第34話「穏やかな朝」
廃墟の戦いから一夜明けた朝、セキは目を覚ますと屋敷の寝室に寝かされていた。
「・・・」
静寂な室内には微かに鳥の鳴き声が響いている。窓から差し込むのは暖かくて柔らかい光。
あの夜の激闘が夢だったのかと思うほど、それは平和で心地の良い朝だった。
しばらく布団の上からは動かず、少女は冴えた頭で静かに思考する。
あの戦いの途中で自分の意識が途絶え、恐らくカナンに守られていた事までは予想できる。そして何事もなかったように屋敷で寝ていたという事は、死者との戦いが無事に終わった事を意味しており、その事実にセキは安堵するのだった。
次に少女はゆっくりと手を動かして身体の機能を確認した。あまり力は入らないが、日常生活に支障は及ぼさない程度であると判断した。
そして最後に目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。己の中に流れる残穢を確認するが、セキは深くため息を吐く。それは分かりきっていたことだ。
「───あ、おはようセキ。調子はどう?」
静かな挨拶と共に寝室の襖を開けたのは金髪の少女。その変わらない姿を見て安心するセキ。
「おはようございますカナン。おかげさまで問題ありません。」
「そう、良かった!」
カナンは嬉しそうに微笑みながらセキの目の前に座り込む。しかしその顔には若干の疲労が見える。それはなかなか目覚めなかったセキのことを一晩中心配していた証だ。
「・・・それで、あの後どうなったのか、聞かせてもらえますか。」
「・・・えぇ。私はそれを話に来たの。」
そしてカナンは淡々と話し始めた。セキが純金の骸骨を仕留め損ねたこと、空から駆けつけた蓮が間一髪で消滅させた事、そして───
「───囮となったブライスが死者になってしまって、途中で意識を取り戻していたけど、最後は蓮と一騎討ちの末に、死亡した。」
カナンは少し悲しそうに傭兵の死を伝えた。セキも予め覚悟はしていたが、やはり何度も経験しても仲間の死というのは辛いものであった。
「・・・・・・そうですか。それは特に蓮さんには辛かったでしょうね。傷になってしまいましたか?」
平和な時代に生きていた少年には残酷な経験になってしまったはずだと心配するセキ。しかしカナンは不可解そうに首を傾げるのだった。
「・・・それが、あまり堪えている感じもなくて、不思議と憔悴している様子もないの。今朝もいつも通りに朝食をつくっていたし。」
「それは・・・逆に心配になりますね。」
「そうね。でも、うまく言えないのだけど、蓮、少し顔つきが変わった気がする。もしかしたらブライスに何か励まされたのかも。」
「彼の、ブライスの最期はどうでしたか?」
「私も蓮から詳しい事は聞けていないのだけど、確かな事は、最後に彼は満足そうに笑っていたよ。」
「・・・ブライスらしいですね。」
「そうね。」
カナンとセキはお互いの顔を見つめて微笑む。その命が果てる最後の時まで、ブライスはブライスだったのだ。
「ともあれ昨夜は助かりました。カナン、ありがとうございました。」
「セキ、それは私の方もだよ。あの夜、貴女の奮闘がなければ私は終わってた。本当に感謝してもしきれない。」
「えへへ、少し頑張りすぎましたけどね。」
手を頭の後ろに当てて恥ずかしそうに笑うセキ。その仕草の一つ一つがカナンの心を締め付けた。
「・・・セキ。貴女はもう・・・」
「・・・まぁ、そうですよね。カナンには分かりますよね。」
セキは自分の小さな手を儚げに見つめながら微笑んだ。
それは彼女自身が一番理解している現実。
あの夜、不意に負ってしまった深傷を癒しながらも全ての力を出し切って敵を退けた。そこで消費した膨大なエネルギー、それは到底取り戻すことのできない致命的な量。
一晩中眠りについても自然回復しなかった事からも分かる、カナンにも一目で見抜かれるほど残り僅かになってしまった力。
「・・・」
もはやセキには戦う力は残されていない。少女には終わりの時が刻一刻と迫っているのだ。
「セキ・・・」
カナンは辛そうな顔でセキの小さな手に触れた。その手によって守られた彼女は責任を感じているのだ。
「いいんですよカナン、これは私が選んだ未来ですから。あとどれくらい保つかは分かりませんが、最後までよろしくお願いします。」
セキは何も恐れずにカナンの手を力なく握り、静かに目を細めて微笑む。なぜなら少女はあの時の行動を何一つ後悔していない。むしろ自身の選択と覚悟を誇らしいとすら思っている。
「・・・えぇ。」
カナンは目の前の黒髪の少女の落ち着いた様子を見て、その胸中と心情を理解して微笑みを取り戻すのだった。
「───それにしてもお腹が空きましたね。この部屋までいい匂いがしますし。カナン、朝食にしましょうか。」
「そうだね・・・っセキ!?」
静かに立ち上がったセキが歩き出そうとしたら、不意に体勢を崩してカナンに倒れ掛かる。
「大丈夫!? もう今日は寝ていても───」
「いえ、少し立ち眩みしただけですから、問題ないです。はい。」
「・・・」
そしてセキは1人で歩き出した。隣でカナンが支えるのを丁重に断って。
少女は時々壁に触れながらゆっくりと一歩ずつ進む。カナンもその歩幅に合わせて廊下を歩く。
しばらくして目的の場所に辿り着き、その部屋の襖を静かに開けた。
「───おはようセキ、よく眠れたか?」
そこには優しく微笑む少年がいた。その姿に変わりはなく、セキは改めて胸を撫で下ろしたが、確かにカナンの言った通り、どこか雰囲気が違う気がした。
「・・・おはようございます、蓮さん。」
それはカナンには理解できなかったようだが、セキはその些細な違和感と変化の正体を知っていた。
彼はブライスの死から目を背けずに、それを乗り越えて成長したのだ。何も知らなかった未熟な少年が多様な経験を積んで成熟した大人になるように。まさに彼はその一歩を踏み出したのだ。




