No.53「最後の旅路へ」
2010年代、イギリス、ロンドン。
ニューヨークを離れ、英国に向かった国境なき奇術団、ジェード、テルル、マックス、セイコ、ヒルデガルトの五人の奇術師。彼らはミラ・ウォーカーに頼み込み、ロンドン行きの飛行機に即日搭乗、次の日の昼には霧の都に辿り着いていた。しかし、二人が目指すのはまだ先の場所。儀式が行われた最初の地、ロンドンより北の辺りだ。
「うーん、まだ着かないかな〜」
「もう、今出発したばかりよテルル。」
運転手は退屈そうにする少女に呆れる。五人が乗るのは73式大型トラック。その車を運転するのはセイコ、助手席にはテルル。荷台には他の三人が。
「なぁジェード、どうするつもりだ? このまま何も言わずに終わるのか?」
「そうだぜ! 男らしく当たって砕けろよ!!」
「まぁ、その時は何とかするさ。それに砕けたらダメだろう。」
何やら楽しそうな話題で盛り上がっている。そこに緊張感はなく、どこまでも自然体だ。
彼らが向かうのは、ロンドン北部の小さな街。そこはかつてのウォーカー家の故郷でもあり、遥か昔の儀式の中心地でもあった場所。少年と少女はニューヨークから去る前に、ミラからも話を聞くことで確証を経ており、また彼らの研ぎ澄まされた感覚は、彼らを約束された場所と時間へ導く。それは理屈ではない。二人には分かるのだ。その存在もその場所を訪れることを。
それから車を走らせること数時間、曇天の空はより一層暗くなり始める。奇術師ご一向は街道沿いの小さな森に寄り道をする事にした。
「何だろ、ここ。古い遺跡か何かかな?」
「どうせどっかの金持ちの廃墟だろ。」
少年と少女が最適な野営場所を選ぶために森の中を探索していると、暗い木々の中に朽ちた建物を発見した。それは神殿の遺跡のようであり、また富裕層の道楽による偽物のようでもあった。そして、遺跡の柱が散らばる中、その中心には湯気を放つ水の溜まり場が。
「これは・・・温泉ね。」
「え、ここバースじゃないのに?」
「確かに妙だな。」
セイコが軽く手を触れると、それがこの国には珍しく、否、あり得ない場所であることが判明する。それに少女が驚きながら口にしたのは、南西イングランドの丘陵地帯にある英国唯一の温泉地帯。
「まっ、どうでもいいじゃねぇか! とりあえず野営地としては悪くない、あとは飯食って酒飲んで寝るだけだ!」
「ギャハハハッ、早く食おうぜ!!!!」
「まぁ、そうだな。」
その異質な空間に少年たちは怪しさを感じつつ、奇術師たちは一刻も早く酒を呑むために、夜の宴の準備を始める。マックスとヒルデガルトは薪を豪快に生産し、ジェードは静かに火を灯す。セイコとテルルは食材を用意しつつ、肉や魚を焼き始める。
「───よし、それじゃあ!」
「「「「「乾杯!!!!」」」」」
そして始まった奇術師たちの夜、国境なき奇術団、最後の晩餐。星の見える空の下、暗く静かな森の中、彼らは燃えたぎる火を囲んで笑い合い、語り合いながら、肉を食らって酒を飲み干す。
「ギャハハハ! 酒酒酒〜!!!!」
「ぐぉっ! 頭からかけんな!」
「ガハハハッ! もっと呑むぞ!!」
「あっ、セイコ、それ私にもちょうだい!」
「あら、これ結構強いけど。」
「おいっ、お前は絶対にダメだ!」
「何でよ! ほらっ、大丈夫大丈夫!」
「もう、仕方がないわね。」
マックスとヒルデガルトは相変わらず酒を浴びるように呑みながら少年を巻き込む。セイコは静かに酒を嗜みつつ、確実に空き瓶を増やし続ける。そんな様子を眺めていた少女はセイコのグラスを奪い取り、少年の必死な警告も聞き入れずに、その中身を一気に飲み込んだ。
それから数分後、少女は顔を赤らめながら、少年の頭を軽く殴り始めた。
「ほら〜ジェード〜呑んでるかぁ〜」
「・・・はぁ。だから言ったのに。」
少年は呆れ果てながら肉を喰らうも、少女の容赦ない追撃は止まらない。彼女は高らかに笑いながら、その目は開いてはいるものの、何も見えていない。完全に酔っている。
「んぁ、大丈夫だよー、私たちは、ひっく、魔法で解毒できるから。」
「はぁ、まったく。それを誰がやるんだよ。」
「え? ジェードしかいないじゃん!」
「・・・はぁ。」
少年はため息を吐きながら、少女の拳を受け止める。それでも彼女の気分を高揚し続け、その高なる鼓動に少年も影響され、次第に彼も宴に酔い始めた。
そして賑やかに騒ぎ続ける奇術師たち。彼らは酒を片手に歌って踊って笑い続ける。薪を焚べられた炎はゆらゆら燃えたぎる。彼らの高らかな笑い声と透き通った火の粉は月の輝く星空に舞い上がる。
「───なぁお前ら、この旅が終わったら、これからどうするんだ? 」
「?」
その時、一人の男は彼らに向けて問いかけた。その顔は酒によって赤く染まり、愉快そうに微笑みつつも、その目はどこか遠くの場所を見つめている。
「どうするって、将来の夢でも語るってか?」
「そうだ、これが最後の夜だろうからな。」
マックスは酒と固唾と飲み込みながら、一度大きく息を吐いた。
「まずは俺か。そうだな。俺はアメリカで店を開くぜ! 昔馴染みに誘われたからな。」
「へぇー意外だぁ、マックスがお店か〜。」
「あぁ、どんな客にも酒を出して飯を出す。これが俺の夢だったからな。開店したら遊びにこいよ!」
「うん、絶対に行くー!」
男は自信満々に自分の夢を、未来の姿を語る。今度こそは戦いから離れ、人のために尽くす仕事をすると。豪快に酒を飲み干しながら宣言する。
「ふっ、マックスが客商売かよ。セイコは?」
「私は・・・一度パリの店に戻ろうかしら。」
「Night Wandererに?」
「そう。あの場所でもう少し腕を磨いて、いつかは独立したいわね。」
女は淡々と己の目標を言葉にする。彼女は生粋の奇術師として、この道に生涯関わり続けるのが理想だと。そして心地よさそうに微笑みながら、グラスを空に放り投げて、それを手元で一瞬のうちに花束に変える。
「じゃあ私は東に行くぜぇ!!!!!」
「勝手に行ってなさい。テルル、貴女は?」
「うーん、私はねぇ、世界中の宝石を集めたい、かな。たぶん、しばらくは世界を放浪してると思う。」
意味不明な将来を語り、セイコにあっさり無視される女、そんな彼女を少女も平然と素通りしながら、自分の未来を話し始める。
「これからは自由に旅をして、色んな場所に訪れて、色んな人に出会って、色んな宝石を見つけて。そうやって自分らしく生きていきたい!」
「ふふ、貴女らしいわね。」
「ガハハッ、すげぇいいじゃないか!」
「えへへ〜、ありがと〜」
少女の微笑ましい夢を大人たちは盛大に褒め称える。きっと彼女はどんな時でも、どんな場所でも自由に生きるのだろう。
「・・・」
「ジェード、お前はどうするんだ?」
「俺?」
「そうだ、あとはお前だけだぞ?」
「俺は・・・」
その時、少年は咄嗟に口を閉ざし、横目で少女の顔を覗きつつ、少しだけ悩む素振りを見せた。彼には夢という夢もなく、ただ未来に生きる自分の姿を想像できない。それは常に現実的な彼の良さでもあり、また悪さでもある。
「・・・きっとマジシャンをやっているさ。」
「おぉ、良いじゃないか。ジェードらしい。」
「ふふ、それなら、これからも私と同業ね。」
「そうだな。そうだと良いな。」
「・・・っ。」
それでも少年は微笑みながら自分の未来を語った。たとえどんな結末になったとしても、きっと今の仕事を続けていくだろうと。戦闘狂女と同様に、彼の夢は漠然としていたが、二人の大人たちはそれを笑うことはなく、ただ優しく見守るような視線を送った。しかし、少年が目を逸らした少女だけは、彼の語った未来に対して、何か言いたそうな表情で押し黙るのだった。
それから奇術師たちの宴は派手に続いたが、明日の朝には出発するので、彼らは大人しく酒を抱き抱えながら眠りについた。
「───ふぅ。」
しかし、少年は立派なことに夜の見張りを申し出たので、まだ一人で起きており、静かに淡々と後片付けを進めながら、今夜の晩餐を振り返って笑っていた。
(ふっ、まったく騒がしい晩餐だったな。)
彼にとっては煩わしくも、遠慮なく賑やかな大人たち。血を分けた家族ではないが、それと同等の時間を過ごし、それ以上の関係性にまで昇華した存在。きっと何十年の時が過ぎようとも、彼がこの旅を後悔することはないだろう。
「───あ、そうだ、どうせなら。」
その時、少年はふと思い出したように立ち止まり、野営地から少し離れて、謎の温泉が湧く遺跡に向かった。
「ふっ、悪くないな。」
ジェードは満更でもなさそうに微笑み、適当に服を脱ぎ捨てて、独り静かに浸かり始める。それから少年は風に揺らされる木々の音に耳を澄ませながら、ただ呆然と夜空を見上げ、湯浴みに勤しみ心を鎮める。
(そうだよな、本当に終わるんだな。いや、終わらせるのか。)
それは少年の頭の中で何度も繰り返してきた問答。いつか直面する筈だった旅の終わり。それを本当に迎えた時、果たして自分は───
ジェードはそれを考えずにはいられない。それほど彼にとって、この居場所は大切なものだから。
「はぁ・・・」
そして少年がため息を吐いて顔をお湯に沈め、軽く深く潜水し、しばらくして勢いよく顔を上げた時だった。
「───ん?」
「───え?」
その瞬間、少年は目を見開いて硬直する。その目の前で、全てを曝け出していた少女も凍りつく。二人の間に流れる静寂、静まり返る木々の揺めき。美しい星々が瞬く夜空の下、少年と少女は思考停止で見つめ合う。




