第10話「大戦の英雄」
蓮がセキと黒ローブの男に襲われていた頃、
カナンは帰りの遅い少年を心配して屋敷で待ち続けていると、彼の身に訪れた危機を察知した。
「・・・まさか。」
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませ、離れた場所にいる少年の状態を確認する。乱れた呼吸に上昇する心拍数、体温の乱高下、それに連動するような出血と重い痛み。
「──っ、蓮!」
少年の生命の危機に慌てて屋敷を飛び出すと、
カナンの前には1人の男が立ち塞がった。
「なっ⁈」
大きな体格に大きな剣。ボサボサの灰色の髪に眼帯をした左目と細かく傷付いた銀の義手の左手、その他にも身体には数多くの傷の跡が刻まれている。
男は神妙な顔で無精髭を撫でながら、カナンの姿を確認して豪快に笑った。
「だはははっ!!!!!」
「・・・まさか、貴方もこの時代に来るとわね。
久しぶりブライス、元気だった?」
「おう! 俺は常に元気一杯よ。にしてもカナン、お前の方は元気とは言い難いな。何だその弱っちいエネルギーは?」
「───ちょっとね。」
そう、その男とカナンは旧知の間柄であった。
彼の名はブライス。未来の世界において、同じ勢力の仲間としてカナンと戦場を共にした戦友である。
「それよりブライス、貴方何をしに来たの?」
「あぁ、そうだった。カナン、俺もこの時代に飛ばされた結晶の回収を命じられたんだ。向こうで色々と立て込んでて、少し遅れちまったがな。お前の後を追う形で時代を越えてきた訳だ。」
「・・・そう。」
カナンたちの勢力も一枚岩ではない。色んな派閥や部隊に別れており、ブライスとは別のグループなのだ。
「なぁカナン、お前どうしてこの時代に飛んだ?」
黄金の剣を持つお前が動くのはリスクが大きすぎるはず、なぜ他の者に任せずに自分で過去に飛んできたのか、男はそう言いたいのだ。
「私は結晶を回収して未来に帰る、ただそれだけ。」
「お前本当はもう・・・いや、何でもねぇ。」
きっとブライスは理解していたが、口には出さない。
それが少女の為であり、彼自身の為でもあるから。
「それで、貴方は一応、仲間って事でいいの?
悪いけど私、今急いでるから。」
「当たり前だろ。俺が来たからには安心していい。この戦いは俺たちの勝ちだ。」
「随分な自信、さすがは大戦の英雄。」
「そうさ、俺はお前と違って強いからな!」
「何それどういう事?」
ブライスを鋭く睨みつけるカナン。それでも彼が怯むことはない。
「これは忠告だカナン。その様子じゃ碌に剣も扱えないだろう。中途半端に足を突っ込んで得られるのは変えようがない悲惨な未来だけだ。カナン、後は俺に任せて大人しく未来に帰れ。」
「・・・それは本気で言ってるの? この私に?」
「・・・」
無言で頷くブライスは真剣な顔だ。その言葉に嘘がない事はカナンには伝わっていた。
少女は金の髪に触れながら、少しだけ黙り込むが
彼女の答えは初めから決まっている。
「それはできない。どうせ行き着く先の結末は変わらないのだから、だったら私は最後まで、少しでも長く抗ってみたいの。」
「・・・そうか。じゃあ、仕方がないっ!!」
「え?! ちょっと何して⁇」
昔と変わった少女の覚悟を聞いた男は惜しそうに笑い、カナンを腕に担いで地面を強く蹴り上げた。
「ガハハハ!!!!」
「ちょっと⁈ ブライス⁈」
「急いでるんだろ? なら飛んだ方が速い!!
ほら早く言え、どこに行けばいいんだ⁈」
「・・・ほんと、相変わらず雑な人。」
昔と何一つ変わらないブライスに懐かしさを感じた
カナンは少しだけ苦笑して、蓮の待つ夜の学校に向かうのだった。
そして場面は未来人たちが集まる夜の校庭に戻る。
その場の誰もが空から降って現れた男を見つめていた。
「──⁈ カナン!!」
男の腕に担がれていたのは、屋敷にいたはずの金髪の少女だった。
「蓮!! 無事、だよね? 間に合って良かった、本当に良かった。」
「何とか、ね。えっとカナン、その人は誰?」
「この男はブライス、仲間よ。」
「仲間・・・また未来人か⁈」
「そうだ。カナンから大体の事情は聞いている。これからよろしくな蓮!!」
「あ、どうも。」
ブライスは大剣を肩に担ぎながら豪快に笑う。
その振る舞いの全てが豪胆で目を引く。
とても気前の良さそうな大人という感じだ。
「さて諸君、今宵は一旦休戦と行こうじゃねぇか!」
そう言ってブライスが大剣を向ける先には
静止して距離を保つ2人の未来人。
1人は黒髪赤目の少女セキ、もう1人は顔に包帯巻いた黒いローブの男。2人とも凄まじいほど警戒している。
「あ? 何だ何だ? 言語は間違ってねぇだろ?
どうして反応ねぇんだ? なぁ、なぁ?」
いや、これは立派な大人というか、うん。
ただの柄の悪い輩にしか見えない。
「その顔と義手、そして大剣。
お前、大戦の英雄、ブライスか。」
驚きながら口を開いたのは黒ローブの男。その名に聞き覚えがあるのか、セキも同様に目を見開いていた。
「そうさ、俺は英雄ブライス。そういうお前は・・・その破けたローブに包帯。東の新興勢力の奴だな。
そしてお前は・・・分かりやすいな。黒髪に赤目、その専用武装。黒夜の箱の所有者、反王制軍のセキだな。」
「その通りです、英雄ブライス。私はセキ。停戦条件として一つ提案があるのですが。」
「何だ?」
「私はあなた方に協力協定を申し込みます。簡潔に言うと、私を仲間にしてください。」
「いいだろう!!」
「ちょっとブライス!!そんな簡単に決めないで。」
「んだよカナン、お前は反対か?」
「そうじゃなくて、もう少し考えてから──」
「じゃあ決まりだ! たった今からセキは仲間だ。こういうのは即時判断が1番良い!!」
「・・・はぁ。」
カナンは諦めたように頷いた。彼女はブライスと随分親しげに話している事からも、未来では相当な信頼における仲間だったのだろう。
「蓮、お前はどうだ?」
「俺は・・・俺も別に良いと思う。セキの強さは身を持って体感済みだし、敵にする方が怖い。」
「ほう、悪くない考えだ。気に入った!!」
「──おいっ!」
ブライスは笑いながら俺の頭を掴んで揺らす。雑で豪快だが安心できる気前の良さ。もし父や兄がいたらこんな感じなのだろうか。
「さてと、お前の方はどうする? このまま大人しく消えるか、俺と、俺たちと戦うか。」
「・・・認めよう。この戦いは我々の敗北だ。」
黒ローブの男は悩む事なくあっさりと負けを宣言した。殺人者にも一応の状況判断能力はあるらしい。
「───しかし、俺も一つだけ条件がある。」
「ほう、言ってみろ!」
「そこの貴様、蓮だったか? 今宵はそいつとの一騎討ちを持って終幕としたい。」
「・・・・・え?」
黒ローブが名指しで指を指し示すのは俺の方角。
カナン、ブライス、セキの視線が向かう先も俺。
「良いじゃねぇか!! その勝負、このブライスが見届ける!!お前と蓮、そしてカナン! 負けた方は潔く死ねぃっ!!」
「「えーーー!!!!!!」」
俺は声を大にして叫んでいた。当然だが黄金の剣の担い手であり巻き込まれたカナンも同様である。だがしかし今宵負けた方は死ぬ、そんな覚悟の決戦が始まるのだ。




