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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP6 ─ New York, The United States
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No.43「燃えるコンテスト」

 それからジェードとテルルは怒りとも悲しみとも違うやりきれない思いを抱え込みながら、マンハッタンの一角にある宿に向かった。そこはキッチン付きの長期滞在用ホテルで、セキュリティも高く、信頼性の評価も高い。さらに経営者がマックスの知人という事もあり、お財布にも優しいのだ。


 現在、国境なき奇術団は予定通りワールドツアーを終えて次の仕事を探す身、束の間の休養期間に入った。そのため、これからしばらくはニューヨークの街に滞在する予定となっている。


「あら、あなた達、意外と遅かったわね。」


「うん、ちょっとね。あれ、ヒルとマックスは?」


「あいつらは射撃場に行ったわよ。」


「え、こんな時間に?」


「えぇ。アイツらは素で頭おかしいのよ。」


 セイコは戦う事と酒のことしか頭にない二人の大人を罵倒しながら、ホテルの部屋で一人くつろぐ。しかし、彼女は窓際のソファに深々と座り、静かに読書する姿を装っているが、その手元には大量の酒瓶が揃えられている。その尋常ではない酒の量は、たった独りでの晩酌には明らかに多すぎるが、酒豪の彼女がその異常性に気がつくことはない。


「───?」


「・・・」


「どうしたテルル?」


「あ、えっと・・・」


 ジェードが部屋の隅のキッチンで珈琲を淹れていると、テルルがその後ろで静かに傍観していた。彼女は少年の問いかけに戸惑いながらも、ただ呆然と彼の動作を見つめている。


「さっきのことか?」


「・・・うん。」


 少年の勘の良い確認に、少女は静かに頷いた。彼女が思い悩むのは勿論、ウォーカー奇術団団長、ミラ・ウォーカーのことだ。その存在は世界有数のマジシャンでありながら、己の仕事に対して全くの情熱がない。むしろ奇術師という生き方そのものを否定したがっているようにも思えた。それが良くも悪くも純粋な少女には納得かいかないのだ。その過程や経緯はどうであれ、同じく奇術師という道を選んだ者として、あの腐りようは到底受け入れられないのだ。


「ジェードは何とも思わないの?」


「ん?」


 少女には目の前の少年が何を考えているかなど、当然ながら分かってはいるが、それでも意図的に問いただした。


「いや、あんなの普通に許せないだろ。」


「え。」


 しかし少年は彼女の予想よりも激しい憤りを溜め込んでいたのだった。


「奇術師が奇術を貶すなんて、最悪だ。あれは人柄どうこうの話じゃない。しかも、よりにもよってウォーカーの爺さんの孫娘がだぞ? まったく腹立たしい。」


「・・・珍しいね。ジェードがそんなに怒るなんて。」


「俺は自分の技に誇りを持っているからな。俺は奇術師としての俺を絶対に否定したりはしない。・・・そっちは違うのか?」


「っ、私だって・・・ジェードと同じくらい、うん、私も自分のマジックが、マジシャンとしての私が大好きだよ。」


 テルルは少々驚きながらも、自身のマジシャンとしての矜持を堂々と語った。あの日、少年の先代ウォーカーへの純粋な敬意に少なからず影響を受けたとはいえ、自分も一人の奇術師であると。


「そうか。じゃあテルル、別にお前だって怒っていいんだぞ。」


「え?」


 その時、カップに珈琲を淹れ終えたジェードは少しだけ声色を下げた。そして少年は静かに珈琲を飲みながら、首を傾げる少女を正面から見つめる。


「変に隠そうとするな。気持ち悪い。」


「そんな、つもりは。」


 その少年の真っ直ぐな視線を受けて、咄嗟に目線を逸らし、戸惑う少女。彼が指摘したのは彼女の自覚なき怒りへの偽装、それは無意識のうちに己の心を欺く行為。その歪んだ少女の揺れる精神を、少年は包み隠さずに暴き出す。


「でも、そうね。確かに私らしくなかったかな。」


「そうさ、お前は宝石馬鹿のままでいいんだよ。」


「ふふ、うるさい。」


 それから少女は静かに優しく微笑んだ。この世でたった一人、同じ魂を共有する少年の指摘を、その彼らしい軽口を受け止めて。そして少年に差し出されたマグカップを遠慮なく受け取り、彼の淹れた珈琲を一気に飲み干した。


「でもさ、これからどうするの?」


「ふっ、それなら俺に考えがある。これ、見てみろよ。」


「これって・・・」


 その時、少年が笑いながら見せてきたのは、とある賞金付きコンテストの広告紙。そして少年と少女はお互いの顔を見つめ合いながら、キッチンの小さなダウンライトの下で、悪戯心を含んだ笑みを浮かべるのだった。





 それから一夜明けた朝のニューヨーク。本日のマンハッタンは快晴、雲一つない青空の下、仕事に向かうスーツ姿の人間やランニングをする青年、観光客、飴売り商人など、様々な人々が忙しなく道を行き交い、澄んだ空気が快活な街を包む。


 そんな中、群衆の隙間を通り抜けて、とある大きなホテルの会場に向かうのは、二人の若き奇術師たち。


「おい、そのスカート、やっぱり短すぎないか?」


「別に可愛いからいいじゃん。なんかジェードって、たまに年寄りみたいな事言うよね。」


「年寄りって・・・」


「ジェードこそ、その鬱陶しい髪切ったら? 暑苦しい。」


「ほっとけ。」


「あっ、それよりもほら、着いたよ!」


「───あぁ。」


 少年と少女は僅かな緊張の色も見えずに、ただ自然と雑談しながらも、難なく目的地に辿り着いた。そこはニューヨーク、マンハッタンの中心地にある巨大なホテル。そして本日、その豪華な場所の最上階フロアを貸し切って催されるのは、ウォーカー奇術団主催のマジックコンテストだ。その大会には世界中の奇術師たちが集い、交流し、競い合う。この現代という多種多様の娯楽が混在する時代の中、彼らは更なる奇術の発展と革新を目指している。そんな志の高い集団に紛れ込むのは、若き才能を有する奇術師二人だった。


「うわ、結構人多いね。」


「そうだな。」


 エントランスでのドレスコードを通り抜けて、無事に会場入りを果たした二人。彼らが案内された場所は豪華絢爛で広々とした客席とは異なり、様々な道具や機材、そして奇術師が入り乱れて待機する、薄暗い裏方スペースだった。ある程度の広さは確保されているものの、そこにはコンテストの参加者たちで混み合っている。


「合わせはどうする?」


「いつも通りだ。好きにしろ。」


「ふふ、りょーかい! あ、もう少し高い位置で結ぼうかな。ジェード、ちょっと手伝って。」


「はぁ、はいはい。」


 少女はバックヤードの隅のスペースで適当に放置されていた椅子に座りながら、少年に宝石装飾の入った髪留めを手渡す。彼はそれを黙々と受け取って、少女の細かい注文を受けながら、手慣れた動作で彼女の髪を結び始める。

 

 この場には独特の緊張した空気が蔓延していたが、そんなものは二人には無関係だった。このコンテストに参加する者たちは個々に様々な事情を持つ中、彼らは決して賞金が目当てでも、世界的な名声が欲しい訳でもない。その少年と少女、彼らの目的はただ一つ、全ては彼女に認めさせる為に。今は亡き恩師の孫娘、あの天才奇術師に本物のマジックを魅せつける為に。彼らは存分にその腕を振るうのだ。


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