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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP6 ─ New York, The United States
118/122

No.48「ギャングの求婚」

 ───それから時間は少し遡って、少年と別れて地上に出た少女は逃走する白スーツの男を全力で追いかけていた。


「待てっ!」


「チッ。」


 そして相対する二人は走り続けながら、川沿いの公園にまで来ると、ふと男は立ち止まり、スーツの胸元から取り出した装置のスイッチを押した。その瞬間、この島の大地は突然と揺れ動き、街には衝撃音と騒めきが響いた。


「なっ!?」


 密集するビル群から一斉に飛び出す鳥、一気に拡大する喧騒、空にまで立ち上る白い煙。


「───ぐっ、これは・・・一体何をしたの!?」


 テルルは男に詰め寄ろうとしたが、しかし彼女は咄嗟に踏み出すことはできなかった。その瞬間、少女の脇腹には鈍い痛みが襲ったのだ。もちろん彼女は怪我など負っていない。だからこそ少女の顔は険しくなった。この世で唯一、全てを共有する相手、あの少年の身に危険が及んでいるのだ。


「ふっ、あの地下鉄ごと爆破させてもらった。今頃あの男は瓦礫の下だろうな。」


「───っっ。」


 白スーツの男は愉快そうに、しかし淡々と事後報告を済ませる。この情報で少女を揺さぶるつもりはないようだ。それでも男の予想していた程度よりも、その少女の関心は引き出せずに、彼は少しだけ失望しながら挑発するように微笑んだ。


「はっ、どうした、そんなにあいつが気になるか? それともご気分でも悪いのかな?」


「・・・別に、お陰様でちょっと脇腹が痛むだけ。」


「?」


「そんな事より貴方、こんな所で立ち止まって、まさか降参じゃないよね。」


「当たり前だ。よりにもよってお前相手に負けを認めるものか。」


「そう、ほんと懲りない奴だねぇ。えっと、ロッザクラブの、えっと、その・・・ごめん、貴方名前なんだっけ。」


「・・・まぁ、流石に俺の存在自体は覚えたか。」


「もう三度目だしね。」


 少女は呆れたように淡々と答えるが、白スーツの男はなぜか安心したように小さなため息を吐いた。


「そうか、ならば今日で名前も覚えておくといい。俺の名は───っ!?」


「あ、あれ?」


 その時、テルルは男の顎を目掛けて拳を振り上げたが、その瞬足の一撃は当たらずに避けられてしまう。


「ふっ、ふふっ。・・・くどいわっ! お前の考える事など、俺には手に取るように読める!」


 そして男は乾いた笑いを見せながら、静かに髪をかき上げると、その次には盛大に怒り散らした。この一連の流れも、もはや三回目、何度も少女の拳を食らっている男としても、単純な彼女の行動予測は容易い。


「なに、田舎のギャングから私のストーカーにでもなったの?」


「ふっ、まぁ遠からずだ。」


「え、えぇ・・・」


 少女は軽い冗談のつもりだったが、男は何を思ったのか、下卑た笑みを浮かべて愉快そうにする。その気持ち悪い表情を向けられた少女は得体の知れない寒気を感じ、身震いする腕を押さえつけて、素直に引いた。


「そんな顔をするな。改めて名乗るぞ、俺の名はシュルツ、だ。」


「・・・テルル。」


「そうか、テルル。ふっ、いい名前だ。」


「うわぁ。」


 三度目にしてようやく男が名乗ったので、少女も渋々応じたが、やはり間違いだったと思いながら、男に辛辣な視線を向ける。


「ふっ、そんな声を出すな。お前に軽蔑されると傷つくだろう。」


「・・・いや何でだよ。」


「ふっ、知りたいか?」


「?」


 少女が怪訝な顔をしながら目を細めると、男は徐に俯いて僅かに沈黙した後、再び髪をかきあげながら微笑む。そして変なところで勘の鋭い少女にすら絶対に悟らせなかった想いを言葉にして伝える。


「それはな、俺がお前に惚れているからだ。」


「・・・・・・・・・は?」


「単刀直入に言わせてもらおう。俺と結婚しろ、テルル。」


「は?」


 はい、こうしてめでたく白スーツの男、名前は・・・何だっけ、シュルツだっけか。はい、こうしてめでたくシュルツ君は求婚しましたとさ。その手に薔薇を携えながら、石像のように固まる少女に向かって真っ直ぐに伸ばして。まさか欧州一のギャング(笑)がマジシャンに、よりにもよって宿敵相手に好意を抱いているとは。人間とは分からないものです。この世は不思議で一杯です。


「───いやっ、何言ってんの、馬鹿なの?」


「・・・っ。」


 はい、そして白スーツ君は速攻で振られました。まだそういう方面には疎い彼女には早かったのか、もしくは全てを理解した意味での困惑なのかはさておき、少女は慌てて後退りしました。


「冗談のつもりは、ない。俺は本気でお前に惚れた。俺の女になれ。」


「・・・」


 少女はもう今すぐにでも男を殴り倒そうとしたが、しかし彼女は拳をそっと納めた。ただ少しだけ、ほんの少しだけ心が乱されたのだ。その男が見せる本気の顔に圧倒されて。

 テルルは激動の人生の中で、異性から告白されたことなど、数える程もない。その容姿はこの上なく優れており、端的に言えば美少女だが、その性格は少々幼すぎる部分もある。しかし、それを差し引いても、男からすればテルルという存在は大変魅力的なのだ。

 

「えっと、その、うん。無理。」


「───っ、何故だっ!」


「いや、だって、ギャングなんて絶対に嫌だし、そもそも私、貴方のこと全然好きじゃない、ので。」


「ぐっ!」


 しかし案の定、白スーツの男の愛は真っ向から拒絶された。当の本人、テルルという少女には恋とか愛だとかはまだ早かった。まさに時期尚早といえるだろう。今の彼女にとって、愛でる対象は宝石だけで十分なのだ。


「・・・それにそれに、私の将来の相手は白馬の王子様って・・・」


「ん?」


「い、いや、何でもない! とにかくお断りだよ!」


 少女は風に飛ばされそうなほどの小声で、理想の相手を口にするも、すぐに正気に戻って頭を揺らし、余計な雑念を振り払った。


「まぁ、そうか、では仲間ならどうだ、俺と共に仕事をしないか? お前になら大金をやれるぞ。」


 白スーツの男は使い道の途絶えた薔薇をしまうと、今度は何も持たない手を差し伸べた。つい先ほど少女には振られたというのに、それでもシュルツは男らしく堂々としている。その変に強靭な精神力は彼がギャングだからか、それとも元から鋼のメンタルなのだろうか。


「・・・ふふっ。私は誰かの仲間になんてならないよ! もう間に合ってる。恋人だって、、、今はご遠慮だね!」


「・・・はぁ、そうか。やはりあの白髪の男の方が良いのか。」


「・・・・・・別に、ジェードは関係ないよ。あいつだけは友達でも家族でも恋人でもない。」


「? まぁいいか。・・・そうだ、だったらチャンスをくれないか?」


「チャンス?」


 その時、男は懐から拳銃を取り出すと、意図的に見せつけるようにしながら銃弾を装弾し始めた。その大胆な行動を前に、少女は少なからず警戒するも、本気で身構えることはなかった。


「カウボーイだよ。ここはアメリカだしな。今からお互いに撃ち合って、もしこっちが先に当てたら、その時は俺の女になれ。」


「は? そんなの───」


「もし俺が負けたら、もう二度とお前の前には現れないことを誓う。どうだ?」


「・・・」


 男が提示した交換条件のような懇願、少女は即座に断ろうとするもの、少しだけ悩む素振りを見せる。今後とも男に付きまとわれるのは、彼女にとっても迷惑極まりなく、これは大して悪くない条件なのだ。そして奇術師の少女には負ける気はない。


「───いいよ、その勝負、受けて立つ。」


「・・・ふっ。」


 奇術師とギャング、男と女、双方の合意が形成され、二人は一定の距離を保ったまま見つめ合う。大きな川沿いの公園、木々に挟まれた遊歩道、午後の暖かな日差しが差し込む場所で、男と少女の間には一時の静寂が。そして白スーツの男はコインを空高く投げた。もはや二人に会話は必要ない。それが落ちたら開始の合図、それが全ての始まりと終わりだ。

 男は冷静に腰に銃を携えながら、低く鋭く構えている。少女は小さな宝石を指の間で握りながら、平然とその時を待っている。その立ち姿には緊張は見られない。いつも通りの自然体だ。


「───っ!!」

「───っ。」


 そしてコインは回転しながら地面に落下した。静寂の公園には小さくも甲高い音が響き、待ち侘びていた二人の耳は、脊髄は、驚異の速度の反応を見せる。


「───!」


 その瞬間、同時に解き放たれた銃弾と宝石。その加速する速度も、その内包する威力も変わらないが、それでも僅かに少女の宝石の方が速く駆け抜けて、男の銃弾を擦りながら、その軌道を逸らしつつ、彼の腕を容易く貫通した。


「ちっ!?」


 男は血を伴う痛みと共に、反射的に負傷した腕を庇うが、そんな僅かな隙を少女は見逃さない。テルルは男が瞬きをした間に間合いを詰めると、今度こそはその拳を彼の無防備な胴体に叩き込んだ。


「───っ!」

「───ぐぇ!?」


 その重い一撃は男の骨を砕きながら、潰しながら、その体を澄んだ青空に向けて吹き飛ばす。そして白スーツの男は自由落下しながら地面に激突。


「・・・は、はは。見事、だ。奇術師・・・」


 それから何とか力を振り絞って立ち上がるも、最後に愉快そうに微笑んで、少女に称賛を送ってから、意識を失い倒れるのだった。

 

「・・・ふぅー。」


 テルルはそんな男の完膚なきまでに敗北した姿を見下ろしながら、見つめながら、長い一仕事を終えたように息を吐く。それから少女は気絶した男の隣で膝を折ってしゃがみ込み、自分を好いた異性の顔を眺めながら、しばらく静かに俯くのだった。


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