No.52「もう一人の魔法使い」
その後、二人はウォーカー奇術団の書庫に案内された。そこは奇術団本拠地の建物の裏庭にあった。あまり整備されていないのか、かなり年季の入った煉瓦造りの外観だ。しかし今更立ち止まるわけにもいかないので、二人は恐る恐るその中に入ると、そこには大量の本棚と無造作に積み上げられた本の数々が彼らを歓迎する。
「ここは全て私の所有物だから、好きに閲覧していいわよ。」
「うわぁ、凄い数・・・ミラさん、ありがとう。」
「ありがとうございます。」
「ふふ、私が受けた恩に比べたら、この程度は大したことないわ。そうね、たしか、御伽噺とかは向こうの棚だったかしら、あまり記憶が鮮明ではないから、あとは自分たちで探してちょうだい。」
「はい!」
そしてミラ・ウォーカーは軽く微笑みながら、少年と少女に書庫の鍵を渡して立ち去った。どうやら彼女には次の仕事があるらしい。いかに世界的な奇術師といえど、ハードワーカーなのは本人の気質なのだろう。
「よし、とりあえず手分けして───」
「あっ、私はそれっぽい本を探してくるね!」
「・・・あぁ、そうしてくれ。」
こうして少年と少女の役割分担は即決された。ジェードが主に解読・解析を、テルルが本の選定を、公平かつ迅速に。もはや少年は小言を呟くこともなく、ただ淡々と己の役割に徹し始めた。歴代のウォーカーが集積した奇術に関する歴史、伝承や御伽噺。ジェードはそれらを一つ一つ丁寧に熟読していく。その間休憩などは一切挟まずに、古びた木のテーブルに本を積み重ね、とある画家が残した意味不明な日記と照らし合わせて、少しずつ紐解いてゆく。
「どう? 何か分かった?」
「・・・微妙だな。どれも大衆向けの、一般的な童話とかだ。」
「ふーん。」
開始から数時間が経過し、少女が頻繁に少年な様子を伺い始める。それでも地道な作業は続く。ジェードは古びた本を読み進め、他人事ではないテルルも積極的に協力する。
「・・・あっ、これとかは?」
「それは・・・っ!? テルル! それよこせ!」
「えっ!?」
その時、テルルは本棚から一冊の分厚い本を持ち出してきた。そして少年はそれを見た瞬間に、目の色を変えて少女から強引に本を受け取る。
「───確か、これは、そう・・・」
「・・・もう、乱暴なんだから。」
少女は文句を呟くが、その顔に険しさは見えず、むしろ母親が熱心な子どもを見守るように、優しく微笑んでいた。
「ふぁぁ。」
「───おいテルル、これ読んでみろ。」
「───え?」
それからまた数刻後、気怠い午後の眠気に圧迫されて、少女が本棚の前で欠伸をかましていた時、彼女の目の前には少年が現れて、先ほど手渡した分厚い本のとあるページを見せてきた。
───その本に記された内容は、今よりも遥か昔のこと。ミラより何世代も前のウォーカー家の当主が行った、とある儀式の記録。
その日、奇術師たちは本物の魔法を求めて、霧の都より北の地に祭壇をつくり、天に祈りをささげた。一人目はウォーカー、二人目は彼の弟子、そして三人目はウォーカーの古き友人。誰一人として欠けてはいけない。それは三人で分け合うからこそ、許される力。そして三人の奇術師たちは多大な犠牲を生み出しながら、魔法を手に入れた。それはまさに神の力と呼ぶに相応しいもので、この世の理に逆らって、思いのままに天変地異を操る奇跡は三人の想像を遥かに越えるものだった。しかし、それを手に入れるために支払った代償はあまりにも大きすぎた。それは数多の命を燃料としながら、また三人はそれぞれ身に余る呪いを受けた。そして、いつしか自分たちの罪深い行いを後悔し始めて、彼らは授かった力を返すことにした。彼らは全ての力を振り絞って、天に眩い光を解き放ち、その奇跡を天に送り返した。それで全てが終わるはずだった。
だが、この呪いの運命は永遠と続いていく。なぜなら魔法使いたちの中でたった一人だけ、先祖ウォーカーとその弟子を裏切って、その光を手放すことを惜しみ、天に全てを返さなかった者がいたから。そして、その者は星から呪われて不完全な存在となり、天から見放されて、不安定な存在となった。だからこそ、彼は、彼女はもう一度完全なる光を手に入れるため、今もこの蒼き星の中で、悠久の時を彷徨っている。彼は求神者、名前はもうない。
「・・・これって、つまり。」
テルルがその物語を読み終えると、彼女は険しい表情を浮かべながら、今まで見て見ぬふりをしていた真実に辿り着く。
「あぁ、この日記の内容と照らし合わせてみても、これは確かな事実だ。・・・たぶん、もう一人いる。」
そう、それはあの日。少年と少女が星に呪われた日。その経緯や原因は不明であれ、彼らは魔法を手に入れた。しかし、この歴史通りに推察するならば、やはり数が足りない。もう一人、少年と少女の他に、あと一人だけ、あの日魔法を手に入れた存在がいる。あの日、街の人々が暗闇にもがき苦しむ中で、最初から全てを知っていた者がいる。
「そしてその存在は、恐らくはこの日記を書いた奴であり、俺らの故郷で儀式とやらに関わった奴だ。」
「───っ。やっぱり、エステラさん、なのかな?」
少女は現段階で最も怪しい人物の名を上げたが、それを少年は否定も肯定もせずに俯いた。
「さぁな。それはさほど重要じゃない。だが偶然にしろ必然にしろ、その存在は俺たちに接触して、意図的に痕跡を残した。だから俺たちにとって必要な情報は、そいつが次に現れる場所だ。」
「そっか、分からないことは直接聞けばいいもんね。───それで、どこ?」
その時、少女は表情を完全に消して、凍りつくような声で少年に問いただす。そこに普段の純粋無垢な笑みはない。その張り詰めた表情に、少年は臆するどころか懐かしさすら感じていた。
「・・・今なら全ての意味が分かる。この日記に書かれていた未来の日付、そしてある日を境に途切れた記述。きっとコイツはこの日に全てが始まった場所で終わらせる気だ。」
少年は古びた日記を見せながら、淡々と言葉を続ける。その日記には、とある男の研究日誌程度しか書かれていないが、少年が開いた最後のページ、そこには今より未来の日付が記載されている。少年はその日こそが謎の人物、もう一人の呪われた魔法使いが現れる時間だと断定した。
「それを次に日食が見れる場所と合わせると、やはり奴が現れるのは───」
「「ロンドン。」」
そして少年と少女の意見は合致する。それは呪われた運命の連鎖、その全てが始まった場所。かつて三人の人間たちが高みを目指し、天から魔法を手にした場所。ウォーカー奇術団発祥の地、霧の都、ロンドン。全ての答えはそこに眠っている。
「・・・ジェード。」
「あぁ、テルル。全て終わらせよう。」
ジェードとテルルはお互いの顔を真剣に見つめながら深く頷く。彼らの七年に及ぶ旅の最後の行き先は、こうして二人の同意のもとに定められたのだ。
それから数刻後、二人はミラに事情説明と挨拶を終えて、彼らの仲間が待つ宿に帰った。
「あら、二人とも、早かったわね。」
「うん、まぁね。」
「セイコ、・・・マックスとヒルデガルトは?」
「もう少ししたら帰ってくるけど、何か用事?」
「えへへ、ちょっとね、これからの事について、話を聞いてもらいたいんだー。」
「・・・そう、分かったわ。」
セイコは少女の僅かな表情の変化から何か重大な事情を察するが、それを面と向かって指摘することはない。今更それをする必要はないとさえ思っていた。
そして数分後、マックスとヒルデガルトが賑やかに帰還するが、少し張り詰めた空気を感じ取り、彼の背筋には緊張が走る。もちろん戦闘狂女には変化はない。それから三人の大人たちが少年と少女を取り囲むように各々椅子なり、床なり、ベットなりに座り込むと、ジェードは重く閉ざしていた口を開いた。
「それじゃあ全員、聞いてくれ。」
「俺と───」
「私が───」
「「呪われた日のことを」」
それは故郷のこと、厄災のこと、手に入れた魔法と受けた呪いのこと、それを返すために、今まで旅をしてきたこと。二人はセイコ、マックス、ヒルデガルトに対して、国境なき奇術団結成時に自分たちの魔法について軽く説明はしていたが、それを手にした経緯や呪いに関しては一切開示していなかった。その理由は別に信頼とかの問題ではない。ただ当時の少年と少女の心は弱く、精神的にも未熟すぎたからだ。それでも二人は全てを話すことを決意した。共に世界中を旅した仲間として、同じ場所に立っていた奇術師として、彼らに感謝と義理を果たすために。
「───という訳だ。」
「ごめんね、今まで黙っていて。」
全ての話を終えて、少年と少女は申し訳なさそうに軽く微笑む。それでも彼らは止まらない。
「悪いが俺たちには時間も余裕もない。だから明日にはロンドンに向かう。お前たちとは、ここで・・・」
「セイコ、マックス、ヒル、みんな本当にありがとう。元気でね。」
そして二人は畳み掛けるように一方的な別れを告げるが・・・
「───ふっ、ふふふ、ふふ。」
「くっ、くく。」
「ギャハハハハ!」
大人たちは可笑しそうに、愉快そうに笑い出し、目に涙を浮かべて大笑いした。
「───っ?」
「えっ、いや、なんで笑うの、これ感動的な別れじゃないの?」
少年と少女は困惑して取り乱すが、それでも彼らは変わらない。ただ二人の子どもたちの慌てふためく姿を見て、それを馬鹿にしたように笑い続ける。
「ガハハハッ、何言ってんだ、アホガキどもが! 俺たちは国境なき奇術団、そこが戦場だろうが、どこだろうが関係ない、常に五人だぜ! それに俺がいなけりゃ、お前たちはすぐに野垂れ死ぬだろうよ!」
元軍人の男は笑いながら語った。俺の圧倒的なパワーが必要であると。二人が何を背負おうが、どこに向かおうが関係ないと。
「ふふっ、そうね。ここまで来たら最後まで付き合うわ。それに、どうせ私がいないと、目的地までたどり着けないでしょう。ねぇ、お馬鹿さんたち。」
奇術師の女は笑いながら呟いた。私の優れた知力が必要であると。何があろうとも最後の瞬間まで旅を続けると。
「んぁ、私は別にどーでもいいけどよぉ! とにかく戦えればそれでいいぜ! 血祭りだ!」
元傭兵の女は微笑みながら言った。私は理由がなくとも闘いたいと。この刃物を手にもって、全ての障害を斬り捨てたいと。
「───ふっ、まったく。」
「ふふ、本当に。」
だから少年と少女も自然と笑ってしまう。どんな時でも何も変わらない彼らを見て、その頼れる大きな背中に影響されて、遠慮なく、子どもらしく。
「はっ、最初から分かっていただろう、俺たちはこういう人間だって。これは俺たち五人で始めたんだ。だから終わる時も一緒さ。」
マックスは微笑みながら少年たちの顔を眺める。数年前、初めて彼らと出会った日から、その姿は奇妙なほど変わらずとも、その顔つきは明らかに成長している。男にとってはそれだけで十分だった。
「うん、そうだった。やっぱ私たちはこうでなきゃね。もう少しだけよろしくお願いします、セイコ、マックス、ヒル! ・・・ほら、ジェードも!」
「───あぁ、最後までよろしく頼む!」
「おうっ、勿論だ!」
「えぇ、喜んで!」
「ヒャッハー!!!!」
「ふっ、それじゃあ行こうか、国境なき奇術団、最後の舞台───」
そして少年は微笑みながら大きな声で宣言する。それに少女も、大人たちも全力で応える。
「「「「「ロンドンへ!!」」」」」
その瞬間、一斉にお互いの手を合わせた五人の奇術師。その目は光に満ちており、その顔は曇りなく眩しい表情。誰もその選択に迷いなどはない。向かう先に恐れなどは抱かない。彼らは国境なき奇術団。世界最強の奇術師たちの集いなのだから。




