第33話「銀の証」
そしてブライスから距離をとって正面から向かい合う。一晩中負傷し続けて片腕を失い、今にも倒れそうな相手。しかし俺にも一切の余裕はない。黄金の剣の度重なる使用、それに伴う消耗は激しい。
お互いに不毛な長期戦を避けたいのは同じ、ならば勝負は数手で決まるだろう。その一挙手一投足が勝敗を分けるのだ。
「───そうだ、蓮、お前は何のために戦う?」
剣を構えて睨み合いをしていたらブライスが口を開いた。何かの揺さぶり・・・いや違うか。その真剣な顔に他意は感じない。
「俺は・・・」
傭兵が問いかけてきた戦う理由。そんなものは考えるまでもなく決まっている。俺の答えは一つしかない。
「俺はカナンのために戦う。それが俺の全てだ。」
セキを抱えて後ろで控えている少女を一瞬見てから、俺は迷いなく端的に答えた。唐突に自身の名を呼ばれた少女は不思議そうに驚いている。少女たちとはある程度の距離はあるが聞こえてしまったようだ。
「・・・そうか、それも、悪くないな。」
ブライスはその返答に満足したのか、静かに笑いながら頷いた後、片腕だけで大剣を勢い良く振り上げた。そして耳をつんざく程の大声で魂のこもった雄たけびを上げる。
「これが英雄ブライス最後の戦いだ!! いくぞ江古田蓮!!」
「───あぁ来い、ブライス!!」
俺は負けじと声を張り上げた。それに呼応して高まる鼓動と戦意。今この瞬間、俺たちを邪魔するものは何もない。過去も未来も関係ない。これは男と男の戦いだ。
「ガァァァァァァァ!!!!!!」
「───っっっ!?」
鬼気迫る勢いの怒涛の猛攻。今までのブライスとは比較にならない気迫のある剣だ。その強烈な速度と死の間際の馬鹿力に気圧されそうだが、ここで崩される訳にはいかない。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺も声を荒げながら全力で剣を横に振って大剣を弾き返す。ブライスは力負けしたことに驚いたのか、目を見開いて姿勢を後ろ向きに崩した。
──────今だ!!
ブライスの胴体が隙だらけになり、一気に右側から距離を詰めた俺は剣を下段に構えて振り上げようとした。
その大剣とは幾度となく稽古したから分かる。ブライスの左目の眼帯、視野が欠けた死角、常に一歩遅れる防御。そしてそれを補っていた鉄の義手はもうない。
「───ははっ!!」
しかしブライスは笑いながら即座に態勢を取り戻して、迂闊にも間合いに入ってきた俺を目掛けて大剣を振り下ろしてきた。
「──────っ!!」
その大剣の振り下ろされる速度を見て、俺は判断を誤ったことを悟る。今のブライスは剣士であって意思のない死者ではない。この位置には意図的に誘い込まれたのだ。今更それに気づいたところでもう遅い、この状態からは後戻りはできない。
──────どうするどうするどうする!!
この一振りを剣で受け止めたら確実に押しつぶされる予感がする。しかし回避しようにも間に合わない!! そして俺の技量では受け流すのは無理だ。この決闘でブライスが手を止めることなど有り得ない。どう転んでも死。
───あぁ
その確実な死を前にした刹那、世界の流れる時間が減速する。全身が硬直して背筋が凍り、剣を握る手が震え、呼吸・鼓動・思考が止まる。
「・・・・・・・・・」
それでもなお、
そんな終わりを告げる世界の中でも、
俺の名を呼ぶ少女の叫び声は聞こえた。
───そうだ、俺にはそれさえあれば、何だってできるんだ。
カナンがその名を呼び続ける限り、俺は何度でも立ち上がる。カナンが傍にいる限り、俺はこの剣を握り続ける。
俺はカナンの剣で、カナンは俺の光なのだから。
「───っ!!!!」
「───!?」
俺は回避も防御も選択せず、さらに剣を力強く握りしめて前に進み続けた。
その選択に対してブライスは褒め称えるように笑うのだった。そうだ、何を怖気づくことがあったんだ。この剣が振り下ろされる大剣よりも速くブライスの身体を貫けば関係ない。
俺が先に死ぬか、ブライスが先に死ぬか、それだけのことだ。
そして俺には少女がついてる。その事実が俺の勇気と覚悟を支えてくれる。
「──────蓮!!!!!!!!!!!!」
「──────ブライス!!!!!!!!!!」
最後はお互いの名前を叫びながら剣を振った。その瞬間、戦いの決着はついた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・ごぶっ!?」
「・・・・・・ぐっ!?」
ブライスの大剣は俺の左肩を僅かに削り取りながら地面に突き刺さって停止した。突然に肩から感じる鈍い痛みに苦悶する。
そして俺の黄金の剣はブライスの胸を深く貫いていた。傭兵は笑いながら血の塊を吐き出し、その冷めた血が剣を伝って俺の両手にこぼれ落ちてくる。
その感触の生々しさに耐えきれずに剣を引き抜いた。
結果として僅かな差ではあったが、最後に勝利を掴んだのは黄金の剣だ。
「・・・ブライス。」
しかし過程はどうであれ、俺がこの手でブライスに、一人の人間にとどめを刺した事には変わりない。その事実を背負うには、まだ俺には重すぎる。
「───はっ。最初に言っただろう、お前が気にするんじゃねえ。弱いほうが負ける、当たり前だろう?」
「いや、ブライスは片腕だったし、既に死にかけだった。剣の性能だって。」
「だとしても剣の腕は見事だった。その技量と度胸は俺を上回っていた、称賛に値するものだ。それにお前の言う通りだ、俺は死にかけだった。だから何もせずとも俺は死んでたんだ。」
「それでも、俺は、ブライスを・・・」
「・・・なら、お前には別のもんを背負ってもらうか。」
「───え?」
そう言って含み笑うブライスは、服の中から銀色の月のペンダントを取り出した。不思議なことに、その首飾りには一滴の血もついていなかった。
「これは傭兵時代の死んだ仲間から譲られたもんだ。いつか俺も死んだら誰かに託そうと思ってた。
俺が傭兵であった唯一の証。これが俺の・・・」
そして男はようやく気が付いた。ずっと探し続けていた答えがそこにあったことに。故郷とは程遠い場所で、死の間際になって初めて己の人生に意味が生まれたことに。
「・・・俺の戦う理由だ。そうだ、そうだったよ。俺はこれを渡すために戦ってたのか。」
「ブライス?」
「ははっ、何でもねえ。」
「・・・?」
「蓮、これをお前に託す。そしてお前が死ぬとき、また別の誰かに託せ。」
「───っ!?」
ブライスは微笑みながらも強引にペンダントを押し付けてきた。俺は困惑しながらもそれを受け取る。
「だからその時まで、何があっても生き続けろよ。いいか、男同士の約束だぞ!!」
「・・・」
正直言って更に重いモノを背負わされた気がするが、押し付けた当の本人は何故か嬉しそうに笑っていた。・・・まいったな、そういう笑顔には弱いんだよな、俺。
「───あぁ、約束するよ。ありがとう、ブライス。」
精一杯の笑みを貼り付けて感謝を伝えた。このペンダントだけじゃない。今まで彼からは数え切れないほどのモノを貰ってきた。
「・・・・・・」
その言葉を聞いたブライスは黙って笑っていた。そして次の瞬間には糸が切れたように力なく地面に倒れた。次第に崩れてゆく二度と起き上がらない身体。俺は託されたペンダントを強く握りしめながら、最後までその姿を見つめ続けた。もうその死体は決して動くことはない。
夜の死者は、英雄と呼ばれた傭兵は、永き戦いを終えて此処に死んだのだった。




