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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP7 ─ London, The United Kingdom
125/127

No.55「明けない夜」

 そして奇術師たちは眩しい朝を迎えた。国境なき奇術団の五人は早朝には野営地を離れ、移動を続けること数時間、ついにロンドン北部の小さな街に訪れる。そこは広大な草原に囲われた場所で、静けさの中の緑も豊かだが、今日だけは特に大勢の人々で賑わっている。道を行き交う誰もがお祭り気分。それもその筈で、本日は何よりも特別な日。彼らは世に珍しい天文現象を見るために集まったのだ。


「───良かった、間に合ったな。」


「思ったよりも人が多いわね。」


「ギャハハハ!!!! 飯も酒も売ってるぜ!!!!」


「はっ、確かに異様な感じだ。まったく、そんなに見たいのかね、日食。」


 大人たちは軽口を叩き合いながら荷解きを始める。先日少年と少女から聞いた、きっと起こるであろう事態。彼らとて、それに巻き込まれるのは承知、だが安易に命を差し出すつもりなどない。彼らも最後まで戦い抜くため、装備を万全に整える。


「・・・っ。」

「・・・」


 その一方で、あの日の故郷と重なる景色に、少年と少女の気は重くなっていた。何も知らない人々の賑やかな姿、活気のあふれる街並み。その全てが二人の感傷を刺激する。


「・・・テルル。」


「大丈夫。私たちがやらないと、だもんね。」


「そうだ。今日で全て終わらせるぞ。」


「うん!」


 しかし、少年と少女も立ち止まることはなく、着々と準備を始める。あの日とは違って、二人はもうただの無知な子どもでもない。今日こそは訪れる厄災を退けて、全ての謎を解き明かすために戦うのだ。その決心と覚悟は揺るがない。


「───おい、二人とも。」


「?」

「どうしたマックス?」


「そろそろ始まるそうだ、準備はいいか?」


「あぁ、問題ない!」

「えぇ、任せて!」


「はっ、頼りにしてるぜ。他のお二人さんは?」


「愚問ね。誰に聞いてるの。」


「はやく斬りてぇな〜」


「そうか、問題なさそうだな。最後までキッチリ締めるぞっ、国境な奇術団!!」


 男の掛け声と共に、奇術師たちは手を叩き合った。そして各々装備を確認しながら、人の群れで混み合い始めた広場の中で待機する。恐らく経験した事のないような戦いを前に、さすがの大人組にも若干の緊張は走っている。しかし、それでも彼らは平然としながらその時を待つ。もはや少年と少女には微塵の焦りも感じられない。


「───あと少しだね、ジェード。」


「そうだなテルル。ここまで長かったな。」


「えぇ、本当に、長かった。」


 少年と少女は肩を並べて空を見上げ続ける。お互いに失ってしまった故郷に想いを馳せながら、二度と同じ悲劇を、同じ過ちを繰り返さない為に、徐々に接近する太陽と月を睨みつける。


「・・・」


「・・・」


「・・・どうした、怖いのか?」


「ううん、そうじゃないけど、でも、少しだけ。」


「───っ。」


 少女の微かな不安が伝わってきた少年が心配そうに声をかけると、彼女はその感情を否定するも、それでも彼の手をそっと握った。


「うふふっ、あったかい。」


「ふっ、まったく。」


 少女の気の抜けた素朴な感想に、少年は呆れつつも、その手を強く握り返す。二人は静かに微笑みながら、あの日、あの時と同じように、共に触れ合いながら、その瞬間を迎える。


「───あ、始まる。」


「・・・あぁ。」


 その時、二人の奇術師は明るい空を見上げながら、深く息を飲み込んだ。そこにはもう笑顔はなく、子どもらしい表情も完全に消え失せている。


 そして、その時はやって来た。


 星の天井、青く澄み切っていた空、その海に浮かぶ太陽と月は完全に重なり、混ざり合う。天からの光は閉ざされ、世界は真っ暗闇に、一瞬にして深き夜が訪れる。たった今、この瞬間、この場所で、空を見上げる人々の歓喜の中で、世界の神秘、皆既日食は始まった。

 それと同時に人々の熱狂は最高潮に、街を包むのは賑やかな拍手喝采、大人も子どもも関係なく、彼らは揃って祝杯を上げる。


「・・・・・・」


 しかし、その存在は沈黙を続ける。ただ深々と古びローブを被り、空の上に浮かぶ光の環を見つめつつ、大きな教会の屋根の上から街の広場を見下ろし、その視界から有象無象の群衆を排除して、たった二人、少年と少女を瞳に捉えて、───その存在は笑った。そして彼は、彼女は輝く供物を天に捧げ、この地に再び厄災を引き起こす。彼は求神者。彼女の名はもうない。







 それから神秘的な夜は続く。空の上の月は太陽を隠し続け、微動だにしない。依然として夜の帳は下り続けている。


「これが日食、すげーな、マジで真っ暗だ。」


「本当に、一瞬で夜になったわね。」


「・・・なんか、きめーな。」


 彼らも大人とはいえ、まだ二、三十年しか生きていない。世界を渡り歩いてはいるが、未だ経験した事のない現象に対しては広場を走る子ども達と大差ない。三人は物珍しそうに空を見上げて、各々自由に感想を口にしている。しかし、ヒルデガルトだけは何か異質な空気を感じ取ったのか、いつものような笑みは浮かべなかった。


「あら、珍しいじゃない。貴女が騒ぎ立てないなんて。頭でも・・・治った?」


「ハハッ、それは私を馬鹿にしすぎだ。」


「それで、何が気持ち悪いの?」


「それはあっちの二人に聞いてみろよ。」


 ヒルデガルトが刃物を手に取り指を指すのは、大勢の群衆が空を見上げる中で、唯一地面に俯いていた少年と少女。


「───ぐっ!」

「───あ、頭が!?」


 二人は苦しそうに顔を歪ませながら、必死に頭を抱えている。それは凄惨な過去への追憶か、あるいは新たな厄災への予兆か。


「おい大丈夫かっ、二人とも!?」


「あぁ、問題ない。」


 マックスたちが慌てて駆け寄ると、少年は彼の心配する手を振り払った。少女も同様である。


「テルル、貴女は大丈夫?」


「うん、ちょっと頭痛が。」


「二人とも、無理すんなよ、もしあの話が本当ならば───」


 その瞬間、広場には一斉に騒めきが伝播した。それは終わらない夜に対する恐れと、突如として蠢き始めた大地、その地響きによるものだ。


「───はっ、やっぱりかよ。」


「本当に夜が、いえ、これから始まるのね・・・」


「セイコ、銃出しとけよ。」


「?」


「「「!?」」」

 

 そして、やけに冷静なヒルデガルトに促されて、セイコが銃を構えた時だった。広場の地面は大きく割れ始め、世界には轟音が鳴り響く。夜の闇は全てを包み込み、覆い隠し、何人たりとも流しはしない。


「テルル!!」

「───っ!」


 ジェードは咄嗟に少女の名を叫び、迅速な合図を送る。そして少女はその指示を聞き終える前に、色鮮やか宝石を砕いて周囲に散りばめ、奇術師たちを輝く光で覆った。


 その直後、ついに異変は姿を現し始める。一向に終わらない天文現象に困惑していた人々は訳も分からずに倒れ始め、地面の上でもがき始め、苦しみ始める。そして狂気の暗闇に囚われた人々は、いつしか個体としての自我を失い、呻き声を上げながら狂い始める。広場を埋め尽くすのは死体、飛び交うのは血と悲鳴。永遠に明けない夜の底で、着々と地獄絵図は広がり続ける。

 しかしその狂乱の中で、少女の解き放った光の中にいた、たった五人の人間だけは正気を保ちながら、その崩壊した光景を目に焼き付けていた。


「───っ、やっぱり、あの時と同じ。」


「あぁ。三人とも、少し動くな。今魔法をかける。」


 そして少年と少女はこの現実から目を逸らしはしなかった。彼らはこの囚われ続けた過去、生々しい景色、その全てを繰り返すように見続けてきた。何度見ても慣れる事のない絶望、それでも二人は懸命に奇術師の仮面に徹する。


「よし、これで外でも問題なく動けるはずだ。」


「うおっ、何だか体が軽いな!」


「すごい、全身に、光が・・・」


「ギャハハハッ、おもしれぇ!!」


 少年はマックス、セイコ、ヒルデガルトの三人に魔法をかけた。それはこの世界の闇を拒絶し、大勢の人々のように錯乱することを防ぐ、魔法の加護のようなもの。


「はい、あとこれ持ってて。絶対に手離さないでよ。」


「テルル、これは?」


「その光を維持するための触媒。それ壊れたら、たぶん皆んなは死ぬからね。」


「ははは、それはイカしてるな。」


 少女は三人に光輝く小さな宝石を手渡した。唐突な死亡宣告と共に、肌身離さず持つよう念を押しながら。それでも彼らは何も動じずに、少年と少女の魔法を快く受け取る。そこには確かな信頼関係があるからこそ、何も疑わずに彼らの行動を信用するのだ。


「───おいっ、いっぱい来たぜ!!」


「マックス!」


「あぁ! 全員で切り抜けるぞ!」


 その時、地面に倒れていた死体たちが続々と起き上がり、手当たり次第に人々を襲い始め、哀れにも光を求めて、五人の奇術師たちに狙いを定める。しかし、彼らは普通の人間でも、常識的なマジシャンでもない。彼らは国境なき奇術団。どんな脅威が襲いかかろうとも、ただ実力で斬り伏せるだけだ。


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