No.58「魔法衝突」
少年は炎を解き放ちながら、視界に入る全てを燃やし尽くす。そこに少女も追い打ちをかけるように、膨大な量の宝石を弾き飛ばす。今までとは比較にならない威力と弾幕、魔法使いの少年と少女、制限なしの本気の攻勢。
「・・・」
「・・・っ!?」
二人の魔法は教会を大きく吹き飛ばし、大量の瓦礫と土煙を生み出したが、それでもエステラは平然と立っていた。男は荒れた白髪に被った埃を払いながら、赤い瞳を退屈そうに揺らす。
「なるほど、それだけか?」
「───ジェード!」
「っ!」
その瞬間、少女は怒りのままに拳を握りしめ、少年の炎を受けた宝石は発火する。彼女の石を触媒として鮮やかな炎は大きく膨れ上がり、薄ら笑いを浮かべる男のもとへ一直線に向かう。
「ほう、これは凄い! 私の魔法と拮抗するとは・・・
威力は互角、気合も十分、ただ・・・」
エステラは静かに笑い続けながら、二人の魔法と同程度の炎を解き放ち衝突させる。教会の中心で膨張した熱量同士は混ざることなく鬩ぎ合う。床や壁には亀裂が入り、建物全体が轟音と共に揺れ動く。
「ジェード! もっと出して!」
「ちっ! 焦るな!」
「ははっ、死ぬ気でやらんと死ぬぞ!」
「そっちが死ね!」
「テルル!」
少女は安い挑発を受けながら、散りばめた宝石に力を込め続ける。少年も男に、何より彼女に押し負けないように全力で炎を放つ。エステラの魔法の威力とは互角。しかし二人に余裕はない。衝突し続ける炎の衝撃波は彼らの額の汗を吹き飛ばす。体力は刻一刻と削られていく。対して男は冷や汗一つも見せていない。エステラはまるで生まれたばかりの赤子を遊ぶように、弱き若輩を弄ぶように笑う。
(おいっ、次のタイミングでやるぞ!)
(オッケー!)
それでも二人が絶望する事などない。呼吸は完全に合わさり、タイミングは完璧なもの。お互いの思考は常に共有して、ほんの僅かな機微だけで意図は伝わる。少年と少女とて、今までの長い旅の中で、積み重ねてきた確かな経験がある。
そして次の瞬間、二人の炎は眩く途切れた。彼らの火は男の魔法を吸収しながら、空中で閃光のように弾け、全てを消滅させる。
「む、妙な反応だな。意図したものか、弾切れか、ならばもう終わりに・・・っ!?」
「ふっ、間抜けが。」
その時、エステラは目の前の光景にだけ気を取られ、二人の奇策を不意に見逃した。そして少年はポーカーフェイスで堂々と微笑む。その瞬間、男の足は凍っていたのだ。それは少年の魔法により一瞬で。二人の熟練のマジシャンたちによって覆い隠されながら。
「ぐっ、これは!?」
「いけっ、テルル!」
「───くらえっ、流星群!!」
それはエステラが咄嗟に足を取られている隙に、全ては終わっていた。少女は天井に色鮮やかな宝石を放り投げ、熱を通して星空を造り出し、固定、そして落とす。魔法の夜空に煌めく星々は流星となって男に降り注ぎ、その身体を容赦なく貫通し、破壊し、粉微塵にする。二人の目の前は膨大な量の土煙と瓦礫に埋め尽くされ、いつかの東京で少女がギャング相手に放ったものとは比較にならない威力の星がエステラに直撃した。
「・・・やった、かな。」
「あれが不死だろうが不老だろうが、今のはかなりダメージは入ったはず・・・」
少年と少女は身構えながら警戒を続ける。普通の人間なら即死、たとえ魔法で防ごうとも重症であることは確実。呆然と眺めていた少年はともかく、全身全霊、全力の魔法を行使した少女には確かな手応えと実感があった。しかし・・・
「───足りんな。」
「「!?」」
やはりエステラは立っていた。男は退屈そうにしながら服の埃を払いつつ、足下の瓦礫を衝撃波でかき分ける。そして落胆したように肩を落としながら、どこか虚な目で二人の姿を眺める。
「やはりこの程度か。所詮は私の想定内、その境界を越えることは出来ないか。」
「・・・ジェード。」
「あぁ、もう一度───」
少年と少女は仄かに焦りつつも、即座に体勢を立て直し、次の仕掛けを仕込もうとする。たとえどんな状況においても、彼らがマジシャンである事には変わらない。しかし、二人としてもその冷静さが裏目に出るとは思いもしなかった。
「君たちに教えてやろう。本物の魔法というものを。」
男は両手を広げて笑っていた。それはとても愉快そうにしながら。そして男は手を大きく叩き、この世の理を越える魔法を発動させる。
「───テルル!」
「───っ!」
少年と少女はその力の正体を見通す事は出来なかったが、その禍々しく恐ろしい闇を見逃すことはなかった。そこには理屈も論理も存在しない。ただ本能のままに、二人は瞬時に回避を選択する。
───そして、男の魔法は大爆発を引き起こした。
その魔法は脅威的な破壊を連鎖的に生み続け、男の視界に入る全てを吹き飛ばす。その威力はあり得ないほどの衝撃を放ち、街の教会を容易く全壊させながら、哀れな二人の奇術師たちを巻き込む。少年と少女は折り重なるように吹っ飛んで、教会周辺の家屋をぶち破りながら瓦礫に埋まる。
「ぐぼっ、ぐっ!?」
「───くっ!?」
少女は大量の血を吐き出しながら、内臓の損傷に顔を歪めて苦しむ。少年も同様に酷く負傷しながら、お互いの痛みを共有してしまい、余計に苦しみが増幅する。砕けた骨、損傷する身体、混じり合う砂利と血反吐。これも普通の人間ならば気絶して悶絶するだろうが、なぜか二人は意識を失わず、その場に弱々しく立ち上がる。
「ジェー、、、ド!?」
「───!?」
テルルは隣にいた少年の名を呼ぼうとしたが、その声が届くことはなかった。二人の上空からは追い討ちをかけるように男の魔法が降り注ぐ。それは大小様々な隕石、加速した質量を持った塊。その魔法は家屋の瓦礫を蒸発させ、地面を大きく抉り出す。死者の蔓延る暗い街に響くのは怒号のような衝撃音。そして容赦なく巻き込まれた者たちの微かな悲鳴。こうして教会一帯は瞬く間に更地と化した。
「ふっ、これは素晴らしい! まるで私の門出を祝福しているようだな!」
そんな崩壊した世界の中で、それでも男だけは立っている。彼はただ目の前の光景を眺め、その悲惨さに溺れて高らかに笑いながら、またゆっくりと暗い空を見上げ、この明けない夜で唯一輝く光を拝む。彼は求神者。人が初めて魔法を手にして数世紀、男は歴史と共に魔法を探求し続けた、本物の魔法使い。




