No.45「燃えるコンテスト(3)」
そして始まったマジックコンテスト最後のショー。ニューヨーク・マンハッタン、ホテルの貸切フロアで大勢の人々を沸かせるのは、二人の若き才ある奇術師。煌びやかな衣装を纏った彼らはポーカーフェイスを浮かべながら、奇跡の技を遠慮なく披露する。少年は客席まで伸びる炎を放ち、それを一瞬で花弁にすり替える。少女は細かな宝石を天井に散りばめながら、少年の炎に混ぜ合わせ、照明の光を正確な位置で屈折させるように調整し、幻想的な世界を映し出す。
(・・・うん、いい感じ。もっとペース上げるよ!)
(あぁ! ・・・だが、アイツらの事は一旦無視するぞ。)
(・・・はぁ、そうだね。分かってる。)
少年と少女は目配せをしながら、お互いに意思疎通を図る。そんな彼らがポーカーフェイスで見つめる先には、とても良い反応を見せる審査員と観客たち、そしてその奥、そこには見覚えのある三人組が下衆な笑顔を浮かべて座っていた。どこから聞きつけたかは不明だが、マックスとヒルデガルドは冷やかしを含めて面白そうに少年と少女のいるステージを眺め、セイコは割と優しい目で見守っていた。
((・・・っ。))
そんな予想外の場違いな客に、二人の平常心は僅かに揺れるも、それを顔に出すことは絶対になく、悟らせるような真似はしない。彼らは生粋の奇術師なのだ。ゆえに客や審査員たちの前で、ましてや本命の彼女の前で、その卓越した技を鈍らせるような事など、ありはしない。
それから二人は更に集中力を研ぎ澄ませ、人々に奇術を魅せつけて、その度に会場では大きな拍手と歓声が巻き起こった。他の参加者たちと明らかにレベルの違うマジックの数々、その素晴らしい技術に観客たちは盲目的に魅了され、実力派の審査員たちも唸る中、その最前列の中央の席に座る一人の奇術師は感心していた。
(・・・やってくれるじゃない。)
ミラ・ウォーカーはポーカーフェイスを決して崩さずに、その美しく凛とした表情を保ちつつも、その心の中では素直に二人の技と才能を認めていた。
(・・・この感じ、もしかしたら。)
少年と少女の完璧なコンビネーションから生まれる奇術ら驚くほど繊細かつ洗練された工芸品のようで、そして何より祖父の面影を思わせる華のある魅せ方に、ミラは少しだけ複雑な感情を抱く。
(───けれども、今は、そんな事よりも。)
しかし、その奇術師の仄かな疑念を、少年と少女の奇跡は全て吹き飛ばした。そしていつの間にか、ミラ・ウォーカーは無意識のうちに小さく微笑んでいた。彼女の目の前でも一切臆さずに、ただ純粋に楽しそうな表情を浮かべる若き奇術師たちの姿。それを真っ直ぐに魅せつけられて、自身の胸の内から込み上げてくる何か。それはとうの昔に忘れ去ってしまった筈の想い。
(そうか、結局は私も───)
そして彼女はようやく思い出した。否、改めて理解した。彼女の色鮮やかな光に照らされて、自分自身が何者であったのかを。彼の純情な炎に焚き付けられて、燃えたぎったこの気持ちを。
それは今までも、そしてこれからも。彼女もまた、紛う事なき奇術師だったのだ。
そして少年と少女の圧巻のマジックショーは溢れんばかりの大歓声の中、盛大に幕を閉じた。この会場の盛り上がり具合を見るに、もはや結果を確認するまでもないが、それでも司会の青年は審査員の評価を伺いながら、最後まで進行を続けた。
「───20点、20点、20点、20点、20点! 合計100点! よって本日の最高得点獲得者並びに優勝は───ジェード&テルル!!!!」
その瞬間、会場内の熱狂は限界突破して、観客たちの鼓膜を揺らすほどの拍手と歓声は、そのホテルを易々と突き抜けて、マンハッタン中に響くほどであった。
「「ッ!!」」
それと同時に少年と少女は力一杯のガッツポーズを見せて、その時になって初めて奇術師としてのポーカーフェイスを崩して、年相応の純粋な笑顔を解放する。今回のウォーカー奇術団主催、ニューヨーク・マジックコンテスト、優勝者は観客と審査員よ満場一致で決定したのだった。
「お二人とも、本当におめでとうございまーーす!!」
「いや〜、照れますな〜、あははは!」
「ふっ、当然の結果さ。」
ジェードとテルルは会場の人々の熱気を受けながら、少し気恥ずかしそうに微笑む。そんな若き奇術師たちの堂々たる優勝を大勢の観客も審査員たちも、参加者のマジシャンたちも祝福する。
「では審査委員長、ウォーカー奇術団団長ミラ・ウォーカー氏による賞金景品の贈呈と、本コンテストの総括をおねがいしまーーーす!!」
司会の青年が大きな声で進行を続けると、スポットライトに照らされたステージ上にミラ・ウォーカーが澄まし顔で登壇する。
「───二人とも、おめでとうございます。こっちは10万ドル賞金と、あとエメラルドね。」
しかし、それらを手渡そうとする彼女の表情は、どこか晴れやかな美しい微笑みであった。
「やったー! ありがとうございます!」
「ありがとうございます。・・・でも少し意外でしたよ。まさか貴女が満点をくださるとは。」
たった一日にして手にした名声、そして札束と宝石。少女は心からの喜びを爆発させ、その場で無邪気な子どものように飛び跳ねる。少年も素直に嬉しそうな顔をしつつも、物腰柔らかな態度で審査委員長に疑問を投げかけた。
「いえ、あなた達のマジックは本当に素晴らしかったわ。あれは本物の奇跡のような、魔法のような、そんな優れた一幕でした。本当におめでとう。」
「「───ありがとうございます!」」
ミラ・ウォーカーは微笑みながら、少年と少女の顔を見つめ、心からの祝福の言葉を贈る。それがマジシャンとしての、かつてマジックに魅せられた一人の人間としての本心であるのだ。
それから彼女が待ち遠しそうにする少女に宝石を手渡そうとした時、ふと動きを止めて、咄嗟に思い出したように目を見開いた。
「そうだ、二人とも。少し聞いてもいいかしら?」
「?」
「はいっ、何ですか?」
「もしかして、あなた達が───っ!?」
「「!?」」
その時、ホテルのフロアを大きく揺らす爆発音と共に、彼女の言葉は途切れてしまう。その突然の衝撃にミラを含め、大勢の観客たちが騒めく中、その男たちは銃を片手にコンテスト会場に乱入してきた。
「おいっ、全員聞きやがれ!! この建物は俺たちが占拠した!! 命が惜しいなら、今すぐ有金とそのエメラルドを俺たちに寄越せ!!」
その侵入者は天井に向けて黒い銃を発砲し、その白スーツを引き締めながら、壮絶な恐喝を始めた。その瞬間、会場を包み込んだのは恐怖と混乱、それらは瞬く間に爆発して溢れ出し、その行き場の失った感情は悲鳴と阿鼻叫喚に変貌する。
「おらっ、そこのお前たち、何してやがるっ!? さっさと言う事を・・・ん、え、あれ?」
その時、乱入者の男はステージ前で固まっていた三人の若者たちに視線と銃口を向けるも、その姿と顔を見るなり、絶句した。
「・・・む、あいつらは。」
「どうしたのジェード、あれに見覚えが・・・ん?」
少年の怪訝な表情と態度、それを横目で見た少女は思わず乱入者の男に視線を移した。
「「───あ。」」
その瞬間、白スーツの男と少女は目が合った。お互いに間抜けな声を漏らして静止する。ギャングとマジシャン、ニューヨークにて、三度目の会合。
「そんな、バカな・・・どうしてお前が、お前らが、ここに!?」
「「・・・っ。」」
「?」
この場で唯一状況を理解できていないミラを除き、もはや顔見知りの仲の三人には微妙な空気の再会となっていた。ゆえに白スーツの男は本気で困惑し、少年と少女は心底嫌そうな表情を浮かべる。
「クソッ、ふざけやがって! もういいっ! おいテメェら! とにかく撃ちまくれ!」
「「───なっ!?」」
そして今回の結末も何となく察してしまったギャングの男は半狂乱になりながら、それは大変迷惑なことに、自暴自棄の無敵の人のように銃を乱射するのだった。




