No.42「ミラ・ウォーカー」
夜のニューヨーク、巨大な高層ビルに囲われたマンハッタンの街角、若き奇術師たちの遭遇。この奇跡的な出会いに直面して、一体彼らは何を思うのか。
「・・・本物だぁ。」
「・・・」
まず初めに、少女は完全に思考が止まっていた。その瞳を大きく見開いて、ただ呆然と口を開けて。凛とした表情で佇むミラ・ウォーカー。その実物を間近で見ると、ナイトショーの時以上に美しく神々しく感じたのだ。
「・・・さっきの技術、見事だった。」
その一方で少年はミラに臆することなく堂々と構え、逃走する泥棒から容易く盗み返した技を褒め称えた。その時、男とすれ違った際に一瞬で見せた、常人離れした高度なテクニックを示唆して。
「流石ウォーカー奇術団団長、会えて光栄だ。」
「・・・ふっ。それはこちらこそ、ね。」
「?」
その時、ミラは手に持っていた帽子を静かに頭に被りながら、クールな美人顔のポーカーフェイスを崩すことなく、少年の顔を真っ直ぐに見つめた。それは彼の存在を改めて認識して、真に見定めるような視線で。
「私は一度、貴方のマジックをロンドンで見たことがあるわ。何年も前になるけれども、今でも忘れもしない。あの時の貴方の奇術はとても素晴らしかったわ。」
「・・・それはどうも。」
少年は少し意外そうにしながらも、軽い会釈をした。その2人の間には面識はなくとも、お互い一方的にその存在を認知はしていたようだ。彼らは同じ師を持った若き奇術師同士、まさに奇妙な縁と言えるだろう。
「しかし、まさか、かの世界的マジシャンに知られているとは鼻が高い。」
そして少年は挑発的な態度を取りながら、隣で呆然と立ち尽くす少女の顔を覗く。
「・・・っ!?」
彼女にはその不敵な笑みに含まれた意図が明確に伝わった。あの天才と謳われた奇術師に他でもない自分は一人のマジシャンとして認識されていた、彼はその事実を少女に突きつけたのだ。少女は奇術師として遅れをとった、その不覚、それに対して焦った気持ちを見透かされたのだ。
「あっ、あの、ミラさん! 私も、えーと・・・」
「・・・貴女も、奇術師なのかしら?」
「は、はいっ! そうです! テルルです! 以後お見知り置きを!」
「えぇ、よろしく。貴女の腕は存じ上げないけど、彼と一緒にいるということは、きっと優秀なのでしょうね。」
ミラは少年のことを横目で確認しながら、目の前の少女の必死な姿と見比べた。しかし、その些細な仕草を正面から見せつけられたテルルの感情はついに爆発を迎え、その決定的な言葉を理性の制御を通さずに口走った。
「あ、あの、よかったら私のマジックも見ていただけませんか!?」
その少女にとって、たとえ奇術であろうと何であろうと、その少年に僅かでも劣るというのは耐え難いものなのだ。
「───っ。」
「!?」
しかしミラ・ウォーカーは少女の願望には応えなかった。彼女は毅然とした態度でポーカーフェイスを保ちながら、優しく微笑む口元に指を当てた。その細かい所作に至るまでも、それは洗練された奇術師の動きだ。
「マジックは見せびらかすモノじゃない、魅せるものよ。」
そして彼女は少女の焦燥感を見透かしながら、それを奇術師として厳しく咎めるような、また歳上の大人として優しく諭すような口調で言葉を紡いだ。
「それに、私なんかに披露したら勿体ないわ。」
「え?」
「私、そこまでマジックに興味ないの。」
「っ!?」
それは本当に奇術師らしくない発言だった。この世界の誰よりも、その才に恵まれた彼女が口にするべき言葉ではなかった。それでも女は自分に与えられた祝福を吐き捨てるように淡々と語り始めた。
「こんな技術、いくら磨いたところで大した意味もない。だって所詮は人を騙すだけの道具に過ぎないのだから。それ以上でもそれ以下でもない。奇術師なんて、何ら詐欺師と変わらないわ。」
「・・・そんな。」
「───聞き捨てならないな。」
その時、少女は萎縮して悲しそうにしたが、少年は到底受け入れられずに異議を唱えた。
「それがウォーカーの名を背負う人間の発言とは思えない。少なくとも貴方の祖父はそんな想いを託していないはずだ。」
彼もポーカーフェイスを張り付けてはいるが、その仮面の中には仄かな怒りが湧き出ている。それはこの在り方を愛した奇術師として、それを教えた者の弟子として至極真っ当な姿勢だった。
「・・・祖父、ね。」
しかし、その燃えたぎる感情は女には一切響かない。なぜなら彼女の奇術への考え方は、彼女の師とは、祖父とは対極のものだったから。彼女はすでに、奇術師としての熱意を失っていたのだから。
「そう、あの人も本当にマジックが好きで、そして酷く愚かだったわ。・・・本当、マジシャンなんて馬鹿のやることよ。」
「「・・・っ。」」
その瞬間、ミラ・ウォーカーは嘲笑うように吐き捨てた。己の祖父を、人生を、奇術師としての誇りを。 彼は、彼の孫である自分は、否、自分たちの一族は呪われている。私たちは奇術という呪い、運命に、奇術師という在り方に縛られると。
そんな彼女の思想に少年と少女は衝撃を受けつつも、反論することはできなかった。なぜなら彼らは誰よりも理解しているから。その奇術師の感じている世界に対する失望を、歴史ある家に生まれた宿命、逃れられなかった呪いを。
「───それじゃあ失礼するわ。」
「あっ。」
「・・・」
そしてミラは颯爽とニューヨークの夜に消えていった。彼女はその去り際においても、僅かな足音も立てずに、暗いロングコートを靡かせて歩き始め、一度も少年と少女に振り返ることもなかった。
「・・・ジェード。」
「・・・」
それでも二人にはその奇術師の背中を呼び止めることも、その歩みを阻むこともできない。どれだけ自分たちが手に入れた存在を侮辱されようとも、それに純粋に怒ろうとも。今の彼らに許されたことはただ一つ、その後ろ姿を黙って見つめ続け、ただ大人しく傍観することしか叶わない。
なぜなら既に呪われている少年と少女には、もう二度と他人に手を伸ばす資格はないのだから。




