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第37話「夕焼けの図書室」

時刻は昼下がり、そこは蓮が授業を受けている教室から少し離れた場所にある図書室。セキは1人静かに本を読んでいた。


「・・・」


その空間にはいつも少女しかいない。それは校舎の隅ということもあるが、少女自身が人が無闇に寄りつかないよう細工を施しているのだ。


その甲斐あって、セキは誰にも邪魔されずに読書に没頭できた。


未来では戦火によって失われた書物も多いため、少女にとって本というものは大変貴重で価値のある存在である。それを何の遠慮も無しに読み漁れるこの時間は、少女にとって数少ない幸福なひと時であった。



その日もただ時間も気にせずに本を読み続ける。段々と木の机の上に積み重なる本の山。そこにあるジャンルも様々で、専門書から文芸書、歴史書もある。


僅かな休憩も挟まずに本を読み続ける少女の集中が途切れる事はない。


以前セキは蓮から本の虫と揶揄され、その時は嘲笑って否定したが、結局は自身が想像しているよりも少女の知的好奇心は強かったのだ。







「───ふぅ。」


そしてまた1冊の本を読み終えるセキ。背中を大きく反らし、ゆっくりと伸びをして図書室の壁掛け時計を確認すると、少女はそろそろ頃合いだと思った。



「失礼しまーす!!」


その時、活気のある声と共に図書室の扉が勢いよく開かれ、堂々と静寂な空間に侵入してきたのは1人の女子生徒だった。


「お、いたいた! ちょっと邪魔するよ、セキ!」


「・・・どうぞ、美佳さん。」


美佳と呼ばれた女子生徒は一切迷わずに机を挟んでセキの向かい側の椅子に座る。そしてセキの顔を見つめて気さくに笑った。


その姿をセキは丁寧に観察する。

彼女は茶髪のショートヘアに整った容姿を持ち、セキよりも背丈は遥かに高く、その外見だけなら異性だけではなく同性にも好かれそうな魅力がある。



「うわ、セキってば、まーた気色悪いの読んでるな! 」


「美佳さんもどうですか? 結構面白いですよ。」


「そんなの私が読んだらゲロ吐くよ。オェーってさ。やっぱセキはサディストだな〜。」


「・・・違います。」


しかし残念なことに、中身の方はお世辞にも誉められたものではない。その大雑把で下品な性格は彼女に見惚れた人々を一瞬にして幻滅させるだろう。


「ところで美佳さん、授業はどうされたのですか?」


「え、普通に飛んだけど? セキもでしょ?」


「・・・」


このように彼女は毎日のように授業をサボっては図書室にやって来て、1人静かに本を読むセキの邪魔をするのである。なぜか人避けの仕掛けを施しているのにも関わらず、それを完全に無視して。


その原因は最後までセキには分からなかったが、別に彼女はセキに対して何か危害を加えてくる存在でもない。ただ授業中に図書室に訪れては賑やかしにきて早々に去っていくだけなので、セキにとっても特に問題視することでは無かった。


「───せっかくセキは可愛いんだから、もっとさ〜恋愛小説とか、普通の本とか読んだら? そんな猟奇的なやつじゃなくてさ。」


「余計なお世話です。私は刺激的な方が好きなので。」


「ふっ、やっぱりサディストじゃん!」


「・・・違い、ます。」


「はは、拗ねてやんの〜。ほんと可愛いやつだな〜。」


人の事情など気にしない美佳は頻繁にセキのことを揶揄う。普段のセキなら普通に殺意を覚えて黒箱を起動させるところだが、なぜか彼女に対しては嫌悪感を抱くことはなく、ただ不思議な存在だと思っていた。



それでも最初の頃はセキも本を読む貴重な時間を邪魔されたくはなかったが、いつの間にか煩わしいと思うこともなくなり、自然と彼女のことを受け入れていたのだ。







その後も他愛もない会話をして時間が過ぎる。未来の醜い戦争とも、この時代での激しい戦いとも、それら全てと何の関係もない無駄な時間。


しかし今のセキにとっては、この時間が何よりも楽しくて心地良いのだった。




「───っと、そろそろ時間だ。」


「───え。」


ふと時計を眺めた美佳が立ち上がると、校舎には終鈴の音が響き渡った。それは本日最後の授業が終わった合図である。


セキは会話に夢中になっていて気が付かなかったが、既に図書室には窓から夕日が差し込んでいた。


「・・・美佳さんは今日も部活ですか?」


「ん? そうだよ。早く行って弓道場の鍵開けないと。」


そう言って美佳は腰のキーチェーンから鍵を取り出して指で回し始めた。


「じゃあなセキ、また明日。」


そして手を振る彼女は颯爽と去っていく。セキにはその姿が少し眩しく見えた。


「・・・」


ようやく静けさを取り戻した図書室。その静寂に僅かな寂しさを感じたセキは、蓮が迎えに来るまでの間に本を読もうとしたら、また部屋の扉は勢いよく開かれた。なぜか息を切らしている美佳が戻ってきたのだ。


「一個、言い忘れてた。」


「えっと、何です?」


「私さ、この前セキの好きそうな映画見つけてさ。」


「・・・はい?」


「だからさ、今度の週末、一緒に見に行こうよ。」


「───え。」


「うん、絶対に行こう。これもう決定、約束ね!」


「えっと、その───」


「さいなら!!」


「あっ・・・」


セキの返答も了承も待たずに美佳は走り去っていった。嵐のような少女に唖然とするセキ。しかし他人から誘われたことに素直な嬉しさも感じつつ、その約束を果たせない自分に申し訳なさを感じるセキだった。




「───お待たせ、セキ。」


そして美佳と入れ違うように蓮が図書室にやって来た。また本を読み始めようとしていたセキは少年の姿をしばらく見つめた後、本を置いて静かに立ち上がった。


「あれ、もしかして読んでる途中だった?」


「いえ、もういいんです。家に帰りましょうか、蓮さん。」


セキは本を棚に戻し、最後に図書室を見渡してから、その部屋の扉を閉めるのだった。



「セキ、さっきの人知り合い? もしかして未来人とか?」


やはり図書室の前で美佳とすれ違って、その走り去る姿を見たのか、蓮がセキに問いかけた。


「・・・いえ、彼女は私の───」



セキは少しだけ言い淀んで悩んだが、すぐに微笑んで言葉を続けた。



「───友達ですよ。」



そこには何の打算も偽りなく、少女は純粋な気持ちでそう答えるのだった。



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