No.46「ギャングの逆襲」
そしてステージに向かって放たれた銃弾の雨、少年は即座に目の前のテーブルを倒し、それを障壁として利用しながら、テルルとミラも慌てて身を寄せた。
「何でまたアイツらがここに!?」
「知らんっ!? どうせ脱獄でもしたんだろっ!」
「もうっ、警察も仕事してよー。」
荒々しい銃声が響く中、少女は鬱憤を漏らしながら文句を垂れる。状況も状況なので、少年も少し乱暴に返答するも、この現状を突破する隙を冷静に伺っていた。
「あ、あなた達たち、信じられないほど落ち着いているわね!?」
「え、まぁ、これぐらい私たちには日常茶飯事なんで。」
「ま、いつも通りだな。」
「・・・」
しかし、こんな異常事態に直面しても平静を保つ少年と少女に、ミラ・ウォーカーは取り乱しながら彼らに問い詰めるも、その反応は極端に鈍いものだった。それは同じ奇術師といえど、たとえその技量が釣り合っていても、所詮は歩んできた世界が違う。だからこそ、このような状況下での差が生まれるのは当然のことだ。
「クソッ、またあの女。嫌な記憶が蘇るぜ。」
「ボス、これからどうする?」
「あ? とにかく撃ちまくって金目のものを奪え!」
白スーツの男は苦い顔をして頭を抱えながら、それを払拭するように銃を撃ち続ける。その先にいる奇術師たちの生死など、彼にはお構いなしだ。
「───ん? あ、おい待てっ、そこの奇術師どもっ!お前らは俺が相手だっ!」
「ちっ、バレたか。」
「あーもう、面倒くさいな。」
その時、テーブルの隅から静かに戦線離脱しようとしていた三人は白スーツの男に捕捉された。そしてその選択と行動が男の癪に触ったのか、彼はより一層銃の乱射速度を強くした。
それから破壊されて行くテーブル、飛び散る破片と増えて行く穴、このままでは奇術師の体の方に貫通するのも時間の問題だ。
「───ん、ちょっとどいて。」
「え?」
「え? ミラさん!?」
それは白スーツの男が銃弾を撃ち尽くして、即座に補充し始めた一瞬の隙だった。ミラ・ウォーカーは胸元からウォッカの瓶を取り出し、その酒を強引に口の中に含むと、彼女は戸惑う二人を押し除けながら、堂々とその場で立ち上がり、傷だらけのテーブルからその姿を現した。
「───っ。」
「っ、何だお前!?」
そして対面するギャングと奇術師、男は女の突然の挙動に動揺するも、ミラ・ウォーカーは何も臆せずに顔の前でライターを点火させると、その口に溜め込んでいた液体を一気に吹き出した。
「───ふっ!」
「うぉぉぉぉぁあ!?」
その瞬間、ミラの口からは大きな炎が吐き出され、その燃えたぎる熱量は、思いの外至近距離にいた白スーツの男に直撃した。そして男からは盛大に困惑した絶叫の声と情けない悲鳴が上がる。
「はっ、いい気味ね!」
「・・・さすが、ウォーカーだな・・・」
「あはは、凄いや・・・」
ミラ・ウォーカーは軽く物理的に炎上している白スーツの男を蔑むように見下ろしながら、勝ち誇ったように腕を腰に当てる。そのあまりにも奇術師らしい素早い手際と自信に満ちた立ち姿に、少年と少女は少しだけ呆れたような、また純粋に称賛するような視線を向けた。
「くっ、クソッッッ!?」
「っ!?」
「───まずいっ!」
しかし、白スーツの男は服に広がった炎を雑に振り払いながら、その手に強く握る銃の引き金を引いた。そして放たれた銃弾は加速しながら、その場に立ち尽くすミラに向かって真っ直ぐに迫ってくる。その瞬間、少年は反射的に彼女の体を後ろに強く引っ張りながら、床から引き上げた白いテーブルクロスを前方に大きく広げて、その薄い膜を凍らせることで、即席の防壁を作り上げた。
「えっ!?」
「テルル!!」
「任せて!」
そして少年により回避された死と、突如として出現した氷の壁にミラは混乱するも、彼は何も動じずに少女の名を叫んで合図を送った。それと同時にテルルは氷の壁の横から飛び出して、白スーツの男の間合いに勢いよく迫る。
「またお前かっ!?」
「こっちのセリフだよっ!」
「また危っ!?」
「避けんな!」
「避けるわ! ちっ、他の奴らは・・・なっ、くそっ!?」
白スーツの男はテルルの本気の拳を寸前のところで避けながら、咄嗟に周囲の状況を確認するも、彼の仲間の戦況は悲惨なものだった。
「ヒャッハー!!!!」
「オラッ、どけギャング共!!」
「───邪魔。」
会場に乱入してきたギャングたちが武装する中、居合わせた奇術師たちは逃げるどころか、むしろ激しく派手に抵抗している。特に国境なき奇術団のお三方は圧倒的戦闘力を存分に発揮して、銃を持ったギャングたちを容赦なく蹴散らして目立っていた。
「クソッ! クソッ! クソッ!」
「ボス、もうやばい。」
「チッ、ここから出るぞ!」
その奇術師たちの暴れっぷりを見た白スーツの男は即座に撤退する判断を下し、手元にいた部下一人を連れてこの場を速やかに抜け出そうとする。
「───っ、どけっ!」
「きゃあっ!?」
「ボス。」
「ちょうどいいっ、そいつも連れてくぞ!」
「は、離してっ!?」
白スーツの男が出入口の扉から走り去ろうとした時、その付近で隠れていた若い女性と衝突したが、彼女を人質として攫うことを思い付き、その哀れな存在を怪力の部下に担がせた。
「あっ、クロエ!?」
それからギャングの男たちはウォーカー奇術団の若い女性団員を片手にコンテスト会場から逃走する。ミラ・ウォーカーはその時初めてポーカーフェイスを大きく崩しながら、とても不安そうな顔をして取り乱した。彼女にとって大切な仲間の一人が攫われたのだ。それは奇術団の団長という責任者であることを前に、人として当然の反応である。
「───っ、マックス!」
「おうっ、ここは任せて、おけっ!」
「頼んだ!」
「あ、あの子を、クロエを!!」
「大丈夫、私たちに任せてミラさん! ジェード行くよ!」
「あぁ!」
そして少年と少女は自分たちの仲間にこの場を預けながら、蒼白な顔で座り込むミラに笑顔を見せて安心を与えてから、逃走した白スーツの男の跡を追う。今度こそはあの男を完膚なきまでに倒すために、彼に攫われた奇術団の女性を取り戻すために。二人の奇術師はホテルのフロアから飛び出すのだった。
「ちっ、アイツらエレベーターを!」
「ジェード、糸!」
「分かってる!」
少年と少女がエレベーターホールに向かうと、白スーツの男が現在使っているであろう一台を除いて、他の全ての昇降機が稼働停止にされていた。ここはホテルの最上階、地上まで階段で降りるのは現実的ではない。そして奴らは警察に取り囲まれる前に、必ずホテルの外に脱出する。
ゆえに二人には迷っている暇も議論している時間もなく、少年は少女の一言だけで全てを察して、即座に魔法で強化された糸を作り出した。
「───はっ!」
テルルは宝石を弾丸のように弾き飛ばして爆発させ、廊下の突き当たりに設置されていた窓に大きな亀裂を入れる。そして少女は全力で廊下を走りながら、一切躊躇せずにその窓に正面衝突して突き破り、建物の高層部から身を投げた。
「───っ。」
少年はその恐ろしいほど大胆な選択に驚きもせずに、自分の体と少女の体に強靭な魔法の糸を巻きつけて、その一方をホテルの柱に固定しつつ、彼もホテルからの自由落下を始めた。それは決して自殺衝動などではなく、無謀な賭けに出たという訳でもない。それは死への恐怖も躊躇もない彼らだからこそ選び取る手段。ホテル最上階から地上までの空中降下、その道中を何も阻むものがないであろう、考えうる限りの最短距離。
通常の人間ではまず不可能であり、想像さえしない判断。それでも彼らは奇術師でありながら、しかし人としての常識には囚われない魔法使いでもあるのだ。こんな少し過激なバンジージャンプ程度、彼らにとっては取るに足らない事なのだ。




