第23話「束の間の平和」
変異種の死者との戦いを終えて早数日、あの夜から街を徘徊する死者の数も激減していた。
俺たちの日々の地道な討伐が実りを得たのか、それとも奴らは身を潜めているのか。どちらにせよ、ここ数日は束の間の休息日和となっていた。
「・・・どうだった?」
「凄く良かったですけど、私はもう少し刺激的な方が好きですね。」
「そう? 私は普通に楽しめたよ。」
「そうか、じゃあ次は昨日のホラーの続編にするか。」
「賛成です!!」
「あ、蓮。そろそろ特売の時間・・・」
「──本当だ。次は夕飯の後だな。」
「え〜。」
不満そうなセキだったがカナンに促されて立ち上がった。俺も部屋の時計を見て急いで支度し始める。
ここ最近は割と時間があったので3人で映画を観ていた。悲しいことに未来では記録媒体の類が壊滅的な状態らしく、彼女たちは映画の一つも観たことがなかったそうだ。
現代人の俺からしたら微妙に感じる映画でも、彼女たちにすれば見事な出来らしい。こっちが娯楽に慣れすぎているのか、そっちが不足しすぎなのか。
「蓮、財布忘れてる。」
「おっと、ありがとうカナン。」
「ふふ、気をつけてよね。」
「2人ともー、はやく行きますよー。」
「はいはい。」
「蓮、玄関の鍵。」
「あぁ。・・・・・・どうしたカナン?」
「え?」
「いや、鍵持ったまま立ち尽くして。」
「あ、ごめん。はいこれ。先に行ってるね。」
「うん、ありがとう。」
あの日、カナンと和解してからは普通に話せるようになった。そして同居後のすれ違いや言い争いも格段に減った。心なしか彼女との距離感も近づいた気がする。
しかし、お互いに心の内を暴露し合った事で、逆に今は若干の恥ずかしさと後悔を感じている。
それは普段の会話や生活には支障がない程度ではあるが、ふとあの日のことを思い出すと、頭を抱えたくなる思いなのだ。カナンも少なからず気にしているのか、時折ぼんやりしている事が増えた気がする。
夕暮れ時の商店街を3人で歩く。セキはカナンの腕にしがみついて離れない。カナンは若干鬱陶しそうだが、もう慣れたような諦めたような顔をしている。
「ふふふ、蓮さん〜。」
「何だよセキ。」
「いえ、羨ましいですか? 何なら変わってあげますよ?」
「・・・別に。」
「本当ですかー。遠慮しないでいいんですよ? カナンも私じゃ不満そうですし。」
「ちょっと、調子に乗っていると腕切り落とすよ。」
「あー怖い。冗談ですよカナン。」
心底楽しそうに笑うセキ。こいつはあの日から何かと茶化してくる。だが自分の名誉のために言わせてもらうと、俺は強力なセキの尋問にも屈せずに何も喋っていない。
それでもセキは鋭い嗅覚で察したのか、俺の尋問に耐えた苦労は水の泡になっていた。
「──よし、これで全部買い終わった。そろそろ帰るか。」
「そうだね。」
「お腹空きましたね〜。うん? あれって・・・」
「──?」
首を傾げるセキが指差す方角には、よく見慣れたボサボサの灰色髪の大男がいた。男は神妙な顔で書店の前に立ち尽くしている。あいつがこんな所に出没するのは珍しい。
「ブライス!」
「・・・おぉ、お前ら!」
「珍しいな、何してたんだ?」
「ちょっと野暮用でな。そっは?」
「夕飯の買い出しだよ。そうだ、良かったら一緒にどうだ?」
「・・・」
「俺がつくるから安心してくれ。」
「なら行こう! ちょうど連絡事項もあるしな!」
「おいブライス、さっきの沈黙は何ですか?」
「えぇ、ぜひ私も聞きたい。」
「細かい事気にすんなよ〜。痛っ!!」
ブライスの両足に少女たちの容赦ない蹴りが炸裂していた。理不尽だと嘆く男は俺に助けを求める。悪いな、気持ちは分かるがその子たちは制御不能なんだ。
その後、いつかの日とは違って屋敷で無事に夕食を食べ終えた夜。セキやカナンが楽しそうに騒いでいた様子を眺めていたブライスが口を開いた。
「───敵の居場所を掴んだ。」
その一言は一瞬で部屋の緊張感を底上げし、楽しそうにしていた少女たちも真剣な表情に変わり、その急な変化には俺も固唾を飲み込んだのだった。
夕暮れ前、人で賑わう商店街の路地裏にブライスはいた。そこには普段のような気さくな顔はなく、歴戦の傭兵としての一切の笑みのない真剣な表情だ。
そして人気のない路地裏でブライスが向かい合うのは1人の黒服の男。その顔は黒いフードに包まれ隠されている。
「───まだなのかブライス。いい加減待ちくたびれたぞ。」
男は気軽に笑いながら話すが、その態度には若干の苛立ちも含まれている。
「・・・もう少しだ。あと数日だけ待て。」
「───いいや、もう遅い。これ以上は待てん。」
「──おい!」
「───明日の夜、例の場所に連れて来い。そこで終わらせてやる。いいか、これは契約だ、忘れるなよ?」
「・・・分かった。だがこちらの条件も確実に守ってもらうからな。」
「───あぁ、もちろんだよ、英雄。」
その言葉を最後に霧になって消えていく男。ブライスはその姿を不快そうな顔で見続けながら、静かに路地裏を後にした。
商店街の隅にある本屋の前で立ち止まる。未来の世界では紙の本は大体燃えたので、ブライスにとって目の前にある無数の本は貴重な宝の山だ。
────本当にこれで良かったのか。
その疑念が頭に絡みついて離れない。自身の選択への不安、1人の人間としての葛藤。
────お前は何のために戦う。
その言葉を忘れた日はなかった。1人の傭兵として、その答えを今でも探し続けている。
「────ブライス。」
しばらく本を前に立ち尽くしていると、彼の名前を呼ぶ少年の声が聞こえた。ゆっくり振り返るとそこには、この時代での彼の仲間たちがいた。
現代人ながら、強い精神と覚悟を持って戦う黒髪の少年。敵対勢力ではあったが、強力な武装で共闘する黒髪の少女。
そして、かつて幾度も戦場を共にし、あの時とは見違えた柔らかい表情をするようになった金髪の少女。
3人とも歳は若いが、弱音も吐かずに立派に戦っている。そして楽しそうに笑い合う彼らを見て、ブライスはかつての仲間たちの面影を重ねた。
臨時部隊とはいえ、今日まで共に戦ってきた信頼の置ける友たち。しかし、その想いは彼の心を鈍らせるのだ。それは彼自身の未来を破滅させるほどに。




