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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP5 ─ Lakeside, Scandinavia
108/113

No.36「追憶の奇術師」

 北欧の湖の村を離れた国境なき奇術団の奇術師、ジェード、テルル、マックス、セイコ、ヒルデガルトの五人は次の目的地へ向かうため、北の大自然の中を駆け抜ける北欧列車に乗車していた。


 そこは四人席の間に通路が通る、至って普通の列車の中。少年と少女は向かい合うように座っている。そして通路を挟んだ向かい側には大人三人組が鎮座し、マックスとヒルデガルトはいびきをかいて眠っており、セイコは静かに本を読んでいる。


「相変わらず良い景色だねー!」


「そうだな。」


「・・・」


 少女は興奮しながら小さな窓に張り付き、列車の外の雄大な景色を堪能する。そこには本格的な冬も到来し、太陽に照らされた氷河と雪山は恐ろしいほどに存在感を露わにしている。しかし少年はその素晴らしい景色を見ようともしない。ゆえに少女は自分を適当に扱うような彼の態度が気に食わずに目を細めるが、彼は一切見向きもしないので、少し機嫌を損ねながら宝石を磨き始める。


「ねぇ、それ、どれくらい読めたの?」


「まだ半分ってとこだ。」


「そう。」


「・・・」


 その一方で少年は退屈そうにしながら、あの村で拾った日記を読み進めていた。現状として、その内容は理解不能であれ、目を通さない訳にはいかないのだ。


「それにしても本当に何も変わってないし、何だか少し懐かしいよね。」


「ん?」


「えっ、何その反応。まさか忘れたの?」


 テルルは目を見開き、少年の顔を直視して焦り始める。この男は本気で言っているのか、そんな風に彼の真偽を確かめるような眼差しを向ける。


「ふっ、冗談だ。もちろん覚えているとも。」


「もう、ビックリしたじゃん!」


 しかし少年は揶揄うように微笑んだ。少女はその無駄な欺き行為に憤慨しながらも、宝石を磨いて心を落ち着かせる。その様子を呆然と見つめていた少年は静かに日記を閉じて、どこか遠い目をしながら窓の外を眺める。


「───忘れるわけがないさ。あの日、あの人と出会って、俺たちの旅は始まったんだから。」


「・・・そうだね。」


 その時、少女は宝石を磨く手を止めて、少年の横顔を一瞬だけ見つめてから、その淡い感情を共感して小さく微笑み、窓の外の流れていく景色を儚い瞳で見つめるのだった。







 ────六年前、北欧


 それはまだ幼い少年と少女が出会ってから、僅かな時間しか刻んでいない過去の話。彼らが右も左も分からずに、ただ今までの短い人生の、その全てを捨て去るように故郷を飛び出した後、二人は彷徨うように北欧列車に揺られていた。


「・・・何見てんだよ。」


「別に。見てない。」


「くだらない嘘つくな、嫌でも分かるんだよ。それより、なんで俺の前に座るんだ。」


「だって貴方の隣なんて絶対に嫌だし、そもそも席空いてないし。」


「・・・っ。」


 少年と少女は険しい顔で睨み合う。そこには信用や信頼など皆無、あるのは軽蔑と嫌悪。お互いの存在を煩わしく思い、全力で拒否して煙たがる。あの日、逃げるように故郷から離れた二人の仲は、それはもう最悪だった。


 その呪いは二人の運命を縛り付け、自由を奪い取った。そのせいで彼らはお互いに離れることができずに、こうして嫌々と顔を見合わせるしかない。さらには強制的にお互いの全てを共有し合うため、そこにはプライバシーも存在せずに、この荒んだ関係になるのは必然だった。


「ここは四人席なんだ、一つ隣に動けばいいだろ。」


「なんで私が合わせなきゃいけないの? そっちが動いてよ。」


「いや、俺の隣には・・・」


 ジェードが視線を窓際に移すと、そこには静かに眠っている先客、浮浪者のような男が座っていた。


「そう、じゃあ別の席に、別の車両に、もう一層の事、別の列車に乗ってくれない?」


「だからなんで俺が。」


「貴方が近くにいると不愉快だから。はっきり言って、気分が悪くなる。」


「ふっ、それは奇遇だな。俺も同じ意見だ。」


「───っ、真似しないでよ!」


「そっちこそ!」


 二人の子どもは大きく声を荒げた。その険悪な雰囲気を前に、周囲の乗客たちの視線を集めるが、少年と少女は何も気にしない。彼らには何も見えていない。その呪いが二人の心を蝕み、狭め、縛り続ける限りは。


「・・・」


「・・・」


 お互いに殺意を込めた視線を向け合う。揺れ動く狭い空間の中で高まる緊張。険しい表情を浮かべる少女は本気で拳を握り始め、少年も自然と身構える。今でこそ彼は抵抗せずに殴られているが、この頃の少年は何もかもが違う。少女の感情的な拳に対して、容赦なくやり返して、その存在を殴りつける。そこには僅かな優しさも配慮もない。少年と少女、二人はお互いの存在を心の底から憎んでいるのだから。


「───なに、やる気?」


「また泣かされたいのか?」


「───っ!?」


「───っ。」


 そして少年と少女は勢いよく立ち上がった。戦いの火蓋は切って落とされ、二人の怒りは衝突を控え、今にも火花を散らそうとしている。しかし・・・


「───おいおい、そう早まるな。」


「「!?」」


 その瞬間、少年と少女は不意に静止した。そして二人同時に窓際に視線を向けると、そこには目を覚ました浮浪者のような男が不気味な笑みを浮かべていた。


「くっくっくっ、焦っちゃいかんぞ、若者よ。」


 その渋くて低い声は狭い座席に良く響き、自然と二人の注意を惹きつけた。男のその風貌、その言葉、その所作、その全てが視線を引き寄せる。そこに些細な違和感を感じさせないほどに卓越された魔性の技術。


「・・・」

「・・・」


「くっくっくっ。」


 色褪せたフードを被った男は立ち尽くす少年と少女の姿を見つめながら、ただ面白おかしく笑い続ける。この思わぬ邂逅こそが、奇術と魔法が巡り合った運命の瞬間であった。


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