No.44「燃えるコンテスト(2)」
さて皆さんお待ちかね、いよいよ始まりました奇術師たちの祭典、マジックコンテスト。本日集った奇術師たちは、ウォーカー奇術団所属の五名の審査員と、その後ろでお食事を楽しむ観客たちの前で、己のマジックを披露いたします。形式は自由、登録人数は一人から三人まで、ルールは単純、己の奇術を持って、強面の審査員を唸らせて、会場にいる人々を楽しませること。
「さぁ、お待たせしました! これよりウォーカー奇術団主催、ニューヨーク・マジックコンテストを開催しまーす!!参加者は世界中から集った凄腕のマジシャンたち。そんな彼らを審査するのはー、こちらの五名の奇術師!! えー、お一人ずつご紹介します、まずは───」
司会進行役の青年の大きな声がホテルのフロア中に響き渡る。その少し薄暗い大広間のシャンデリアの下、鎮座するのは五人の奇術師。彼らは司会役に紹介されながら一人ずつ立ち上がり、眩いスポットライトに照らされていく。
「───そして最後に、本日の審査委員長を務めますのは、ウォーカー奇術団団長、かの天才奇術師、ミラ・ウォーカー!!」
その時、最後に紹介された若き奇術師は堂々と立ち上がった。金髪のショートヘアに、飾り気のない黒スーツを着込む英国人。その美しい容姿とモデルのような佇まいに惑わされる人間も多いが、その鋭い視線とポーカーフェイスから漂う貫禄と威圧感は、この会場の誰よりも鮮烈されて存在感を放っている。まさしく歴史ある奇術団を背負う風格だ。
「えー、この方々が厳格に審査をしましてぇ、そしてぇ! ! 最高得点を獲得した奇術師、つまり本コンテスト優勝者には10万ドルの賞金と、ウォーカー家秘蔵のエメラルドを贈呈予定でーす!!」
スポットライトに照らされたステージの上では、山積みになった大量の札束と、大きなエメラルドが光輝いていた。その豪華で高価な景品を前に、会場では一気に歓声が上がる。人々の期待と熱量が爆発的に増し始める。
「それではっ、参加者の方々、ご準備、よろしくお願いしまーーーす!!!!」
そして司会役の青年のかけ声が引き金となり、観客たちの大きな歓声と拍手と共に、ニューヨークのマジックコンテストは開催されるのだった。
「あはは、賑やかになってきた。」
「もう始まったからな。まぁ飛び入り組の俺たちは最後だ、気長に待とう。」
「そうだね! あのエメラルド、絶対に手に入れないと! ジェードさん、気合い入れてくよ!」
「・・・はぁ。」
それから次第に熱狂し始めたステージ、その裏側では少年と少女が悠々と待機していた。少年はとある男の日記を静かに眺め、少女は楽しそうに宝石を磨いている。
「───よぉ、お前ら! 久しぶりだな、元気だったか。」
その時、肌の黒い長身男が手を振って迫ってきた。その人物は遠慮なく二人の間に割って入り、久方ぶりの再会を喜び、ただ懐かしむように歩み寄ってくる。
「ん?」
「・・・えーと、誰だっけ?」
しかし残念ながら、彼らには男の顔に見覚えはあっても、その記憶にはなかった。彼の正体は比較的記憶力の良い少年はともかく、少女に至っては完全に忘却の彼方だ。
「───おいおい、勘弁してくれよ。一応同じ店の仕事仲間だろう?」
「あぁ、マイケルじゃないか。」
「・・・?」
「ほら、Night Wandererのバーテンの。」
「あー、そうだ、マイケルだ。やばいやばい、忘れかけてた。」
関心のない事柄への記憶力が壊滅的なテルルは、少年の記憶に導かれるままに、その男の存在を思い出した。彼の名はマイケル。アフリカ系フランス人の長身な男。彼は少年と少女が一時期働いていたフランス、パリにあるマジックバーの従業員で、詳しくは第一話で賭けビリヤードをする二人に文句を垂れていた、働き詰めのバーテンダーだ。
「まったく、お前ら相変わらずだな。」
「マイケル、まさかお前も出る気なのか?」
「おうよ! 俺様だってマジシャンの端くれ、腕には自信があるからな。お前らみたいなガキには負けねーぞ。」
「ふふ、マイケル大丈夫? 貴方マジック下手くそだったのに。」
「ふっ、そうだったな。確かにお前はバーテンダーの方が似合ってるぞ。」
少年と少女は男を小馬鹿にするように微笑む。普段は基本的には温厚な彼らも同業者には容赦ないのだ。
「うるせー! この数ヶ月、俺だって修行してたんだよ! 今に見てろ、絶対に俺が優勝してやる! お前らこそ大丈夫なのか? また懲りずに世界中歩き回ってたみたいだが。」
「あぁ、俺は心配ないさ。・・・こっちは知らんがな。」
「む、私だって問題ないよ。むしろ前よりも色々と成長してるし。」
「ふっ、どうだか、大して奇術の腕も、その背も胸も───ぐぇ!? っ、だから、な、殴るなって。」
その瞬間、少女の予備動作のない拳が少年の腹に直撃し、愚かな彼はその顔を歪ませながら、苦しそうに腹を抱えた。
「ふんっ。まぁでも、少し緊張してきたかも。あ、そうだ、ちょっと横から見に行こうよ!」
「おう、いいなぁ、行くか!」
「ほらジェードも行くよ。」
「───っ。」
そして床に伏していた少年は、一切聞く耳を持たない少女に容赦なく引きずられて、コンテスト参加者の奇術師たちがマジックを披露するステージの横、眩い照明が当たらずに、客席側からは見えない影は位置に移動した。
「あいつはドイツのマジシャン、アドルフだな。得意技は見ての通り、鏡マジックだ。」
「なんだマイケル、詳しいね。」
「かなり昔に店にも来てたからな。それに、この界隈じゃあ有名人だ。」
「へぇー。まぁそう言われてみると、確かに上手いかも。」
それからしばらくの間、順番待ちの控えの奇術師たちは黙々とマジックを観戦する。彼らは暗く狭いステージ横で、三人仲良く縦に並びながら、ステージに立つ奇術師の技術を盗み見るように眺め続ける。
「・・・ふっ、相手にならないな。」
「あらジェード、余裕じゃない。あの人、かなりできると思うけど。」
「あんなの俺たちの足元にも及ばないさ。」
「うっわ。」
テルルが若干謙遜しながら評価する中、ジェードは一切忖度せずに、その奇術師は自分たちよりも格下だと決めつけた。その少年のあまりにも堂々とした自信と余裕な態度に、少女は心底呆れながら嫌そうな顔をした。
「それに、どうせあの人の評価も同じだと思うぞ。」
「・・・そうかなぁ。」
その時、ステージに立つ奇術師のマジックショーが終わり、少年と少女が見つめた先には、あのスーツ姿の女性が座っていた。
「───さぁ、鏡の奇術師アドルフ、大変お見事でした! 皆さま今一度大きな拍手を! そしてぇ! 審査員の方々、点数をどうぞ!!」
司会の青年がマイクを片手に声を張り上げながら合図を送り、天井のスポットライトが審査員席を眩く照らす。本コンテストは実力派の奇術師の審査員が五人、彼らはそれぞれ最大20点を持ち、その最大合計点は100点だ。そして最後に最も点数が高い者が優勝する、予選決勝なしの一発勝負。ゆえにステージ上の奇術師には僅かな失敗さえ許されない。
「はい、えーと、15点、18点、・・・6点、14点、17点・・・合計70点でーす!」
そして審査員たちの得点が出された。その評価は7割ほど、まぁ全体としては悪くない点数ではあるが、しかし審査員の中で一人だけ異様に低い評価を下した人物が会場の注目を一斉に集める。
「それでは審査委員長! 代表評価、お願いしまーす!」
「───えっ、まぁ、普通。」
「・・・」
「・・・」
「・・・っ、あ、ありがとうございましたァァァ!!」
司会の青年の気合いによって、会場に蔓延した重い空気を何とか吹き飛ばす。審査委員長、ミラ・ウォーカーはポーカーフェイスを一切崩さずに淡々と感想を述べた。もうお分かりだろうが、審査員席の中央に座り、そのマジシャンに6点という圧倒的に低い評価を出したのは彼女である。
「うわぁ。」
「ほら見ろ。予想通りだ。」
「何というか、辛口というか、シンプルに関心がなさそう。本当にブレないなぁミラさん。これは厳しいかもね。」
「あの人は恐らく職人タイプだ。たとえ今は熱が冷めていても、奇術に関しては自他共に妥協を許さないのさ。ま、そういう所は腐っても"ウォーカー"なんだろうな。」
「むむむ、それ聞いちゃうと普通に緊張してくるなぁ。」
「・・・まぁ、問題ないだろう。俺たち二人なら。」
「・・・うん、そうだね! あ、マイケル、どんまい!」
「うるせぇ! だから舐めてんじゃねぇよ!」
「あははは。」
ジェード、テルル、マイケルの三人は客席に見えないステージ横で静かに盛り上がる。彼らは自由に奇術師たちのマジックを論じながら、審査員との評価について考察し合う。
それからコンテスト参加者のマジシャンたちは続々と己の奇術を披露し続け、時には堅実な評価を受けながら、時には儚く惨敗していった。そして波瀾万丈のコンテストは進み続け、ついにマイケルさんのマジックショーも終わりを迎えた。
「───さぁ、花の都パリから訪れたマジシャン、マイケルの点数は・・・17点、17点、2点、15点、16点、合計67点、えー、暫定順位は4位でした! ミラさん、総評どうぞ。」
「完成度が低い。」
「・・・うぅ。」
「はいありがとうございましたァァァ!!!!」
その結果はご覧のとおり、堂々たる敗北であった。やはり今回のコンテストの難所はウォーカー奇術団団長、ミラ・ウォーカーであり、彼女の妥協なき眼を満足させない限りは、名誉を含めた優勝には届かない。
「あははは! マイケル泣いてる〜。」
「笑ってる場合か。次は俺たちの出番だぞ。」
「だって大丈夫なんでしょ。私たちなら。」
「・・・あぁ、そうだな。準備はいいか?」
「オーケー!」
それから立派に散っていったマイケルさんが退場していく姿を、ステージ横で控える少年と少女は楽しそうに眺めていた。そこには大した緊張感はなく、普段と変わらない落ち着いた様子だ。
「───さぁさぁ、皆さんお待ちかね! お次で最後のマジシャンは、なんと、かの悪名高い国境なき奇術団からの飛び入り参戦だァァァ!!」
そしてコンテストも終わりに近づき、司会の激しい煽りを受けながら、会場は賑やかな熱狂に包まれ、最後の挑戦者を迎える場を作り出す。
「ふっ、行くぞテルル!」
「うん、行くよジェード!」
二人の奇術師はお互いの顔を見つめ合って、高揚し始める心を通わせて微笑む。そしてホテルのフロアを埋め尽くすような歓声と拍手の中に勢いよく飛び込むように、少年と少女は眩いライトに照らされたステージ上に姿を現すのだった。




