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第20話「重ねて」

河川敷から遠く離れた廃墟ビルの1階。

意識を取り戻した俺は土煙と瓦礫の山の中にいた。


身体に目立った負傷はないが、この廃墟らしき建物に衝突したせいで猛烈に背中が痛く、動くたびに骨に響いていた。


「・・・っあ、カナン!!」


まだ目眩がする頭を殴り、完全に意識を覚醒させる。恐らく共に吹き飛ばされたであろう少女が瓦礫の山に埋もれていた。そこには黄金の剣(ステラルクス)も一緒に埋もれている。


「待ってろ・・・今・・・助けるから。」


少女に意識はなく、自然と眠っているようだった。

呼吸はしており脈もある。身体の方にも大きな外傷はなさそうだが、頭部からは僅かに出血した痕がある。


「───ぐっ」


頭に響く痛みによる警告を無視しながら、大きな瓦礫を退かしていく。夜の廃墟は暗くて視認性は悪いが、穴の空いた天井から差し込む月明かりが少女を照らしてくれる。


「・・・・・・蓮。」


「──っ!」


最後の瓦礫を排除した時、少女は静かに目を覚ました。お互いに正面から向き合う。良かった、意識の方も問題なさそうだ。


「大丈夫かカナン、痛むところはないか?」


「・・・えぇ。ここは・・・どうやら、一緒に吹き飛ばされたみたい、だね。」


「そうみたいだ。・・・悪いな、俺が不甲斐ないばかりに。」


「いや、それは違う。」


「え?」


「今回ばかりは私のせい。私が精神的に未熟だったから、貴方の身を危険に晒してしまった。」


「・・・今度は、ちゃんと聞かせてくれるか?」


「・・・この剣はね、今は貴方が使っているけど、この状態は擬似的であって、その力の源は私を通して流れているの。

前にも言ったと思うけど、これは私と蓮に繋がりがあってこその現象。だからこそ、それが何よりも重要であり、左右されてしまう。」


「・・・何に?」


「健康、精神、感情、共感。どれも欠けてはならない大切なもの。蓮が今うまく剣を扱えないのは、それが揺らいでいるから。私が貴方を遠ざけていたから。」


「・・・その、俺が何か嫌われることをしたんだったら、正直に話してほしいのだけど。」


「別に! 嫌ってたとかじゃなくて。ただ、その、色々と、思うところがあって。」


顔を俯かせ、金の髪の下で目線を左右に揺らすカナン。やはり言葉が詰まった。でもここで引くわけにはいかない。


「それが知りたいんだ。カナン。」


「・・・最初に感じてたのは、蓮とセキが肩を並べて戦っていた事に対する負い目と引け目、心苦しさ、嫉妬、そして不安。」


「不安?」


「私には分からなかった。仇を果たした貴方が、どうして剣を握ってくれたのか。約束したとはいえ、蓮をこの戦いに巻き込んだのは私。表面的には何ともなくても、言葉にしないだけで、本当は貴方に恨まれているんじゃないかと。」


「それが・・・カナンの想いか?」


「そう。」


「・・・」


ただ申し訳なさそうに、今にも泣き出しそうな顔。その姿は未来人なんて関係なく、ただの年相応の少女だ。


カナンの不安、それを聞いて正直驚いた。俺が思っていた以上に、彼女は彼女なりに思い悩み、それを今の今まで誰にも吐き出す事もできずに苦悩していたのだ。

・・・ほんと、何をしていたんだ俺は。今日までの自分をぶん殴ってやりたい。


「カナン。」


「──?」


「お前は大馬鹿野郎だ。」


「──え。」


「あの日の橋の上では死にかけたし、それで屋敷に居候してきたかと思えば、料理はできない家事もできない。黙っていれば美人なのに頑固で融通が利かないし、おまけに負けず嫌い。その上意地っ張りで、本当にめんどくさい。」


「ななっ、なっ。」


「それでこっちがどれだけ苦労させられてきたか。セキと一緒で本当に良い迷惑だ。恨みなんか抱くよりも心労で心が折れそうだわ。そして何だ、戦えない事に負い目だ? まさか自分が守られているだけとでも思ってたのか? ふざけんな。」


・・・しまった。何か良い事を言おうとした気がしたのに、思ったことが口から全部出てしまった。カナンが身体を震わせて黙り込んでいる。これは確実に嫌われ───


「───っ、そんなっ、そんなに言わなくてもいいじゃない!! 私だって自分なりに考えて、未来人として蓮に迷惑をかけまいと思ってたのに。それに貴方だって鈍感だし細かくてうるさいし、いつもため息ばっかで寝ぼけた顔してるし、人の入浴を覗こうとするスケベじゃない!?」


「──なっ、それは電気を付けないカナンが悪いだろ!!」


「普通ノックぐらいするでしょ!! あーもう。訳が分からない。蓮は私を怒らせたかったの?これで満足?」


「まぁ、カナンの本心が聞けて満足かな。うん、そっちの方がカナンらしい。」


「あらそうですか。良かったですね。・・・もう分かった。未来でもそうだったよ。どうせ貴方が剣を握ってたのも自分の栄誉ためでしょ?」


「あぁそうだよ。」


「・・・ごめん、今のは良くなかった。」


「いや、良いんだ。さっきのカナンの不安について今度は真面目に答えるよ。確かに復讐を果たしてから俺が剣を握っていたのは、俺がこの時代を普通に生きるためにそうしただけ。」


「・・・」


「学校の友達とか、人々の為にとか、正直言ってどうでも良い。悪いけど俺はそこまで優しい人間でもない。自分さえ良ければ、そんな気持ちを完全には否定できない。だからカナンの言う通り、今まで俺が剣を持っていたのは自分の為だ。」


「・・・そっか。」


それが本心だったとは思っていなかったのか、カナンは辛そうな表情を浮かべて悲しそうにした。信じたくなかったと言いたそうな顔だ。きっと未来でも色々とあったんだろうな。しかし、それでも・・・

 

「─────だから。」


「──?」


「今からは、この瞬間からは、俺はお前の為に剣を取る。」


「──えっ。」


そうさ、これで良いんだ。これこそが正しい運命への選択だ。


「復讐の為でも、現代の為でも、俺の為でもない。カナン、ただ君のためだけに。それが俺の想い、本心だ。」


あの夜の橋の上、星空の下で目に焼き付けた眩い光と共に。それを見た時からずっと変わらない想い。


「・・・本当に、それで良いの?」


少女は明らかに動揺しながらも、必死に心を落ち着かせて聞いてきた。その問いに対して、俺は曇り一つない満面の笑みを返した。





「────ありがとう。」


ただ一言。私も少年の覚悟に対して感情を伝えたかった。彼の眩しい笑顔を見て、心の中の停滞していた気持ちが吹っ切れたのだ。


寝癖のついた黒い髪。焦茶の瞳に可愛らしさもある凛々しい顔。私の剣を受け取ってくれたのが、この少年で本当に良かった。


私は軽く瞳を閉じて微笑んだ後、再び少年に剣を渡して立ち上がる。そこにもう不安はない。今度こそは彼と共に。この戦いを最後まで生き抜こう。



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