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Chrono Canaan  作者: 小熊猫はにわ
邂逅編
2/23

第1話「光る運命(前)」

それは眩しい朝だった。

いつも通りの目覚めと気怠い眠気。

欠伸をしながら居間に向かうと

静かに新聞を読む祖父がいた。


「蓮、今日は稽古をサボるなよ。」


「はいはい。分かったよ爺ちゃん。」


「蓮〜。ご飯早く食べなさい〜。」


「はいはい。」


母に急かされるまま朝食を食べる。

昨日と同じ朝。明日も変わらない光景。


「いってきます。」


「いってらっしゃい。」


玄関で母に見送られて家から出る。

時間に追われながらも歩いて学校に向かう。


遅刻寸前で騒めく教室に入り込み、

何も考えず友人たちと笑い合う。

欠伸が出るほど退屈な授業を終えて

陽が落ちるまで稽古をして帰宅する。


これが何度も繰り返してきた変わり映えのない日常。

これからも続く予定調和、平凡な日々。




「蓮!!今日ボーリング行かね?」


「あー悪い、今日は剣の稽古があるからパス。」


「そっか。また今度な。」


「あぁ。」


賑やかに教室から去っていく集団。

いつもなら彼らに混ざって遊び呆けているが、

なぜか今日は本当に気分が乗らなかった。


「あ、江古田くん。」


「なに?、鈴木さん。」


「えっとね、明日の放課後は空いてるのかな?」


「・・・まぁ、たぶん、空いてると思うけど。」


「良かった。あのね、そろそろ文化祭の打ち合わせをしたくて、私たち、その、運営委員だから。」


「あー忘れてた。明日の放課後だね。了解。」


「絶対覚えておいてね。約束だよ?」


「うん、約束するよ。鈴木さん。」


「ありがとう。また明日ね、江古田蓮くん。」


こちらの返答を聞いて安心したのか、

不安そうだった表情から瞬時に笑顔になる少女。

仲間に押し付けられた運営委員の仕事だが、

彼女と一緒なら悪くないのかもしれない。

そうやって少しでも良い方向に思い込むのだった。






「・・・はぁ。」


口から溢れるため息。結局その日の放課後は

祖父から念を押されていた稽古をサボり、

何の目的もなく独りで街を徘徊していた。

後で顔だけ出せば問題ないだろう。


別に重い悩みがあるわけではない。

現状の生活にも不満はない。

友人は多く、頼れる家族だっている。

だが何かが満たされない。決定的な何かが。


こんな退屈が永遠に思えるほど続いて

このまま朽ちていくのだろうか。


「・・・ダメだな。今日はもう帰ろう。」


どれだけ歩いたって時間の無駄だ。

きっと家に帰れば少しは気が晴れるはず。

そうだ、そうに違いない。


そう思って足を前に踏み込んだ時だった。


「──?」


その場から過ぎ去ろうとした一瞬、

横目で捉えたのはビルの隙間から漏れた眩い光。

その刹那の光を不可解に感じて立ち止まる。


そして吸い寄せられるように

路地裏を進むと視界に入ったのは

無機質で薄暗い建物の間に浮かぶ謎の亀裂。


自分の目を疑う。何度も瞬きを繰り返す。

しかしどう見ても空間に亀裂が入っていた。


普通なら警戒して観察するか、

距離を取って離れるかの2択だろう。

しかしながら、この手は無意識のうちに

その亀裂に手を伸ばしていた。


「──えっ⁈」


そして触れた瞬間、空間の亀裂は一つの小さな結晶を

吐き出して消えてなくなった。


手のひらほどの白い結晶。

思わず手に取ってみると、意外と重たい。


立て続けに起こる意味不明な現象に困惑しながら

しばらく結晶を眺めていると背後に別の光を感じた。


「そこの貴方、ここで何をしているの?」


「・・・」


透き通るような若い女性の声。

心拍数が上昇する。冷や汗も出てきた。

あり得ない、足音一つ聞こえなかった。

いつの間に後ろに立たれたのだろうか。


「ねぇ聞こえてる?」


「あぁ、大丈夫、聞こえてるよ。」


「・・・そう。」


咄嗟に結晶をポケットにしまい、

謎の人物の方へ振り返ると身体が硬直する。


そこには黒いローブを深く被った人影が立っていた。

その顔はハッキリと見えないが

白い肌と金の髪、青い瞳が見える。年齢も若そうだ。


「それで、何をしていたの?」


「別に、、、通りがかっただけ。

そっちこそ、一体何なんだ?」


「・・・私、探し物をしていて。

えっと、小さな結晶みたいなやつ。

ここで何か見なかった?」


「見てないな。」


「本当?」


「あぁ、もちろん。」


俺はポケットの結晶を握りしめながら

なぜか平然と嘘をついた。自分でもよく分からない。

ただ何となく、この怪しすぎるローブの少女に

先ほどの現象を見た事を話すのは不味いと思った。

彼女の口調からは探りと警戒心を感じるのだ。


「・・・」


「・・・」


お互いに黙り込み、静寂な時が流れる。

少女の青い瞳は真っ直ぐにこちらを見つめている。

真偽を問うような、疑うような眼差しだ。


「えっと、もう行くね。」


その視線に耐えきれず、少女に背を向けて走り出す。

今は一刻も早くその場から離れたかった。

その背中を少女は止めない。ただ黙って見続けた。






「まったく、何が何だか。」


路地裏の出来事から数時間が経過し、

稽古場に寄り道をしていたら夜になっていた。

明日も学校があるので駆け足で帰宅する。


住宅街の外れの広い敷地にある武家屋敷。

祖父の実家であり、17年間で慣れ親しんだ家。

そこには明かりはついていなかった。

祖父と母は出かけているのだろうか。


「あれ?」


玄関の扉に鍵がかかっていない。

2人とも家にいるのだろうか。


「ただいま。」


扉を開くと2人の靴が置いてあった。

電気もつけずに何をしているのだか。


「母さん?、爺ちゃん?」


廊下を進んでも物音一つしない。異様なほど静かだ。

謎の緊張感に鼓動が高まる。何だか空気が重い。


「───え?」


それは居間の襖の前だった。

床との僅かな隙間から滲み出る赤い液体。

暗くとも理解できる匂いと色。


「母さんっっ!!、爺ちゃんっっ!!」


勢いよく襖を開けた先にあった光景は、

現実とは思えないほど恐ろしかった。


そこにあったのは切り刻まれた男女の死体。

それは血塗れで倒れている母と祖父。

飛び出た内臓、部屋全体に血飛沫の跡。

視界を埋め尽くす血の池地獄。


口から溢れて止まらない吐瀉物、

震えて崩れ落ちる身体。


日常は異常に、退屈は狂乱に。


それはあまりにも暗い夜だった。


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