第24話「戦いを前に」
───敵の居場所を掴んだ。
その言葉が和やかな居間の空気を一変させた。2人の少女たちは男の次の言葉を聞くために黙り込み、俺はブライスの強張った顔を見つめていた。
「奴の根城はこの街の北西にある廃墟の団地だ。叩くなら早い方がいい。ここ数日の死者の枯渇具合からも、敵もかなり消耗しているはず。」
「・・・敵の詳細は? どこの勢力の未来人なの?」
「悪いがそこまでは分かんねぇ。だがここまでの規模と力だ。恐らく上位の新人類には違いない。できれば明日には片付けたいところだ。」
「──ですね。では戦うのは明日の夜にしましょう。」
「あぁ。全員、今回は特に気を引き締めておけ。敵との直接対決だからな。特に蓮!!」
「え!?」
「小便チビって逃げ出すんじゃねぇぞ!!」
「はぁ!?」
「──ふふ。」
「──あはは!!」
俺を名指しで小馬鹿にして挑発するように笑うブライス。顔を隠してひっそりと笑うカナン。目に涙を浮かべて大笑いするセキ。
まったく、緊張感からの落差が激しい。笑い者にされたのは納得がいかないが、これは彼なりの部隊の緊張を解く気配りなのだろう。相変わらず良い男だ。
嵐のように豪快な男も拠点に帰り、明日のためにも早めに屋敷の明かりを消した。映画を観たいと駄々を捏ねたセキを寝かしつけ、俺も早く寝ようとして寝室にいると、部屋の襖が静かに開かれる。
「───どうしたカナン? 寝ないのか?」
そこにいたのは眠そうな金髪の少女だった。いつもは結んである髪も寝る前だからか解けている。その服装もだいぶ軽い。
「少し眠気が冷めちゃって。・・・ちゃんと蓮が寝てるか確認しに来たの。」
「はは、何だそれ、母さんみたい・・・だな・・・」
しまった、寝る前に思い出してしまった。今となっては懐かしい記憶だが、昔は俺が夜更かしせずに寝ているか、よく母さんが見に来てたっけ。
「──っ。」
カナンは俺の辛そうな表情を見て、咄嗟に申し訳なさそうにして固まってしまう。まずいな、余計な心配をかけさせてしまった。
「あ、良いんだ。ちょっと懐かしい気持ちになっただけだから。」
「・・・そう。・・・寂しくは、ないの?」
「そんな思いは感じないさ。毎日騒がしい同居人たちのおかげでね。」
「───どういたしまして?」
「はは、そうだな。」
「───ふふ。」
少女は青い瞳を細め、綺麗な金の髪を揺らしながら微笑む。お互いに気が抜けて静かに笑い合う。彼女の笑う姿を見ていると、本当に心が落ち着くものだ。
「それじゃあ、もう寝るね。おやすみ。」
「あぁ、おやすみ。」
そして眠そうに小さく欠伸をしながら去っていく少女。最初の言葉はきっと嘘だな。たぶんブライスが帰ってからも変に緊張していた俺を心配してくれたのだろう。
これが彼女の優しさだ。お陰様で今夜は良い夢が見れる気がする。
そして眩しい朝が来た。
いつも通りカナンとの稽古を終えて、なかなか起きないセキを2人で叩き起こして朝食を食べる。
「「いってきます。」」
「いってらっしゃい。」
毎朝屋敷の門の前まで見送ってくれるカナン。今日も彼女は律儀で凛々しい表情だ。
「蓮さん、もっと肩の力を抜いてください。」
「──え?」
学校までの坂道を登っているところでセキに声をかけられる。むしろ今まで静かだったのが不気味なくらいだ。
「まだ夜までは時間があります。今からその調子ですと、戦う前に無駄に疲れちゃいますよ。」
「・・・そう見える?」
「はい。普段より歩幅や仕草、目線や呼吸が変ですから。」
「よく見てるなー。」
「私は貴方の護衛も兼ねてますので。」
誇らしそうに胸を張るセキ。彼女の方はいつも通り、何も変わらない様子だ。
「セキはさ、戦いの前は緊張しないの?」
「しません、全く。」
こちらが呆気に取られるほど、見事なまでの即答だった。何だか朝から身構えている俺が情けない。
「・・・こればかりは慣れですから。」
「───慣れ?」
「どれだけの経験を積んだか、どれほど大きい戦いを越えてきたか。それらが糧となって自信になりますから。蓮さんはこれからですね。」
「・・・これからか。」
「そうです。だから大袈裟に気負いせずに、もっと気楽にしてください。」
「・・・あぁ、努力するよ。」
その返答に満足したのか、小さく微笑んで楽しそうに歩くセキ。その姿は幼そうに見えても、中身の方は成熟しきっている。俺も少しは彼女を見習うべきなのかもしれない。
そしていつも通り、騒がしい教室の中に遅刻寸前で入る。自分の席に向かいながら教室を見渡すと、この時間にしては生徒の数も少ないように感じた。
「おはよう江古田くん。」
「おはよう鈴木さん。何だか今日も人が少ないね。また前みたいに旅行でサボりかな。」
「えっと、それがね。みんな普通に欠席みたいなの。」
「え?」
「何だよ蓮、ニュースとか見てねぇのか?」
「ニュース?」
「例の集団失踪だとよ。今度は噂じゃなくてマジの事件になってんだ。この教室の奴らも何人か連絡つかねぇし、これは本気でやばいかもな。」
「・・・それ本当か、次郎。」
「そうだよ。SNSでも大騒ぎさ。」
「私、怖いな。みんな大丈夫なのかな。」
「明日は我が身かもな。」
「次郎!!」
「おっ、先生が来た! じゃあな!」
やはり突然やってきては突然いなくなる。こいつも嵐みたいな男だ。いや、もう少し自重してほしいが。
「私も、攫われちゃうのかな。」
「大丈夫だよ。たぶん今日で全部終わるから。」
「──え?」
口を開いて不思議そうに驚く少女に構わず、予鈴と共に授業は始まった。そうさ、今夜で全て終わりにするんだ。この街を騒がせていた夜の死者の徘徊も、無関係の人々の失踪も。
────そして放課後になった。
いつも通り退屈な授業だったが、なぜか一睡もしなかった。僅かな眠気すら感じなかったのだ。
その後セキと合流してカナンの待つ屋敷に帰り、3人で体調を確認しながら装備を整えていると、ブライスが欠伸をしながらやって来た。
「おう蓮、準備万端だな!」
「───ブライス、首尾はどうだ?」
「悪くない、が、どうにも相手の出方が読めない。」
「あれから動きはあったんですか?」
「不気味なほど静かだ。これは相当蓄えている可能性が高い。明日以降になるとヤバいな。」
「きっとそうだね。何としても今夜中に終わらせよう。蓮、セキ、いける?」
「あぁ!」
「はい!」
「よし、行くぞ!!」
ブライスの掛け声と共に4人で顔を見合わせて手を合わせる。今までにない程に気合いは十分、覚悟は万全だ。
緊張感なく笑い合って部屋を出るセキとブライス。戦闘前でも2人の落ち着いた態度は流石だ。
まだ緊張していた俺は少し気になってカナンの方を見ると、彼女もこちらを見つめて来た。その表情に一切の曇りはなく、透き通った青い瞳には俺が映っている。
そうだ、どんな敵が来ようとも、俺たちならば、彼女とならば。
「カナン、ありがとう。」
「───?」
彼女の顔を見ていると、不思議と力が湧いてくる。彼女の隣にいれば、何だってできる気がする。彼女と繋がっていると伝わってくる勇気と希望。それが俺の心を優しく照らしてくれる。
屋敷を出る時、俺はもう緊張なんてしなかった。なぜなら俺は彼女の剣なのだから。
そして決戦の夜は訪れる。
俺たちは意を決して廃墟の団地に向かうのだった。




