少女。
この手にあるのに、救えないのか。
「さてもう終わりにしよう。
その女の結晶も取り込めば、私は更に強くなる。
ついでに小僧、お前の分も貰い受け、、、、ん?」
「・・・・」
それは違う、それだけは違う。
この手に力はなくても、勇気はある。
目の前に迫る死を乗り越える意志がある。
この少女だけは、何を犠牲にしても生かしてみせる。
「お前、何の真似だ。」
「・・・・」
全身の痛みを抑えつけ、呼吸を整える。
震える足を止めて覚悟を決める。
そして横たわる少女の前に立ち、迫る黒ローブの男と向き合って、この両手は黄金の剣を掴んでいた。




