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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP6 ─ New York, The United States
111/117

No.41「ウォーカー奇術団」

 

 2010年代、アメリカ、ニューヨーク。


 歴史あるコンサートホールで大勢の客を沸かせるのは、煌びやかな衣装を身に纏ったマジシャンたち。しかしその中でも一際異彩を放つのは、若き凄腕の奇術師2人・・・ではなかった。その日は彼らもまた観客の中の一人。今宵は客として招かれた国境なき奇術団の五人はただ興味深そうに彼らの奇術を眺めていた。


 今晩の豪華絢爛なステージ、その主役はニューヨークを拠点とするロンドン発祥のマジシャン集団、その名も"ウォーカー奇術団"だ。そこには世界有数のマジシャンたちが多数在籍しており、無駄に戦闘能力だけは高い少数精鋭の国境なき奇術団とはその趣向も規模も全く異なる、いわば本物の奇術師集団なのだ。


 しかし、その中でも特に存在感を醸し出すのは、黒スーツを着込んだ一人の女性。そう、彼女こそはウォーカー奇術団団長のマジシャン、ミラ・ウォーカーだ。その風貌はまさしく容姿端麗、金髪美人で、整えられたショートヘアに、白い肌、エメラルドの瞳を持った英国人。


 先代、ジャック・ウォーカー亡き後、彼女は20代という若さでありながら、その跡を継ぐと共に、ウォーカー奇術団をまとめ上げたカリスマ性、そして歴史ある一族の末裔として遺憾無く発揮された奇術の才能。つまり、当代のウォーカー奇術団団長は、その両方を兼ね揃えた、まさに完成された奇術師の一人といえる。


 そしてウォーカー奇術団のナイトショーは華麗に幕を閉じる。その素晴らしいマジックに魅了された観客たちの熱狂的な歓声と共に。国境なき奇術団の彼らもまた盛大に拍手を送る。






「ねぇ、本当に凄かったね! 私、普通に感動しちゃった!」


「あぁ、さすがにウォーカーだな。」

 

 ニューヨーク、マンハッタン。巨大なビルが立ち並ぶ世界の中を歩く少女は興奮を抑えきれない。それに少年も珍しく同調するように、先ほどから何度も頷いている。それほど今夜のマジシャンたちの腕前は素晴らしかったのだ。


「うんうん! でも特にさ、やっぱりあの人、ウォーカー奇術団団長、ミラ・ウォーカーさんは、もう存在が芸術だったね!」


「ふっ、あれであの爺さんの孫娘なんだから、まったく驚きだよな。」


「ふふ、ほんと想像つかないよね。」


 少年と少女は同じ人物の顔を思い出して、共に笑い合いながら歩き続ける。ミラ・ウォーカー、彼女は二人の恩人であり、また奇術の師でもあった男の孫娘。そこに面識こそないが、一応は兄弟弟子としての繋がりが存在するのだ。要するに一方的な親近感である。


「あ、そういえばさ、観客の中にも沢山いたよね。奇術師。」


「どうやら世界中の有力な同業者を招待してたみたいだな。まぁ何で俺たちまで招待されたか分からないがな。」


「それはもう、ほら、私たちだって歴が長いし、世界中に名が広まってますから。」


「ふっ、悪名じゃないといいけどな。お世辞にも俺たちはまともなマジシャンとは言えん。」


「・・・そんなはずないよ。うん、絶対にね!」


 少年の妙に生々しい懸念を前に、少女は自信満々に胸を張った。各々の人間性はともかく、腕だけは確かな私たちが、否、私がそんな悪名高い筈がないと。しかし残念ながら、比較的常識人な三人を除外して、テルルとヒルデガルトにだけは、執念深い恨みを持った者たちによる忌み名がつけられていることを、彼女はまだ知らない。


「───それより、どこまで行く気なんだ?」


 それはコンサートホールから少し離れた交差点に差し掛かった時、ジェードが徐に口を開いた。なぜなら彼は、ご機嫌な少女に行先も告げられずに絶賛連れ回されている最中だからだ。ウォーカー奇術団のナイトショーも終わった後、アメリカ人のマックスは久方ぶりに再開した母国の友人たちと呑みに行き、セイコとヒルデガルトは一足先にホテルに向かった。その時ジェードは近場のバーにでも赴こうかと考えていたら、こうしてテルルに連行されたのである。


「うっふっふっ、秘密だよ〜!」


「・・・」


 普段よりも明らかに上機嫌すぎる少女。その笑顔に滲み出ている感情と、強烈な既視感から段々と冷や汗をかき始める少年。そして数分後、軽快なリズムを刻む少女の足が、高級そうなガラス張りの店が立ち並ぶ区画に入ったところで、少年は酷い頭痛に襲われて、全ての顛末を悟りつつ、瞳を強く閉じた。それから彼が次に目を開けた時、まだ悪夢は始まったばかりだったのだ。


「じゃーん! ここはね、世界中のコレクターたちのイチ押しのお店だよー! うん、私のマジックセンサーもビビッと反応してる。よし入ろう。」


「・・・」


 そして嫌に真剣な顔をした少女は少年の首を掴みながら迷うことなく入店した。それはハイブランドを兼ね揃えた有名店が立ち並ぶ中にあった、恐ろしいほど高級そうな宝石店に。もはや少年はため息すら出なかった。その尋常ではない熱量には、もう呆れることも苛立つことすらない。それはある種の人としての到達点。余計な思考、苦悩、煩悩を捨て去った無の境地、そう、彼は今、菩薩だ。


「あぁ、尊い。なんて美しい世界なんだろう。」


「・・・」


「さぁ、煌めく小さな星たちよ、私にあなたたちの輝きを見せてごらん。」


「・・・」


 少女は美しく光り輝く宝石を前に、何度も何度も深呼吸をして美しい空気を堪能し、独り愉悦に浸る。


「どうしたのジェード。入り口に突っ立ってないで、こっちに来なさいよ。」


「いや、俺は・・・」


「来い。」


「・・・はい。」


 そして少年の抵抗も虚しく散って、少女による宝石鑑定、終わりのない品定めが始まった。それから数時間、テルルは様々な宝石たちを熱い視線で見つめながら、時には店員に唆されながら、時には手に取って迷いながら、夢のような世界を過ごし続ける。その一方で心を空にしたジェードさんは、いつかどこかで師匠の爺さんが語っていた、"男は黙って女を立てろ"、という素晴らしい技術を実践するのだった。


 それから猛烈に目を輝かせた少女に強請られて、泣く泣く桁違いな金額を支払う少年の姿を想像するのは、あまりにも容易なことだろう。





「───うふふ、ふふ。あぁ、素晴らしい。」


「・・・はぁ。」


 それから果てしないショッピングの時間を終えて、街灯の灯るニューヨークの街を歩く二人。大変ご機嫌な少女は小さな子どものように喜びながら、さきほど購入したばかりの宝石が入った箱を頬擦りする。猫にまたたび、テルルに宝石。両者ともに害はなくとも、与え過ぎには要注意だ。


「ありがとうジェード! よっ、良い男!」


「はぁ、嬉しくない。」


「どうしたの? 元気ないけど、お腹でも痛いの?」


「別に。それより早くしまっておけよ。そんな高価なモノ、箱入りでも見せびらかすもんじゃない。」


「えぇー、もうちょっと、もうちょっとだけ〜!」


「あのなぁ。」


「っ!?」


 その時、テルルは向かい側から歩いてきた男とすれ違った瞬間、不意に肩を衝突させ、咄嗟に立ち止まって姿勢を崩した。


(───っ、あの野郎!)


 少年はよろけた少女を支えながらも、謝罪もせずに立ち去っていく男の手元を鋭い視線で観察した。


「痛た、何だよもう・・・あれ、あれ!?」


 少女は理不尽に衝突された肩を押さえながらも、その手から僅かな質量が消えたことに気がつき、必死に行方不明の宝石を探す。


「おいっ、今の相手にスられたぞ!」


「・・・なっ!?」


 しかし、その少女の慌てる動作を素早く遮るように、少年は淡々と事実を告げた。彼はスリの男の手慣れた動作を見逃すことなく横目で捉えていたのだ。


「ふっ、まったく、マジシャンともあろう者が、情けな───」


「───っ! 待てコラァァァぁ!!!!」


 そしてジェードがテルルの失態を嘲笑うよりも早く、彼女は涙目になって憤慨しながら、泥棒に向かって駆け出していた。


「───なっ、くそッ!」


「泥棒!!!!」


 少女は大声で叫びながら猛スピードで突撃する。その可憐ながらも荒々しい猛進に、スリの男も全力逃走を開始。


「・・・はぁ、まったく・・・っ!?」


「待てぇぇぇぇ───っ!?」


 そして慌ただしく走り出した泥棒と奇術師。そのままニューヨークの街中で、波乱の逃走劇が始まるのかと思われた。しかし少女はすぐに立ち止まった。彼女の後を追いかけようとした少年も立ち止まった。スリだけが走り去っていた。その人物と迂闊にもすれ違って、その真横を通り過ぎても。その瞬時の攻防を前に、何も分からずに、何にも気が付かずに。


「はいこれ。貴女のでしょう? 気をつけなさい。」


 その人物は走り去る泥棒に見向きもせずに、テルルに向かって静かに歩いてきた。その女性は金髪の上に焦茶色のポークパイハットを深々と被り、黒いスーツコートを着込んでいた。それはまるで英国紳士のような格好だった。そしてその手には少女が盗まれたはずの宝石を持っていた。


「・・・えっ、あ、どうも。」


「・・・っ。」


 少女は困惑しながらも受け取り、少年は女性の佇まいを注意深く観察する。


(こいつ・・・スリ返しやがった。しかも相手には悟らせずに、一瞬で。この手際、かなりの高等技術だ。)


「・・・あんた、マジシャンか?」


 そして早くも結論に辿り着いたジェードが無駄な駆け引きもせずに堂々と問いかける。すると女性は少しだけ沈黙した後、流れるような動作で帽子を取り外し、金の髪を靡かせた。


「───っ。」


「「───えぇ!?」」


 その金髪の女性の素顔を見て、少年と少女は衝撃の声を上げる。それが唯一の答え合わせ、その姿を見せることで、明らかになった正体。


 スタイル抜群、容姿端麗、金髪緑眼美女。そう、彼女こそはウォーカー奇術団の若き団長、天才奇術師、ミラ・ウォーカーだったのだ。


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