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第31話「覚悟の行先」

そしてブライスの待つを目指して俺とカナンは走っていた。道中は死者に襲われるかと思っていたが、その数は思いの外少なかった。きっとブライスが見事に注意を惹きつけてくれたのだ。


「・・・すごい。」


廃墟の建物を越えて中央の駐車場に辿り着くと、そこには溢れんばかりの死体の山が積み重なっていた。その場に残るのは飛び散った血と臓物のみ1人の傭兵の激しい戦いの後が窺えた。


「ブライスは・・・」


俺は必死で傭兵の姿を探した。すぐに戻ると約束したから。彼が死ぬわけがないから。


「蓮! あれ・・・」


「───あっ。」


そしてブライスは見つかった。死体の山に囲われた中心地に、男は1人で剣を握りしめて立っていた。


「ブライス!!」


「・・・」


その男からの返事はなかった。もしかしたら耳をやられたのかも知れない。そう思って彼のそばに近付いた。それが悪夢への引き金だった。


「───えっ!?」


男の間合いに入った瞬間に大剣が横薙ぎに振り回された。予想外の斬りつけに寸前で避けたが、その一振りは一切の加減のないものだった。


「おい、ブライス? 何して───」


「・・・」


男からの返事はない。ただ虚な目で俯き、煙のような息を吐くだけだ。どうにも様子がおかしい。


「蓮・・・ブライスはもう。」


「え?」


「よく見て。彼はもう、もう生きてはいない。」


「何言って───」


「それは死者だよ。もう人間じゃない。彼は倒すべき敵になったんだ。」


「・・・意味、分かんねぇよ。何言ってんだよカナン。死者はもう全部狩り終わったんだよ。もう一体も残っていないんだ。なぁ、お前もそう思うだろ、ブライス?」


返事はない。あれだけ常に騒がしかった男が奇妙なほど静かだ。こんな事はあり得ない・・・絶対に。


「・・・蓮。」


「冗談やめてくれよ。嘘だと言ってくれよ。なぁ、聞こえているんだろ!! ブライス!!」


その大きな叫び声に反応したのか、ブライスは僅かに身震いした後、大剣を抱えながら突進した。


「───は?」


突然の強襲に剣を構えて防ごうとするが、

その刃は俺の横を通り過ぎて、後ろでセキを匿っていたカナンに向かった。


「───あっ!?」


「───くっ!?」


地面に座り込むカナンの目の前でブライスの大剣を受け止める。しゃがみ込んで何とか間に合ったが、あと少し遅れていたら、きっとカナンは胴体を切断されていただろう。


「───っ。何してんだ!! カナンだぞ!!」


黄金の剣に大剣の重みがのしかかる。押し合う力は拮抗しているが傭兵には躊躇がなかった。お互いに余裕のない鍔競り合いが続く。


「ぐっ・・・おぉっ!!」


俺は歯を食いしばって全力で剣を振り払った。自身の剣と体よりも細い存在に押されたブライスは距離を取る。


「───はぁ、はぁ。カナン、大丈夫か?」


「えぇ。」


「なぁカナン、本当に・・・いや。」


もう少女に聞かなくても分かる。先ほどの力の押し合いでも傭兵には躊躇いがなかった。その大剣でカナンを本気で殺そうとしたのだ。


───くそっ。ほんと何してんだよお前。


「・・・もう戦うしかないんだな。」


「蓮が出来ないのなら、私が───」


「いいんだカナン。俺にやらせてくれ。俺がこの剣で・・・ブライスを、斬る。」


「・・・」


少女は黙って頷いてくれた。彼女なりにも思うところがあるだろうに。本当に優しい人間だ。こんな人に仲間を斬らせる訳にはいかない。


「・・・蓮、負けないでね。」


「・・・あぁ。行ってくる。」


俺はカナンに背中を押されて立ち上がった。そして独り黙って立ち尽くすブライスと対峙する。



いつも笑っていた顔には感情がなく、肌は青白くて血色が悪い。その瞳には一切の光がなく、その身体からは覇気がない。



信じられない光景だが、故に現実だ。

あれはもう、ブライスではないのだ。



「ブライス。」


「・・・」


「俺さ、お前のこと、尊敬してたんだよ。お前は俺に戦い方を教えてくれたし、いつも強くて眩しくて、楽しそうに笑っていたお前に、その姿に憧れてた。俺もそうなりたかった。もっと一緒に肩を並べて戦いたかった。・・・なぁ、ブライス。」


「・・・う。」


「ブラ───」


「ウガァァァァァァァ!!!!」


「───っ!?」


耳を塞ぎたくなるほどの咆哮。その声は廃墟の団地に鳴り響く。空気を振動させ、その場の全てを支配する雄叫び。


その声と共にブライスは一気に飛び出した。血のついた大剣を前に握りしめて。


「───はっ!!!!」


そして衝突する剣と剣。その間には鈍い金属音と火花が散る。稽古とは違ってお互いに殺意の籠った斬撃を放ち合う。


俺は最初こそ戸惑いがあって剣の動きも鈍っていたが、そんな余裕も許されないほどに傭兵の猛攻が激しかった。


「───っ。」


防戦一方ではあるが、致命傷は受け流せる。

ブライスらしくない乱れた剣筋。彼とは幾度となく手合わせをしてきたからこそ、その豪快な動きも繊細さも理解していた。


「・・・」


そして次第に俺の剣は男の大剣を押し始めた。彼の動きは死者らしく単調であり、次の動作が読み切れる。


ブライスの強さは圧倒的な力と剣技、そして豊富な戦闘経験からなる読み合いの上手さ。


だが今の彼にはその強さが大幅に欠けている。そんな中途半端な剣では俺には、この黄金の剣には勝てない。


「・・・ブライス。」


「・・・」


俺とブライスの剣の腕は互角、そして武装の性能は圧倒的に俺が勝る。お互いに傷を負って血を流すが、段々と手数が減って後退していくブライス。


俺には僅かながらも余裕が生まれて、彼の動きには隙が見え始めていた。何度も男の間合いに入り込む。大剣は近付かれたら対処が難しい。かつて男の口から聞いた言葉だ。


「・・・っ。」


しかしその隙だらけの胴体を俺が斬りつけることはなかった。まだ手が震えて剣が重いのだ。それでも俺の意思とは無関係に輝きを増し続ける黄金の剣。収束した光は熱を放ち始め、剣を握る手から俺の胸に伝わる。


まるで剣が自ら意志を持って俺に決着をつけろと促してくるみたいだ。


「・・・そっか。」


俺にはその熱を無視することはできない。この剣を通して少女の不安や葛藤、それに伴う様々な想いも伝わってくるからだ。


このまま先延ばしにしても結末は変わらない。


ならば最後の覚悟は。


それは剣からでも少女からでもなく、

この俺自身が決断するしかないのだ。


「───っ!!!!」


一瞬で全ての光を剣から解放する。それは死体の山に囲われた廃墟の夜の闇を照らす。


その光を一点に束ね、眩く輝く斬撃としてブライスに躊躇なく叩きつけた。


「───なっ!?」


しかし、信じられない事にその全力全開の一撃は止められた。あろうことかブライスは黄金の剣(ステラルクス)の光を解き放った刀身を左手の義手で掴み取ったのだ。


けれども黄金の剣(ステラルクス)の輝く光は到底人の身で受け止めきれるモノではない。


その光は止まることなくブライスの義手を破壊して胴体を斬り裂き、物言わぬ死者の男に致命傷を負わせるのだった。


「・・・くそっ。」


肉を引き裂いて振り下ろした剣を見つめる。

これは何に対しての罵倒なのだろうか。もう自分でも分からない。俺は今どんな表情を浮かべているのだろうか。きっとあり得ないほど酷い顔に違いない。


この手でブライスを斬った事実と感触が気持ち悪い、

はっきり言って最悪だ。


「・・・えっ?」


そして動かなくなった男の様子が気になり、血のついた剣から視線を移して、その顔を見上げると、ブライスは血を吐きながら誇らしそうに笑っていた。


「───強くなったな、蓮。」


「!?」


そして俺が驚いて後退りする事も気にせずに、

死にかけの死者は再び人間の言葉を発した。



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