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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP5 ─ Lakeside, Scandinavia
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No.37「追憶の奇術師(2)」

 そして少年と少女は気が抜けたのか、その乱入者を横目で見つめながら静かに座った。しかしお互いに警戒心は緩めずに、その怪しい男の挙動を細かく観察する。


「・・・」


「・・・」


「そう警戒しなさんな。俺はただのマジシャンさ。」


 それでも男は軽薄さを保ちながらも言葉を続ける。それはまるで幼い子どもに童話でも語り聞かせるように。己を奇術師と自称して、その手にトランプを遊ばせている。


「マジシャン? あんたが?」


「あぁそうだとも。なんだボウズ、興味あるか?」


「・・・別に。奇術なんて珍しくもない。」


「なんだい。じゃあそっちのお嬢さんは?」


「私も、興味ないかな。」


「そうかい。」


 男は少しだけ寂しそうな仕草を見せつけた後、擦り切れたフードを静かに剝ぎ取った。それは仙人のような風貌、荒れた白髪頭に、その顔立ちは英国人だった。


「そうだ、お前さんら、名前は?」


「・・・私はテルル。」


「ジェード。」


「テルルに、ジェードか、ふっ、良い名前だな。あまり顔は似てないが、兄妹か?」


「違う。」

「違う。」


「・・・む、じゃあ友達か?」


「違う。」

「違う。」


「なら恋人───」


「違う!!」

「違う!!」


「・・・うむ、息はピッタリだがな。」


 少年と少女の息の合った即答を前に、年老いた奇術師の男は愉快そうに笑った。


「あのね、こいつはただの他人。一緒になんてしないで。しかも兄妹なんて、最悪。絶対にありえない。」


「・・・だ、そうだ。」


 少女は不満を露にして男たちに軽蔑の眼差しを向ける。そんなゴミくずを見つめるような視線に、少年は何事もないように受け流すが、奇術師の男は素直にうろたえた。それは若い少女に対する耐性がないだけか、単に人が良いだけか、それとも演じているだけか。とにかく男は分かりやすい程に動揺し、それを隠そうともしなかった。


「お、おう。悪かったな。じゃあなんだ、せっかくだし見ていくかい、天才マジシャン、ジャック・ウォーカー様のマジックをよ。」


「・・・まぁ少し、見たい、かも。」


「俺はどうでもいい。やるなら静かにしてくれ。」


「ははっ、よし決まりだ! なに、子どもから金なんて取りゃしねぇよ。」


 そして男は自然な手つきでコインやトランプを手元に取り出した。その渋い顔には不敵な笑みを浮かべ、最初からこの状況を見通していたように、何の準備もせずにマジックショーを始めた。


 それから数分間、少年と少女の前で披露される奇術の数々。男の手から増え続けるトランプの束は、いつの間にか鮮やかな花びらに変貌を遂げたかと思いきや、また次の瞬間には真新しい札束に変化した。小さなコインに至っては宙を舞いながら、様々な色に移り変わり、最終的には硝子の硬貨へと進化した。


 その目まぐるしい光景は幼い少女の心を掴むには十分すぎるほどであり、彼女は自然と奇術師の虜になっていた。その一方で関心の薄かった少年も、その男の卓越した技術を前に、無意識の内に目で追ってしまうのだった。


「どうだ、すげ〜だろ!」


 それから奇術師の男は得意げに笑いながら、たった二人の小さな観客に対して感想を求めた。


「うん、結構面白かった! 普通の人間でも色々とできるんだね。」


「まぁ、普通だったな。所詮は手品だろ。」


 少女は瞳を輝かせながら純粋に自分の感動を伝え、素直でない少年は嘲笑うように鼻で笑った。しかし男は表情を一切変えずに、ただ満足そうに微笑むだけだった。


「ははっ、手厳しいガキどもだな。しっかし、なかなか見慣れている感じだったな。」


「?」


「いい目をしてるって言ったんだ。お前たち、才能あるぞ。」


「はっ、くだらないな。」


「なんだボウズ、手品は嫌いか?」


「嫌いもなにも、そんなもの俺たちに必要ないのさ。もっと良いもの持ってるからな。」


「・・・」


 その時、灰髪の少年は薄ら笑いを浮かべ、その青い瞳を細めて男を見つめた。その含みのある態度に少女は口を閉ざしながら、ただ静かに表情を曇らせる。


「へぇ〜。そいつは興味深いな。」


 奇術師の男は口元に手を当てて不敵に微笑み、二人に悟られないように自然と視線を誘導して、その挑発的な仕草を意図的に見せつけた。


「そうだろう、なんなら見せてやっても───」


「───ちょっと、貴方なに考えてるの?」


 それに誘われるように、惑わされるように、少年は軽く応じようとするが、少女はその軽薄な行動を咎めるように制止する。なぜならその少年の力は人の起こす奇術とは違い、簡単に見せびらかすモノではないのだから。


「別にいいだろ。なにか文句あんのかよ。」


「いや、あるよ。馬鹿じゃないの?」


「あ? お前にだけは言われたくはないがな。宝石馬鹿。」


「は?」


「それにお前には関係ないだろ、なぁ、()()。」


「───っ!」


 その瞬間、激情に駆られたテルルは立ち上がった。その拳を強く握りしめて、その短い茶髪を逆立たせて。それを少年は見向きもせずに鼻で笑う。そして一見すると無防備な姿勢を見せびらかし、やれるもんならやってみろ、と言わんばかりの態度をとる。


「おいおい、君たち───っ!?」


 その険悪な仲を見かねた男は声をかけようとした、まさにその時だった。


「「!?」」


 突如として狭い車内に響いたのは耳を引き裂くような衝撃音、漂うのは金属の焼ける匂いと、白く濁った煙。


「全員動くなっ!! 動いた奴は容赦なく撃つ!!」


「この列車に爆弾を仕掛けた!悪いが今からお前たちは人質だ。」


 その時、その空間は武装した二人の男によって支配された。既に一触即発であった少年と少女も、何も知らぬ乗客も、居合わせた奇術師も、その全員が咄嗟に動きを止めて呆然とした。







「───これはこれは、穏やかじゃないな。」


 しかし、それでも奇術師は笑っていた。その張り詰めた空気の中、彼は決してポーカーフェイスを崩さずに、何も変わらずに、何事もないように微笑み続ける。


「・・・あんた、随分と落ち着いてるな。怖くないのか?」


「俺はマジシャン。銃ごときに動揺したらお終いだ。」


「・・・」


「ふっ、そっちこそ何ともなさそうだな。はは、若いくせに根性あるじゃないか。」


「・・・まぁな。」


 その時初めて少年は奇術師の男に感心した。なぜならば、それほど彼が本物だったから。こんな状況でも一切動じない胆力、その男は紛うことなきマジシャンだったから。


「───おい、同時にやるぞ。」


 それから少しの間、少年は武装した男たちの装備を観察した後、目の前で座り込んで燻っていた少女に小さな声で囁いた。


「───私に命令すんな。そっちが先に動いてよ。」


「・・・っ、分かった。」


 それはもはや音のない会話、口の動きでしか読み取れない言葉。それでも彼らの間では問題なく伝わる。それだけが唯一の取り柄とも言えるのだから。


「はは、辞めとけ辞めとけ。火遊びじゃ済まんぞ。」


 その様子を面白そうに眺めていた奇術師の男は相変わらず笑い続けるも、既に臨戦態勢になっていた少年と少女を止めようとする。


「ふっ、問題ない。あんな雑魚ども、俺たちの魔法にかかればな。」


「?」


 しかし少年はその忠告を受け入れずに、彼もまた余裕そうな笑みを浮かべて、少女と共に立ち上がった。そこにはもう幼い子どものような無邪気さは存在せずに、それは自信と慢心、そして傲慢さに満ちた何者かだった。

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