No.50「ニューヨークの一日」
それはとある日の午後、大きなビルの間から暖かな日差しが差し込む昼下がり。ギャング達が起こした騒動も収まり、ニューヨークの街はいつも通り活発に動いていた。道路を走る車、歩道を走って運動する人、スーツを着て仕事をする人、楽しそうに観光する人。ここはニューヨーク、世界の中心、様々な人や物が忙しなく行き交う。
「うーん、あと何買おうかなー。」
それは人通りの多い交差点、独り信号待ちをするテルルは頭を悩ませる。彼女は絶賛ショッピングの最中だった。その手には奇妙な雑貨の入った紙袋を持ちながら、目の前で交差する車を呆然と見つめる。現在の国境なき奇術団に仕事はない。団員の誰かが、主にマックスが次の仕事を持ってくるまでは休養期間だ。ゆえに奇術師五人は各々自由に行動して、のんびりとマンハッタンに滞在している。
「はぁ、なんか気怠いなぁー。」
少女はいつものように暇そうな少年を誘ったが、なぜか今日は珍しく断られ、そのせいで微妙に機嫌が悪い。マックスは友人と飲みに、セイコは図書館に、ヒルデガルトは不明。ゆえに少女は取り敢えず誰かに構ってほしい気分だった。
「───ん?」
そんな時だった。信号の指示に従い、走る車が一斉に停止して、少女は静かに歩き始めると、その視線の先にとある人影を捉えた。
(・・・あ、ジェードだ。)
それは灰髪の少年だった。彼は少女に気付くことなく歩いている。その姿は少しだけ着飾っている風にも見えた。
「おーい、ジェード!」
少女は手を振って走り出す。先ほどまでの憂鬱とした気分など捨てて、無邪気に微笑んで。
「ジェー・・・ド?」
しかし少女は咄嗟に立ち止まった。そして少年に存在を悟られる前に建物の影に隠れる。
(ど、どゆこと!?)
その光景を目撃して、少女はひどく混乱した。なぜなら少年は歩いていたのだ。それは少女の見知らぬ人物と、それは少女以外の女と。テルルはあり得ない衝撃的な現場に出会してしまったのだ。
(あの人誰!? ま、まさかジェードが・・・デート・・・? いや、あのジェードが!?)
少女にとって、これは想像もつかなかった異常事態。今までに経験した事がない状況。ゆえに彼女の動揺は加速し続ける。
(あの人、どっかで見た覚えが・・・あっ。)
そして少女はその女性の正体を思い出した。黒髪メッシュのショートボブ、可憐さを持ちながら、お淑やかな印象も感じられる英国人。それは先日、少年が助け出したウォーカー奇術団の団員、クロエだった。
(でもっ、必ずしも、デートと、決まったわけじゃ・・・)
少女は建物に隠れながら乱れた呼吸を整え、ゆっくりと歩く二人の様子を観察した。同じ奇術団の仲間として、何より長年連れ添ってきた相方として、彼の怪しげな行動など見過ごせない。
(うん、そうだよね。きっと偶然会っただけだよね。道でも聞かれただけだよね、うん、絶対にそうだ。なら私は先に帰ろう!)
だが少女は十分な観測結果を得る前に、早々に結論を導いて、二人に背を向けて歩き出す。彼らが何をしていようが、少女には全く関係のないことであり、何より今は楽しい楽しいショッピングの最中だ。彼に構っている暇などない。少女は自分にそう言い聞かせ、颯爽とその場を立ち去った。
「ジェード君、あのお店とかどう?」
「ん、いいんじゃないか。」
それからジェードとクロエは仲良くニューヨークの街を歩きながら、道沿いに行列をつくっているキッチンカーを見つける。本日の主旨はクロエから少年へのお礼、歳上のお姉さんによる食事のお誘い、やはりデートだった。
「・・・っ。」
それを一人の少女は尾行していた。先ほど自分で定めた意思を捻じ曲げて、二人の逢瀬を盗み見るように。
(あー、何してんだろ、私。)
少女は自分自身に呆れながら問いかける。並んで歩く二人と一定の距離を保ち、今は街路樹の裏に隠れながら、少年に悟られないよう、己の気配を魔法で誤魔化して。
(・・・アイツ、私とのショッピングは嫌がるくせに、・・・というか今日なんて断ったくせに。)
終わらない自問自答、頭の中で増え続ける疑問、そして感じる仄かな怒り。少女は騒めく不満を込めながら、キッチンカーの前に立った二人に視線を飛ばす。
(───あっ、ちょっ、ちょっと、近すぎじゃないっ!?)
少年と女性は寄り添うようにお互いの肩を密着させながら、楽しそうに談笑してメニュー表を眺め、キッチンカーの店員から小洒落たハンバーガーを受け取った。
(あぁ!? それ私も食べたかったやつ!)
それは若者の間で流行している店のハンバーガーで、実は少女もニューヨーク滞在中に一度は訪れようとしていた場所だった。
それからジェードとクロエは道沿いに設置されたベンチに座り、眩しい太陽に照らされる街路樹の下で、二人仲良くハンバーガーを食べ始めた。最初は二人とも黙々と食事を進めたが、時々女性が少年に話しかけると、彼は楽しそうに自然と笑った。その二人の間には未だ距離感はあるものの、お互いに緊張感はなく和んでいる。
(いやっ、これデートじゃん!)
しかし、そんな微笑ましい様子を少女は見せつけられて、しっかり憤慨した。だって彼女が必死に否定したがった状況は現実となっているのだから。ただ茫然と戸惑う自分を差し置いて、少年も女性も楽しそうに笑っているのだから。
(どうして私に何も言わずに・・・)
少年に対する疑念、共に過ごしてきた信頼への揺らぎ、その不満はやがて逃げ場のないストレスに、少女の心を容赦なく圧迫していく。そしてテルルは我慢ならずに二人の前に乱入しようとしたが、それでも彼女の足は動かなかった。
(・・・いや、でも、そっか、そうだよね。)
ギャングにも好かれる少女の魅力、魔法があろうとなかろうと、周囲の人間を自然と惹きつける、生まれ持った先天的な才能。それが少年には通じないことは承知の上だが、それでも彼に隠されてしまった事実。
(私、ジェードのこと、何も知らないんだ・・・)
少女は自分の胸に手を当てて、哀しそうに俯いた。目の前で見知らぬ女性と楽しそうに話す少年の笑った顔、彼女を自然と気遣うような仕草、他人に向ける優しい瞳。それは少女の知らない顔だった。
「はぁ、もう帰ろう。」
少女は沈んだ気持ちで重いため息を吐くと、少年から目を逸らすように背を向けて、その場から静かに立ち去った。
「・・・」
少女は陽が傾き始めたニューヨークを独りで歩く。いつもなら隣にいて不機嫌そうに笑う彼も、今はいない。少女のそばには誰もいない。たったそれだけの事で、こんなにも辛くて苦しい、こんなにも寂しくて虚しい。別に少年が消えてしまった訳でもないのに、彼から突き放された訳でもないのに、少女の心は喪失感で一杯だった。彼と共に勝ち取った宝石に触れていても、沈んでいくばかりだった。
「───あら、テルル?」
「・・・あ、ミラさん。」
それから少女が歩き続けていると、道端で偶然にもミラ・ウォーカーと遭遇する。そして少女が呆然と辺りを見渡すと、いつの間にか街には夜が訪れていた。
「久しぶり、と言うのも変だけど、元気だった?」
「うん、元気元気、超元気だよ。」
「・・・ふっ、ふふっ。」
「?」
テルルが気の抜けた挨拶を返すと、ミラは口元を手で隠しながら、なぜか愉快そうに笑い出した。その反応に少女は困惑して首を傾げるが、それでもミラは笑い続ける。
「ふふっ、ごめんなさい、笑ってしまって。貴女、彼と違って素直なのね。」
「えっと・・・」
「ねぇ、貴女とても酷い顔してるわよ。」
「・・・っ。」
その瞬間、テルルは自分の顔に手で触れた。もはや鏡を見なくても分かる。きっと相当に悲壮感溢れる表情をしていたに違いない。そう思った少女は普段の子どものような顔を再現しようとするが、上手くいかない。
「どうしたの? 私で良ければ、話聞くけど。」
そんな少女の不可解な態度を、ミラは笑うことも、止めることもせずに、ただ真っ直ぐに見つめながら、優しく透き通った声色で囁く。その視線はマジシャンらしく鋭くも、どこか温かく、その表情はクールなポーカーフェイスを保っているが、どこか穏やかで親しみやすい。だから少女は少しだけ悩みながらも、彼女の提案を受けるのだった。




