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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP7 ─ London, The United Kingdom
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No.59「魔法衝突(2)」

 そしてエステラはしばらく目の前の惨状を傍観しながら、二人の亡骸を確認するために、静かに歩き出す。


「───っ!?」


 しかし、男が進み始めた数歩の距離で、瓦礫の中から拳を握りしめた少女が飛び出してきた。その後ろでは少年が今にも炎を解き放とうとしている。その完全に不意打ちの奇襲に対し、エステラは若干焦りつつも、反射的に周囲を爆散させて、勇敢な少年少女を瓦礫と共に吹き飛ばす。


「はは、危ない危ない。まさか、まだ動けるとは。少し侮っていたな。どれ、試してみよう。」


「ぐぁ!?」

「ごぼっ!」


 それからエステラは薄ら笑いを浮かべながら、地面に倒れる二人に対して、魔法で瓦礫の山を空高く持ち上げ、丁寧に加速させてから落とす。二人はなす術なく大量の瓦礫に押し潰されながら、体を穴だらけにされて呻き声と血を吐き出す。


「ほう、想像以上に硬いな。質の良いサンドバッグを叩いてる気分だ。ならば、もっと威力を上げてみるか。」


「ぐっ!」

「あっ!」


 エステラは瓦礫落としを続けながら、力なく倒れる二人の身体を空に持ち上げては突き落とし、何度も何度も地面に叩きつけた。ただ無意味に繰り返される拷問のような作業、何も出来ずに弄ばれる少年と少女。彼らが小さく漏らす苦悶の声と苦しむ姿はエステラの愉悦を増長させる。


「はははっ、凄いぞこれは! 随分と厄介な呪いを受けたものだな!」


 男は悪魔のように笑いながら言った。これはプレス機も顔負けの強度だと。そして何度叩きつけても復元される二人の身体に、男の探究心は高まり続け、その悪魔の所業を永遠と繰り返した。


「・・・っ。」

「・・・」


 そして時間は経ち、エステラは少年と少女が完全に動かなくなったのを見て、頃合いだと感じ、その手を静かに止めた。


「ふむ、そろそろ限界か。まぁ大したものだったよ。最後の余興としては十分だった。」


「どう、いう、こと、だ?」


「・・・」


 その時、男はまだ言葉を発する事ができた少年に驚きつつも、その姿をじっと見下ろしながら、淡々と己の胸の内を答える。


「・・・これは単なる知的好奇心だが、私は君たちの性能が知りたかったのさ。私を含め、三人の古の魔法使いにおいても、その力に差はあった。ゆえに儀式を中断していたのだが、もうその必要もないだろう。底は知れた。」


「ふっ、そう、かよ。それは、残念、だな。」


「なんだと?」


「ふふっ、アンタ、何も、分かっていない。私たちの力も、呪いも。」


「・・・つまらん虚言だ、やはり所詮は幼き子供か。ふむ、くだらん。」


 少年と少女は血反吐を吐き捨てながら、その場に堂々と立ち上がるが、それを男はくだらない抵抗だと断定して驚く素振りすら見せない。そしてエステラは今までで最も感情のない無機質な低い声で、その殺意を二人に宣告した。


「次からは君たちを本気で殺す。その肉を裂いて、骨を砕き、臓物を破壊する。覚悟したまえ、全てが終わる頃には、もう何も残らないだろう。」


「「やってみろ!!」」


「ふっ、そうか。」


 その瞬間、男は乾いた笑いを漏らしながら、静かに瞳を閉じて、もう一度大きく手を叩いた。そこから始まったのは、まさに蹂躙と撲殺、強者による一方的な嬲りだった。


「ぐぼっ、ぐっ!?」

「っ、ぐぁっ!?」


 少年と少女は男の手から放たれた魔法に燃やされ、吹き飛ばされ、切り刻まれ、破壊され、砕かれ、潰され、串刺しにされた。それはもはや虐殺とも言えるほど、その原型すら留めないほどに殺され続ける二人の魔法使い。


「・・・哀れなものだな。」


 その痛ましいほど無惨な姿を、男は平然とした顔で見つめていた。それはまるで逃げ出した実験動物を見るような目で、ただ何も動じず退屈そうに眺め続ける。その間、少年と少女は叫び声を上げる暇もなく巨大な火柱に燃やされていた。


「故郷を失い、追い求め、行き着いた先がこの末路。まったく可哀想に、なんと愚かな人生か。あぁ神よ、あなたにはどう映っているのだ?」


 そしてエステラは涙を流しながら暗い空を見上げ、それはもう慈悲深い表情で光の環を仰いだ。もちろん全てが演技である。この男に真実などは存在しない。彼を構成する全てが虚像であり、その全てが何処までも空っぽなのだ。


「───ふぅ、もう僅かな声を出せまい。喉はおろか、頭部が残っているかも怪しい。君たちの肉は朽ち、血は蒸発し、神経は焼き払われた。想像を絶する地獄だったろう。良かったな、やっと楽になれ・・・ん?」


 それは大規模かつ連続的な魔法の行使を終えて、男が不意に一息ついた時だった。もうこれで終わらさる為に解き放ち、後先の事なんて考えずに、ただ哀れな少年少女を屠る為に消費した余力。確かな疲労感と疲弊。ゆえに男はその状況を想像すらしていなかった。


「───っ!?」


 その瞬間、彼の頬を掠めるように通り過ぎたのは、前方より射出された圧縮した炎の塊。エステラは目を見開いて身構えつつ、膨大な量の土煙が薄まってゆく目の前を凝視すると、そこには・・・


「ほら、やっぱり外れてる! ちゃんと当ててよ。」

「無茶、言うな、腕が治っている最中だ。」


 そこには少年と少女が立っていた。彼らは大部分の衣服が燃え尽きながら、血塗れになりながらも、お互いの身体を懸命に支え合い、普段のように軽口を叩きつつ、確かにそこに立っていたのだ。


「・・・あり得ない、いくら何でも・・・いや、今はそんな事より・・・」


 エステラの脳は困惑して思考を鈍らせる。それは次の挙動を迷い、ただ呆然と固まる程だった。二人はそんなフリーズした男の姿を見上げつつ、息を合わせて威勢よく叫び声を上げた。


「おいジジイっ、もう終わりかっ!?」

「私たちはまだ生きてるぞっ!」


「───クソッ!」


 そんな生意気な煽りを受けたエステラの理性は怒りと憤りに支配されつつ、二人に無数の風の斬撃や炎の竜巻を容赦なく浴びせた。


「どうしたっっっ、そんなものか!!」

「まだまだっっ!!」


 しかし、少年と少女の顔には笑みが張り付いている。どれだけ風に切り刻まれようとも、炎に焼かれようとも、その威勢も気迫も一切衰える様子がない。


「・・・っ、何だ、これは。」


 男はただただ困惑し続けていた。目の前の状況に脳の処理が追いつかず、理解が及ばなかった。


「何なのだ、これは・・・」


 それでも二人は止まらない。彼らの血の行進は一向に衰えず、男に一歩ずつ迫り続ける。少年と少女は微笑みながら流血し続け、腕や足が捻じ曲がっても叩いて元の形に修理する。皮膚が爛れて焼け焦げても、それを無理やり剥がして呪いによる再生を促す。


「なぜ、生きている・・・」


 大量出血に複雑骨折、内臓損傷どころか欠損消失、頭蓋骨も剥き出しに、もはや歩くスケルトン状態。通常ならば即死級の負傷が二人を襲い続けるも、それでも彼らは止まらない。


「なぜ、まだ動ける・・・」


 それは人間が耐えられるほどの生温い痛みではない筈。神経すらも焦がすほどの烈火の中、微笑み続ける二人の奇術師。尋常ではない精神力、常識とは遥かにかけ離れた異常な覚悟。


「何故だっ、どうして止まらないっっ!?」


 やがてエステラは二人に本能的な恐れを抱き始め、ついに原始的な感情のままに叫び出した。そこにはもう余裕の態度はなく、薄ら笑いを浮かべていた顔は青ざめ、魔法の出力は乱れ続けている。少年と少女の狂気的な姿を前に、否、本物の異常者を前に、エステラは恐怖した。


「骨ごと切り裂かれて痛くないのか! 内臓を潰され、血を吐くのは苦しくないのか! 」


「全然!」

「余裕だ!」


「くっ、このっ、異常者どもがっっ!?」


「「っ!?」」


「滅びろ!!!!」


 そして男は荒々しく手を地面に突き刺すと、大地を揺らし崩壊させて、再び大きな爆発を引き起こした。その威力は流石に凄まじく、制限なしのエステラ全力の魔法。効果範囲はやや狭くとも、対象を確実に消滅させる必殺の一撃。そうして男の渾身の魔法は轟音と共に、大きなクレーターをつくり出した。


「はぁ、はぁ、これで、ようやく、終わりだ。はやく、はやく儀式の再会を・・・なっ!?」


 その時、エステラの目の前には瞬く間に燃え上がる炎の壁が出現し、咄嗟に後退りしてしまう。


「───オラァァァァ!」


 そして、その炎の中から瞬発的に飛び出してきた少女の会心の一撃、残念ながら彼に防ぐ手立てはない。


「っ! ───ぐぼぉっっ!?」


 その強烈な拳は男の胸に直撃し、彼の肋骨を容赦なく砕きながら、その体を空高く吹き飛ばした。エステラは血を吐き出しながら空に舞う。古の魔法使いvs二人の魔法使い。この激しい戦いが始まってから、ようやく少年と少女の最初の一発が、無敵に思えた男の腑に届くのだった。


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