第25話「純金の骸骨」
日没と共に屋敷を出発した俺たち4人は何事もなく町外れの廃墟の団地に到着した。
ここは一昔前に時代の流れと共に忘れ去られた高度経済成長期の名残。この土地は街の再開発にも見捨てられ、人の気配も全くなく異様な静寂に包まれている。
「───やけに静かだな。」
「何だか寒気がします。」
「えぇ。」
カナンとセキがそう感じるのも理解できる。人はともかく、一羽のカラスすら寄り付かない異界。この場所には嫌な空気が重く漂っている。
おまけに今にも消えそうな街灯は点滅を繰り返し、夜空の月は厚い雲に覆われている。この不完全な薄暗さが余計に不安感を煽ってくる。
「何もいませんね。」
「あぁ、だが見られてんな。気を引き締めろ、蓮。」
「え?」
「存在は感知できないのに、こちらを覗く視線がある。違和感があり過ぎて気持ち悪りぃ。」
団地の建物に囲われた広大な駐車場を歩いていると、
ブライスが怪訝な顔で左目の眼帯に触れながら周囲を見渡す。
「そうだね、確かに気持ち悪い。」
「ですね。」
鈍い俺には視線なんて感じられないが、
他の未来人の少女たちもブライスに同感らしい。
セキもカナンも不快そうにしながら周囲の建物に視線を向けていた。
引き続き周囲を警戒しながら歩き続ける。こうも建物に囲われていると、謎の閉塞感を与えられている気分だ。
「おい! 姿を見せたらどうだ!」
ついに痺れを切らしたブライスが大声で叫び、静寂の空間に男の声が響き渡る。その音は反響していったが、やがて消えてなくなり、廃墟の団地は再び静寂に包まれた。
「──!?」
しかし、その暫しの沈黙の後、その声に反応するかのように、周囲の建物からはカタカタと不気味な音が鳴り出した。すぐに剣を構えて警戒するが、その不快な音は団地の中で連鎖して止まらない。
カタカタカタカタ、カタカタカタカタ。
徐々に膨れ上がり続ける騒々しい音。カタカタカタカタと増殖する奇怪な合唱。カタカタカタカタ、頭に響いて意識を揺らす。
「──ぐっ!」
「──何、これ!」
「──何なんですか!」
「──ちっ!」
歴戦の未来人たちも顔を歪めて、耐えきれずに耳を塞ぐ。これを聴き続けていたら頭がおかしくなりそうだ。
「・・・あれ?」
このまま永遠に続くかと思えた音は急にパタリと止まった。廃墟の団地は驚くほど一瞬で静寂に戻る。先ほどの不快な響きが嘘のようだ。
「止まり・・・ましたね。」
「あぁ、何だったんだ。」
「よく分からねぇが、
周囲に警戒を───────構えろっ!!」
「──っ!?」
ブライスが瞬時に大剣を抜いて叫ぶ。その動作を合図に4人で背中を合わせ合う。そして彼が危険を感じて視線を飛ばす先には人影があった。
「あれは・・・人?」
そこは暗くて距離もあるので、はっきりとは見えないが、この広い駐車場の敷地の上に1人、力なさそうに佇んでいる。
「いや、違うぞ蓮!」
ブライスが歯を食いしばりながら影を睨みつける。俺も改めて目を凝らしてみると、それと同時に厚い雲の隙間から月明かりが影に差し込んだ。
「───えっ!?」
月光に照らされて露わになったその影は人の姿ではなかった。それは今まで戦ってきた死者と呼んでいいかすら分からない。なぜならその姿には一欠片の肉も皮も存在せず、全身の骨が剥き出しになっている骸骨だったからだ。
しかもその骨は白ではなく金色。頭蓋骨から末節骨に至るまで、全てが煌びやかな黄金。
この目で認識してから初めて理解した。あれは今までのどの敵よりも異質で恐ろしい存在だと。
「ようこそ諸君、ワタシの箱庭へ。」
夜の廃墟に響くのは低く枯れた男の声。
その存在は信じられない事に、普通に喋った。骸骨が言葉を発した。
「君たちを歓迎する。ワタシの名はヘルグレロ。」
「・・・ま、まさか、大陸の死神!?」
「そんなはず・・・でもその姿は。」
セキとカナンが驚きながら声を出した。どうやら彼女たちは目の前の存在を知っていたらしい。その名を聞いて衝撃を受けている。
「これはワタシの専用武装、純金の骸骨と一体化した姿だ。・・・おや、これは失礼した。我ながら見苦しい格好だったな。」
純金の骸骨は不気味に笑いながら、煌びやかな装飾のついた黒いローブを身に纏い、背後の影から出現させた車椅子に軋む音を立てながら座った。
「2人とも、あいつを知ってるのか?」
「はい、彼は未来では有名人ですから。」
「・・・ヘルグレロ。アレは大陸中の戦場で猛威を振るった新人類の1人。かなり重要な戦力のはずなのに、まさかこの時代にやって来るなんて。」
「・・・彼は絶対に敵兵を生きては返しません。私の勢力も大損害を受けました。」
2人はまだ動揺しているが、ある程度の冷静さは保っている。さすがに戦場だと頼りになる少女たちだ。
「相当やばいってことか。ブライスは───」
「どうしてだ・・・くそっ・・・あの野郎っ。」
「ブライス?」
「あ、あぁ。俺もアイツのことは知ってる。面識はないがな。」
「──そうか。」
対して常に冷静であったブライスは明らかに動揺していた。なぜかは知らないが、その表情と態度からは苛立ちと焦りが滲み出ている。そこにはいつもと違って余裕の雰囲気がなかった。
「でも変ですね。彼は死者を操ったりはしないはずですが。」
「え? アイツが全ての元凶じゃないのか?」
「セキの言う通り、死者を扱うのは別の未来人だよ。けれど共闘関係にはありそうだから、アレを叩けば尻尾は掴めるかもしれない。」
なるほど、なぜか状況が複雑になってきた。死者の騒動にアレは関係ないのか。じゃあブライスの掴んだ情報が間違いだったのか。ならば本当の敵は誰なんだ。
「そうさ、今考えても仕方がない事だ! とりあえずアイツをぶっ倒すぞ!」
「・・・そうだな!」
そうだ、今は何も考えず、目の前の敵に集中すべきだろう。俺は頭の中に浮かんでいた邪念を切り捨てて、再び剣を真っ直ぐに構えた。
「ふむ、最後の談話は終わったかね。」
暇そうに肘をついていた骸骨が起き上がる。どうやら親切に待っていてくれたらしい。今までの敵とは違っていて、かなり調子が狂いそうだ。
「あぁ待たせたな!! 今からぶった斬ってやるよ!!」
「ほほう。威勢が良いな英雄ブライス。ここが貴様の墓場とも知らずに。」
「あ?」
「せいぜい生涯最後の戦いを楽しむ事だな。」
カタカタと不気味に笑うヘルグレロ。
その言葉が引き金となり、静寂だった空間に再び不快な音がカタカタと鳴り響く。
「なっ!?」
その大量の雑音と同時に現れたのは溢れんばかりの死者。その群れは建物の隙間という隙間から現れ続け、一瞬のうちに広大だった駐車場を埋め尽くしながら波となって押し寄せた。
「激ヤバですっ!!」
「しまった!!」
「クソっ!!」
「なんて数っ!!」
なす術なく埋もれていく仲間たち。底が見えないほど恐ろしい数だ。この場に何百体いるか見当もつかない。そして瞬く間に死者の群勢に視界を覆い尽くされた。距離を取るにももう手遅れだ。この波は異様なまでに速すぎる。
「───蓮!!」
「───カナン!!」
大量に蠢く肉の壁の中で、俺の名を呼ぶ少女の叫び声が聞こえた。しかし必死に伸ばした手は届かずに、俺たちは死者の群勢の波に溺れるように流されるのだった。




