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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP7 ─ London, The United Kingdom
127/128

No.57「求神者(2)」

 その日、エステラは天に祈りを捧げた。人生の大半を奇術に費やしていた友人と、その弟子と。その時、自分が彼だったのか、彼女だったのかは覚えていない。それでも確かな事は、彼も心の底からその光を望み、そして魔法を手に入れたのだ。


 しかし、それは彼が想像していたような完全なものではなかった。その強大な力を三つに切り分けたせいか、受けた呪いも含め、何もかもが中途半端だったのだ。だから彼も、彼の友人とその弟子も、その力に愉悦を感じつつも、すぐに持て余し、悩み、そして悔やんだ。


「こんな筈じゃなかった、ウォーカー先生、私、こんな事なら・・・」


 魔法を手にした弟子は激しく苦悩した。こんな犠牲を生むとは知らなかった、こんな悲劇は耐えられないと。それに彼女の師でもあるウォーカーも賛同しつつ、彼は自分たちの過ちを認めた。


「あぁ、分かっている、これは我々には過ぎた力だ。そうだろう、エステラ?」


「───あ、うん。そうかも・・・しれない。」


「よし、では返そう、この力を、この光を。」


「はい先生!」


「・・・っ。」


 そして三人は同意のもと、あの日人々から奪ってしまった光を返すことにした。しかし、彼だけはその力を手放す事を惜しんだ。そして絶望した。


「あり得ない、こんな、あり得ない!」


 エステラは生涯をかけて望んでいた魔法を自ら手放したことで、その強大な価値に改めて気付かされたのである。要は毒されたのである。彼は魔法という超常を失い、平凡な人間に成り下がった事実が耐えられなかった。さらにその心を星に見透かされたのか、彼には中途半端に呪われた体だけが残った。それが彼を永遠に朽ちない存在へと進化させ、結果として悠久の時を彷徨う羽目になったのだ。


「・・・私は、絶対に諦めない。」


 だからエステラは研究を続けた。異常なほどの執念と探究心だけを頼りに、何度も何度も仮説と実験を繰り返した。時には道楽を含めて、北欧の湖畔に小さな村を作り、供物となる人々の精神と変化を研究した。そして何十年、何百年と経ち、かつての友が隠していた儀式の核となる物質をもう一度手に入れ、直近で条件の合っていた場所を選定し、再び厄災を引き起こした。それが少年と少女の故郷、美しい地中海に面していた白い街。


「そんなっ、何故だ!?」

 

 だが、それでも彼の望んだ儀式は失敗した。否、またしても中途半端に終わってしまったのだ。その日、エステラは完全な魔法を独占して手に入れるはずだったが、予想外のイレギュラーの出現により計画は失敗した。


「そうか、器となる人間を見誤ったか。」


 それこそが幼き日の少年と少女。エステラとしても、常人があの狂気の暗闇を耐え抜くなど、微塵も想定していなかったのである。だからエステラは儀式の失敗を悔やみつつ、また次に移るために淡々と準備を始めていた。幸い鍵となる物質は手元にあり、二人の所在は分からずとも、その存在は感知できる。そして条件の揃う日食までは少し早い段階で、あの日の二人と思わぬ遭遇を果たしたが、それでも計画に支障はなかった。

 それから二人の存在を完全に把握したエステラは、彼らをウォーカー奇術団のショーに誘い込み、ウォーカー家との接点を持つように仕向けた。そして二人に自分の情報を意図的に与えることで、この日この場所に彼らを誘い込んだのだ。

 一度目はロンドンで魔法に触れ、二度目はロンドンで魔法を返し、三度目は少年たちの故郷で再び魔法を手に入れ、そして四度目、全てが始まった場所で、今度こそは完全なる魔法を手にする為に───


「───私は君たちを殺す。神は三人もいらない。」


 エステラは感情のない声で独白を終えると、僅かにため息を吐きながら、暗い空を見上げ続ける。

 

「儀式に必要なのは大勢の供物と魔法の受け皿となる三つの魂。そして、核となる物質、それは恐らく別の時代から紛れ込んだ異物である結晶。その現代科学を超越した物質こそが新たなる人類への進化を促す。」


 そして男は天井の光の環から視線を逸らし、今一度少年と少女の姿を見定め、不敵な笑みを張り付けた。


「だから私は君たちに流れ出てしまった魔法を回収し、今こそは完全なる存在に───」


「ふざけるな!」


「───っ、テルル。」


「そんな、そんなことの為に! 私たちの街を、私たちの未来を呪ったのかぁぁ!!!!」


 その瞬間、少女は激昂しながら叫び声を上げた。殺意の籠った瞳で男を睨み、力一杯に歯を食いしばり、その顔は憎悪で満ちている。それまでは少年も冷静さを保とうとしていたが、彼女の強大な怒りが伝わって、彼も感情が昂り始めた。そして二人が見つめる先には、彼らを興味深そうに眺める男が。


「ふむ、理解できないな。」


「───っ!」


「あぁ、君が、君たちが怒る理由は分かっている。だがしかし、それがどうしたと言うのだ。君たちは偶然にも手に入れたのだ。人の領域を遥かに超越した力を。ふっ、むしろ感謝して欲しいものだよ。」


「なっ───」

「この煩わしい呪いも含めてか?」


「君たちが受けた呪いについては詳しく知らないが、そんなものは些細な代償だろう?」


「・・・」

「・・・そうか、もういい、もう分かった。」


 その時、ジェードは男から視線を逸らして俯く。その意図や感情はどうであれ、その男とのこれ以上の会話を拒んだのだ。


「ふむ、君の聞きたい事とは終わったか、少年。では少女、君はどうする?」


「ぶっ殺す。」


「はっはっはっ、そうかそうか。君の方は単純、いや、純粋か。私としても、こちらの方が好ましいな。」


「黙れ。」


 テルルは男の笑みを心の底から嫌悪しながら睨みつける。その言葉には普段のような優しさは皆無であり、もはや彼女の感情は怒りを通り越して、明確な殺意に変わっていた。しかし、その憎悪を受けても尚、男の態度は何一つ変わらない。彼はただ興味深そうに微笑みながら、何か納得したように頷くと、無駄に大きく手を広げた。


「───ふむ、では抵抗してみたまえ、哀れな子羊たちよ!」


「ジェード!」

「テルル!」


 その瞬間、少年と少女は互いの名を叫び、一瞬で背中を合わせて戦闘態勢に入る。それを男は呆然と眺めながら、自身も大胆に古びたローブを脱ぎ捨てた。


 そして明けない夜は終わらずに、魔法使いたちの戦いは始まる。


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