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第19話「霞む光」

そして今日も夜は訪れた。

ここまでカナンとは一言も言葉を交わさず、状況は完全なる冷戦状態へと突入している。

その悪化したカナンとの関係に呆れたセキは、珍しくため息を吐いて何も言わずに頭を横に振るのだった。




街に徘徊する死者を引きつけ、郊外の寂れた大きな公園で一気に叩く。その群れの数は多くとも、こちらの連携と圧倒的な力があれば問題ない。


「よっしゃぁ!!今日も狩りまくるぜぇ!!」


相変わらず騒がしく張り切るブライス。

俺も目の前に襲いくる死者を一体、また一体と解体していく。ブライスとセキとの距離を一定に保ちながら、お互いの戦闘をサポートし合う。


「───ふぅ。」


何だかいつもより疲れる気がする。昨日よりも剣の切れ味が鈍く感じる。


「蓮さん!! 右から10体、同時です!!」


「あぁ任せろっ!!」


この場所なら人や物に被害を与えずに済むので、気を使うことなく剣の光を解き放って一掃する。これならまとめて敵を潰せて効率もいい。


いつも通り剣に光を集積させて、力の流れを感じ取る。全ての意識を一点に集中させながら。


「───あれ?」


何度も繰り返してきた動作、だからこそ違和感を感じる。熱が、力がうまく伝わらない。なぜか剣に集まる光が弱い。


「──うわっ!!」


そして黄金の剣(ステラルクス)の大振りが盛大に空振った俺は隙だらけの状態で迫り来る死者たちに襲われた。


「蓮さん!!」


「そこを離れるなセキ!! 俺が行く!!」


死者たちに容赦なく押し倒され、必死に鈍の剣で応戦していると、すぐに駆けつけたブライスが大剣の一振りで敵を薙ぎ払ってくれた。


「無事か、蓮!!」


「た、助かったよブライス。悪いな。」


「構わねぇよ、ほら立て!! 後少しだ!!」


「あぁ!」


すぐに平常心を取り戻して起き上がる。とにかく反省は後だ。今は残りの死者を倒さなければ。




その後はセキとブライスの凄まじい活躍により、何十体もいた死者の群れは跡形となく掃討された。


しかし俺は最後まで死者たちを倒すのに手こずってしまった。その理由は言うまでもなく、黄金の剣(ステラルクス)の鈍り、不調だ。


「大丈夫でしたか蓮さん、どこか怪我は負いませんでしたか?」


「あぁ、何ともないよセキ。・・・一体どうしたんだろう。」


空に剣を掲げて目を凝らす。見た目は何も変わずに、刃こぼれ一つない美しい剣だ。それでも光は集まらず、その輝きはあまりにも弱かった。


「それは彼女に聞いた方が良いのでは?」


セキが目を閉じて指を指すのは、他でもない本来の剣の所有者であるカナンだった。


「・・・」


「・・・」


お互いに目線は合わず何も喋れない。微妙な空気と歯痒い沈黙が続く。


「何だお前ら、喧嘩でもしてんのか?」


「ちょっとブライス。」


さすが英雄ブライスさん、相変わらず何の遠慮も配慮ない。そんな配慮に欠ける男をセキが小突く。そして彼女に耳打ちされて事情を聞いたブライスは何度も頷き、重い空気の中でも気にせずに口を開いた。


「よし2人ともよく聞け!! 俺が年長者として意見するが、お前ら若い男女2人、時には喧嘩することもあらぁ!! だがな、こういう時こそお互い派手にぶつかり合ってぇ!!」


「うるさいブライス。」


「───んぇ?」


「貴方、常にだらしなくて戦場でも碌でもなかった人間だったくせに、人生語れるほど生きてないでしょ。」


「あ、あ。」


「そもそも年長者って、そこまで私と歳も変わらないのに。人に意見するのなら、もう10年は生きてからの方が良いんじゃない?」


「・・・蓮!! こういう時こそ男はな!!」


「ブライス、今はそういう話をしているんじゃないんだ。悪いが引っ込んでいてくれ。」



「・・・・・・ぅぅ。もう帰る。」


未来では英雄とまで評されたおっさんが泣いてしまった。そして情けなく泣きながらアジトに帰っていく。その弱々しい背中は頼れる大人とは程遠いものだ。


「───私も、お先に失礼しまーす。」


セキは小声でボソッと呟き、面倒くさそうな場の雰囲気を察して静かに撤退した。ブライスとは違って懸命な判断だ。



「・・・」


「・・・」


ともあれ深夜の公園でカナンと2人きりになるが、やはり気まずくて会話はない。こんな事ならセキが残ってくれた方が良かったかもしれない。


その後も長いことお互いに黙り合い、とりあえず時間も勿体ないので屋敷に帰ることにした。


2人で寝静まった静寂の住宅街を沈黙して歩く。

今夜の戦闘や黄金の剣(ステラルクス)について聞きたいことがあるが、喉の奥から言葉は出ない。カナンも本当に一言も喋らない。そのまま河川敷まで来てしまった。


あと少ししたら屋敷に辿り着く。結局気を利かせてくれたセキの行動も不意にしてしまった。まったく俺は、なんて情けない男なのだろうか。


そんな風に自分の不甲斐なさを責め続けていると、

俺に痺れを切らしたのかカナンが口を開いた。


「あのね蓮、黄金の剣(ステラルクス)の事なんだけど───」


ようやく破かれた沈黙、しかしその言葉は予期せぬ乱入者によって遮られてしまうのだった。


「──!?」


「カナン?」


「蓮、構えて。」


「え?」


急に態度を一変させたカナンが剣を渡してくる。その表情は緊迫していた。彼女に言われるがまま、剣を構えて警戒すると、橋の影で暗く覆われていた川の中から現れる一体の死者。


「・・・なんだ、こいつ。」


その死者の姿は他とは異なっていて、大きな巨体に膨れ上がった頭部と腹、異常に発達した腕と短い脚部。それはもう人の形ではなかった。そして何より驚いたのはその胸。そこには結晶が深く埋め込まれていた。


「あれは・・・」


「恐らくソイツが取り込んだ結晶ね。でも死者が自発的に食べたとは考えにくいけど。」


「それはつまり───」


「今は気にしないで目の前の敵に集中して。その死者、きっと結晶のエネルギーで強化された変異種だろうから。」


「なるほどな。」


俺は一旦呼吸を整えてから再度その変異種に剣を向ける。その動作が合図となって変異種の死者は真っ直ぐに俺たちを襲ってきた。


実力が未知数の初見の相手、ならば一気に終わらせるのが最適だ。剣を低く構えてタイミングを見極める。

そして死者の腕は目と鼻の先まで迫ってきてた。


「───ここだ!!」


身体を横にずらして最小限の動きだけで死者の一撃を避け、無防備に晒された隙だらけの胴体に向けて、剣を大きく横に振るった。


「なっ!?」


しかしその一振りは肉厚の体に阻まれて、死者の胴体を分断しきれずに止められる。誤算だったのは変異種の肉の硬さと厚さ、先ほどの戦いよりも深刻化した黄金の剣(ステラルクス)の切れ味の悪さと光の弱さ。


その重なった不幸は当然の結果とも言える。それは俺が避けてきた不安による代償だ。


「蓮!!」


「カナン!!逃げっ──」


そこで一瞬意識は途絶えた。この身に何が起きたかは明白だった。変異種の死者はその巨体を持って俺の身体をいとも容易く突き飛ばした。


その衝撃は凄まじく、俺の後ろに控えていたカナンも巻き込んで、遠く離れた廃墟の建物に2人で吹き飛ばされたのだった。




















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