第2話「光る運命(後)」
平凡な日常から一転、地獄のような狂気の夜へ。
薄暗い家の中に生まれた血の池。
少年は目の前に広がる惨状に絶句していた。
現実を受け止められずに思考が停止し続ける。
感情は大混乱、胸は熱く張り裂けそうだ。
「・・・・・」
言葉が出てこない。しかし呼吸を整えたら
自分でも驚くほど落ち着いてきた。
だが冷静になっても気持ちは変わらない。最悪だ。
「・・・っ。」
溢れ出ていた涙を拭き、再度深呼吸して立ち上がる。
そして無駄だと分かってはいるが、脈を確認する為に
2人の身体に触れようとしたら背後に気配を感じた。
飛び跳ねるように距離をとり、振り返るとそこには
黒いローブを深々と被った人影がいた。
部屋に漂う殺気、凍りつく空気。暗くて見え辛いが、
その両手には血のついた鎌を握っている。
昼間に路地裏で出会った少女なのだろうか。
それとも全くの別人か。いずれにしても同じ日に
似たような黒ローブ姿。無関係なはずがない。
「お前は───」
お前は誰だ、そう言い切る前に黒ローブの人影は
問答無用で刃物で襲ってきた。
奇跡的に間一髪で反応して凶器を避ける。
顔の目の前を血のついた鎌が通り過ぎた。
しかし止まることのない刃物の強襲。
避け続けるのは絶対に不可能だ。
そう判断してから即座に襖を蹴破って逃げ、
玄関に置いていた木刀を拾って
屋敷から全速力で飛び出した。
「クソッ!」
息を切らしながら走り続けるが、
距離を詰めながら追いかけてくる黒ローブ。
逃げ足には自信があったがダメそうだ。
屋敷から逃げ続けて住宅街を離れ、
河川敷の橋の上までたどり着いた。
「・・・・」
深夜とはいえ人気が全くなく、人も車も通りそうにない。驚くほど静寂に包まれている。
独り橋の上に立ち尽くし、木刀を構えて振り返ると
黒ローブは両手の鎌同士を削って研いでいた。
どうやら準備万端らしい。
「殺される前に聞いておきたい事がある。
お前は昼間に会った女か?」
「・・・・・」
その問いに対して、黒ローブは顔のフードを剥ぎ取り
街灯の明かりの下まで歩き、黒い包帯を巻いた顔を見せてきた。
その顔と姿は昼間の少女とは別人であり、男だった。
男の瞳に光はない。死んだような目だ。
「・・・どうして2人を殺めた。なぜ俺を襲うんだ。」
「悪く思うな。全ては貴様が死んでから回収する。
諦めて俺に殺されろ。」
そして黒ローブの男は凶器を持って襲いくる。
その表情に一切の感情はない。
「あぁそうかよ!!」
声を張り上げて自身を鼓舞し、
木刀を握りしめて心を落ち着かせる。
俺だって無駄に祖父と稽古していたんじゃない。
今は意識を切り替えて、目の前の死を払いのける。
「──死ね。」
「──ッ。」
鎌の大きな一振り目は流して防いだ。
しかし続く乱撃には対処しきれずに肉を裂かれる。
次々と襲いくる刃を木刀で弾く。
瞬きをせずに全神経を尖らせ、筋肉を酷使して。
「アァッッ!!」
そして迫る刃の一瞬の隙をついて木刀を叩きつける。
その大振りに打たれ距離を取る黒ローブ。
まだ生き延びている、防戦一方だが持ち堪えてる。
コイツは恐らく暗殺とかのタイプなのだろう。
正面での真っ向勝負なら勝ち筋もある。
屋敷から出て開けた橋の上に来たのは正解だった。
「・・・お前、惜しいな。」
「──あ?」
「こちらの話さ。
どのみちお前は今夜死ぬ。それが決定事項だ。」
「はっ。ほざいてろ。俺は絶対に死なない。
お前を返り討ちにして生きて帰る。」
「帰った所で死者は蘇らないが?」
「馬鹿みたいな揺さぶりは辞めろ。火に油だ。」
「なるほどな。やはり残念だ。」
「何を言っ─────」
それは一瞬、たった一瞬だった。
黒ローブは目の前から姿を消し、
驚いて瞬きをした直後、
男の凶器は喉元に差し迫っていた。
反射的に防御をしたが間に合わず、
急所を狙った重い一撃に木刀を砕かれ、
肩を切り裂く刃に致命傷を負わされた。
「ぐぁッッ!!」
痛みと衝撃で膝から崩れ落ち、血を吐き出す。
完全に不覚を取った、決定的な深傷。
もう勝敗は定まってしまった。
「まさか、止めの一閃すら防がれるとは。
現地人にしては中々強敵だった。覚えておこう。」
黒ローブの男は素直に感心したと呟き、
その手に持つ凶器を高く掲げ、
そして躊躇なく振り下ろす。
確実に心臓を貫く最後の一撃。防ぐ手立てはない。
───終わったな。
死の間際、頭に思い浮かぶのは家族の亡骸、
2人の仇も取れずに殺される自身の無力さ。
ふと思い出したポケットの中の結晶を握り締め、
無念にも全てを諦めたが、目は閉じずに
最後まで自分の死からは目を逸さなかった。
その時だった。
突然目の前に眩い光が現れて
視界の先の全てを覆い尽くした。
つい瞼を閉じてしまうほどの閃光。
何が起こったか理解できずに、
次に目を開けた時には
黒ローブの男は吹き飛ばされていた。
目を見開いて唖然としていると、
いつの間にか目の前には
黄金に輝く剣を携え、深くローブを被った後ろ姿が。
そしてローブを脱ぎ捨てて振り返ったのは
あの時の路地裏で出会った少女だった。
夜風に靡く金髪のポニーテール。
透き通った白い肌に美しい顔。青い瞳。
所々に甲冑を着けた白のジャケットに青のスカート。
それはまるで物語から飛び出た騎士のような姿だ。
少女は光輝く剣を地面に突き刺し、
腰を抜かす少年に手を伸ばしてきた。
「まだ立てる?」
その顔と声は優しくも凛々しい。
慈愛と余裕に満ち溢れた微笑み。
少年は何も言えずにただ見つめ続け、
その姿を目に焼き付けていた。
お互いの瞳を覗き合う少年と少女。
それが定められた未来への出会い。
この広い宇宙の星空の下でたった2人。
因果律の果てに巡り合った運命。




