第36話「未来話・セキ」
それは一つの時代の混乱期、激しい戦争で焦土が広がる大陸の隅で少女は生まれた。親というものは少女には存在せず、誰1人として家族はいない。最初からそれが当たり前だった。
なぜなら少女が物心ついた頃には、もう既に実験施設の中に隔離されていたから。
色のない廊下に壁、天井。全てが無機質な世界。そこで少女は同年代の幼い子ども達と共に、とある実験の被験体としての日々を過ごした。
それは1人の天才科学者が成功させた人工進化実験と呼ばれるもの。新物質のエネルギーを操り、個として強大な力を発揮する新たな人類の可能性への道のり。
永遠に終わらない不毛な戦争に勝ち残るため、少女の勢力もそれを再現させようと躍起になっていたのだ。
繰り返される実験、常に監視される淡白な日々。永遠と実験場と自室を行き来するだけの毎日。
そして幸か不幸か、数多くの失敗作を乗り越えて長い年月の末に実験は成功した。少女の勢力は、彼女を含めた3人の新人類と呼ばれる超人を造り出したのだ。
その結果に科学者達は歓喜して祝杯をあげたが、過酷な実験に最後まで生き残った子どもたち3人には特に何の感情も湧かなかった。
それから3人にはそれぞれ専用の武装が与えられた。何でも貫ける槍、弾丸を必要としない特殊な銃、そして自在に変形する黒い箱。
それらの力を最大限に発揮するために、少女達は施設の中で絶え間なく訓練を積み重ね、お互いにその腕を磨き続けた。
その日々は3人にとって、友情や仲間意識といった感情を芽生えさせるのには十分であり、少女は生まれて初めて他者とのコミュニケーションの楽しさを知った。
槍を扱う少年は常に戦闘成績が高く、その上で面倒見が良く、笑顔の絶えない存在であった。
銃を扱う少女は頭脳明晰であり、常に冷静でお淑やかで、とても優しい存在であった。
箱を扱う少女は学習能力が高かったが、特に秀でた要素はなく、それに加えて感情は乏しかった。
だからこそ少女は他の2人から戦闘と知識、感情を学んで自己を確立していったのだ。それが施設の中での彼女にとっては唯一の娯楽であった。
そして月日は経ち、ある程度の成長をした少女達は輸送車に運ばれて戦場に降り立った。それは大陸戦争と呼ばれる最悪の戦いの最前線だった。
だが個として圧倒的な力を持っていた少女達は襲いくる敵の全てを蹴散らして大活躍した。そしてそこで初めて知った外の世界の壮絶さ、自分たちの危うい立場、未来の見えない泥沼な戦い。それでも3人には生き残れる自信があった。それは新人類である自分たちには敵など存在しなかったからだ。
その後も命令に従って来る日も来る日も戦い続けた。何も考えずに淡々と敵の兵士を殺し続けた。
そしてある日、他の2人は帰還命令を受けて戦場を去り、少女にだけは特別な命令が下された。少女は疑いもせずに盲目的に従った。
それはとある軍事施設の夜襲による破壊。外の世界の地理に詳しくなかった少女は命令通りに目標の建物まで案内された。それは大陸の隅の暗い密林の中にあった。
少女は箱の力を最大限に開放して施設を強襲した。それに続いて後続部隊が絨毯爆撃を行い、少女は反撃を許すこともなく施設の制圧を完了するのだった。
次に生存者の確認と排除を命令された少女は崩壊した建物の瓦礫の中を散策した。
そこには生き埋めにされた人間たちの潰れた死体が数多くあり、常人なら卒倒するであろう光景が広がっていた。
その中を少女は無感情に進み続けたが、次第に違和感を感じた。この場所には見覚えがあったのだ。崩れてはいるが何度も見上げたはずの白い天井。何度も通ったはずの白い廊下。3人で切磋琢磨した実験場。
そこでようやく気がついた。そこは少女の生まれ育った場所だった事に。
そして最悪の惨状を見て立ち止まってしまった。
それは大きな瓦礫に潰されていた2つの死体だった。
1つは頭部が完全に潰れて即死したであろう若い男、もう一つは胸から下が欠損している若い女。
男の手には槍が、女の手には銃が握られていた。
少女は血の気が引くのを感じながらも、恐る恐る近付いてみると、かろうじて若い女の方は息をしていた。
「・・・」
そこで少女は固まってしまった。与えられた命令を遂行するか、目の前の瀕死の仲間を見殺しにするべきか。それを考えているうちに瀕死の女は力なく口を開いた。
「・・・ぁ・・・セ・・・キ」
「───え?」
「お前が・・・殺した。お前の、せいだ。お前なんか───」
そこで瓦礫に潰れた女の言葉は途絶えた。その瞳は最後まで真っ直ぐに少女の姿を捉えており、そこには少女に対する強い恨みと怒りが込められていた。
「・・・」
少女は黙って2人の死体を見つめ続けた。もう少女には何も分からなかった。
家族とは、仲間とは、友とは一体何なのだろうか。
自分は今まで何をしてきたのだろうか。
少女はそれを知らない。それを教えてくれるはずだった存在ももういない。
その日からセキは変わった。少年から学んだ戦闘技術と笑顔の絶えない明るさ、少女から学んだ頭脳と冷静さを取り込み、数えきれないほどの戦場を渡り歩いた。
そして心の底では追い求め続けていた。
安心を得られる家族を、心を許せる仲間を、対等の関係の友人を。
今度こそは必ずそれを手に入れるために。




