第14話「これが本物の闇鍋である。」
今日は記念すべき同盟者たちの親睦会である。
今宵の屋敷では蓮、カナン、セキ、ブライスが4人で鍋を囲っていた。しかし誰も言葉を発せずに、全員が目の前の鍋を見つめている。
「──なに、コレ。」
最初に口を開いたのは男の中の男ブライス。その疑問も当然のものだ。だって一応彼は招待された客なのだから。
「鍋です、現代風の。」
「そう、この時代の鍋ね。」
2人の少女は顔を見合わせて即答する。まるで私たちが一生懸命作りましたと言うように。渾身の出来であると自慢するように。
「・・・どうしてこうなった。」
処理が追いつかない頭を抱え、ため息すら出ない。それよりも目の前の物体に対する得体の知れない嫌悪感が凄まじかった。
何故ならテーブルの上に置かれた鍋の中には本物の闇が広がっていたからだ。ドロっと黒ずんだ紫色の汁には大小様々な具材が浮いており、ネギに至ってはそのまま刺さっている。
「蓮、なんでお前がいながら・・・。」
「俺だって何とかしたかったさ。」
これに俺は何も手を加えていない。食材の買い出しは行ったが、この鍋を調理をしたのはカナンとセキだ。
少しでも手伝おうとしたら調理場から追い出されてしまい、嫌な予感はもちろんしたが、日頃のお礼という彼女達なりの感謝の思いを尊重し、完成系を心待ちにしていたのが大きな過ちだった。
「いやー、我ながら上出来ですね。」
「料理って難しいけど楽しいのね。つい熱が入ったもの。」
「「・・・」」
その気合いと熱量は素晴らしいが、完全に方向性が間違っている。
見た目の恐ろしさも強烈だが、その匂いも酷すぎる。
全ての要素が最悪の相乗効果を生み出し、目を背けたくなる様な禍々しいオーラを放っていた。
もはや少女達がつくったのは鍋ではない。食べ物の概念を越えた未知の暗黒物質だ。
「いや、普通に毒だろ。」
鍋を箸で突きながら冷静に答えるブライス。力作を信じて疑わない少女たちの前で言うのは、さすが英雄だ。
「最初の方に味見はしましたよ。少なくとも毒はありません。たぶん。」
「確かに見た目はアレだけど、きっと味は良いはず。たぶん。」
「・・・はぁ。」
「蓮、お前が責任とって先に食え。」
「えっ⁈ 無理だって! 悪いけど俺はいたって普通の人間だから、毒耐性とかないから。」
「そんなん俺もねぇわ!」
「ちょっと2人とも、何かひどくないですか?」
「だってセキ!」
「そう、よね。美味しそうには、見えないよね。ブライスはダメだけど、蓮は別に無理して食べなくてもいいから。」
「何でだよ。」
「───う。」
ブライスは呆れて目を細め、カナンは顔を俯かせて悲しそうにする。まったく、本当に辞めてくれよカナン、その表情は俺には堪えるんだ。
「・・・まぁとりあえず、一口、食べて、見ますか。」
心の内で止めようとしたが、つい口に出してしまった。その言葉を聞いて嬉しそうに立ち直るカナン。だめだ、もう後には引けない。
「正気かぁ蓮。」
「ブライス、お前も一緒に食ってくれ。1人で死にたくはない。」
「・・・しゃーねぇな。ここは男として覚悟を決めるか!」
さすがブライスさん、あんた本当に英雄だよ。
「セキ、私たちも食べよっか。」
「そうですねカナン。」
「よし、まずは取り分けて・・・うん。」
気合を入れて鍋から具と汁を取り出す。さてコレは一体何だろう。白菜・・・でいいのかな。なんか黒いしねばついているんですけど。
「準備はいいか蓮。」
「あぁ!」
「よし、食うぞ!!」
「あぁ!!!!」
「本当に良いんだな!!」
「あぁぁぁ!!!!」
「よっしゃぁ! 全員手を合わせてぇー!!」
「「「「 いただきます!! 」」」」
英雄の掛け声と共に4人同時で闇の物体を口に運んだ。
その瞬間、騒がしかった屋敷は一気に静寂に包まれ、
この小さな世界は凍りつき、時間は静止していた。
「────ぅ。」
それを口に入れた瞬間、襲ってきたのは抑えきれない衝撃と吐き気。全身の細胞が危険信号を鳴らし続け、その物質が喉を通過するのを脳が全力で否定する。
後に続く行動など言うまでもない。俺は口を抑えて全速力でトイレに駆け込み、便器に顔を埋めながら猛烈に吐いた。
「うぅ、う・・・。」
身体に気持ち悪さを残しながら、口を抑えて部屋に戻ると、ブライスは中庭で吐いて倒れており、カナンは顔を顰めながら口元に手を当て、セキは吐きそうな顔で不味い不味いと苦笑いしていた。
その惨状と部屋に充満した鍋の匂いを嗅いだ俺は迷わずもう一度トイレに駆け込む。
「──────お、オロロロロロロ!!」
胃がひっくり返るような勢いのある嘔吐。戦時中の未来人達はともかく、平和な時代に育った現代人の俺からすれば、もう二度と口にしたくない味になった。
「確かにこれは、中々酷い味ね。」
比較的耐性のあったセキも退場した部屋で、最後まで1人生き残ったカナンは辛そうに呟くのだった。
「ほら蓮、しっかり立って。」
「あぁ、悪いなカナン、うっ。」
「ブライス、もっと詰めてください!」
「おいバカ押すな! うっ。」
「ほら撮るよ! 皆んな前を向いて!」
その後4人で・・・主にカナンが大健闘して闇の鍋を片付けて、親睦会の記念にと屋敷の前で写真を撮ることになった。素晴らしい耐性のあったカナンは別として、そこに写った俺たちの表情はきっと、死んだような情けない顔だったに違いない。




