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Chrono Canaan ─ クロノカナン ─  作者: 小熊猫はにわ
EP5 ─ Lakeside, Scandinavia
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No.36「星空」

 そして少年は固唾を飲み込み、改めて少女の姿を直視した。しかし、彼にとってその光景はあまりにも刺激が強く、また何よりも眩しい。故に少年は何度も視線を逸らして、少女に送る言葉を詰まらせ、いつの間にか奇術師としての仮面は剝がれていた。


「・・・まぁ、その、なんだ。」


 途切れる言葉、右往左往する視線、交差する感情は渋滞する。


「・・・その、悪くない、かな。いや、似合ってないとかじゃなくて。その、まぁ。」


 少年は心に押し寄せる本当の想いを悟り、動揺しながらも、同時にそれを押し殺して包み隠す。ただ平然と目の前の少女を、なにより自分自身を騙し欺くように。それだけは彼にとっての全てなのだから。


「・・・ぷっ、ふふ、ふふふ。」


「───っ、何だよっ?」


「ふふ、別に。ちょっと面白くて。」


 だから少女は満足そうに微笑んだ。その少年の感情が伝わっていなくとも、その想いに気が付かなくとも、もしかしたら全てお見通しだったとしても。どのような形であれ、彼の不器用で真っ直ぐな気持ちだけは、確かに届いていたのだから。


「ま、どんなに着飾ってもガキっぽさは抜けてないけどな。」


「そーいう事は言わなくていーの。」


「ふっ、はいはい。」


「ふふ、でも、やっぱりちょっとだけ、恥ずかしいや。」


「───っ。」


 それから少年と少女は今まで以上に軽く笑いあって、今宵の祭りの中心、人々が取り囲む炎に向かって歩き出した。


「どうかしたか?」


「ううん、何でもないよ。」


「・・・」


 二人は燃えたぎる炎の前で座り込む。その周囲では、皆が楽しそうに笑って語り合い、彼らの演奏と手拍子の中で、男も女も踊りだしている。しかし、そんな賑やかで平和な世界を見つめながら、浮かない表情をする少女。その美しい檸檬色の瞳はどこか遠い場所を眺めている。


 ジェードはその儚い横顔を静かに見つめながら、少しだけ呆れたように乾いた笑いをこぼし、ゆっくりと立ち上がった。


「───テルル。」


「?」


 そして少年は優しく微笑んで、今度は一切躊躇わずに、少女に向かって真っ直ぐに手を伸ばす。


「・・・」


 その時、その場所だけは、この騒がしい祭りの中で、静寂を生み出した。少女は僅かに目を見開いて沈黙するが、少年も言葉を発さずに、ただ静かに彼女を見つめている。その曇りのない青く澄んだ瞳に込められた想い。それは言葉にしなくとも少女には伝わる、星に祝福された者への誘い。


「───っ、ふふ、喜んで。」


 そして少女も心からの微笑みを返し、迷わずに彼の手を取る。その瞬間、少女の身体は少年の力で強く優しく起こされるように、また自らの意思で引き寄せられるように立ち上がった。


 それから始まった二人の奇術は語るまでもない。星の瞬く夜空の下、熱く燃えたぎる炎の前で、少年と少女、異性二人、息を合わせて踊り出すのだ。彼らの間には余計な言葉も遠慮もいらない。お互い顔を見ただけで、その手と手で触れ合うだけで、二人の想いは強く繋がる。決して離れられぬ、呪いという奇跡。


 それでも少年と少女の踊りは加速する。ただこの瞬間だけは、何も気にせず、何にも囚われず。星の重力さえも振り切って軽やかに。


 その神秘的な舞に合わせて、祭りの夜には賑やかな演奏と手拍子、騒がしいほどの歓声が鳴り響く。


「ねぇジェード!」


「なんだ?」


「私、今、とっても楽しい!」


「───っ、あぁ。俺もだ!」


 踊り続ける奇術師二人、少女は満面の笑みを見せつけて、少年はその光景を瞳の奥に焼き付ける。彼らは運命に呪われたマジシャン、決して死ぬことも許されない身体。しかし、だからこそ彼らは抗い続ける。そして今を全力で生きている。いつか終わる、その日まで。








 それから夜は深まり続け、無邪気に走り回っていた子どもたちと、豪快に酒を煽った大人たちは共に眠りに落ちて、村の祭りは穏やかに終息を迎えた。


「───ジェード。」


「どうしたテルル?」


 それは辛うじて目覚めていた人間たちが、静かに祭りの後片付けをしている時だった。少年が地面に放置された酒瓶を拾い集めている中で、先に寝ていたはずの少女が歩み寄ってきたのは。


「少し、歩かない?」


「・・・?」


 それは少女による静かな逢瀬への誘いだった。











「───それでさ、あの時セイコがさ。」


「───あぁ、そうだったな。」


 それから二人の若人は真夜中の湖畔を歩く。その湖面に映る満点の星空を眺めながら、未だ冷めない祭りの熱を落ち着かせて、心地良さそうに安らぎながら。


 お互いに歩幅を合わせ、お互いの心を共有しながら、共に笑って、共に生きる。


 その繋がりは血を分けた家族ではなく、親しい友人でもなく、愛を誓った恋人でもない。しかし、彼らの結びつきはそれらを越えた、歪ながらも深い絆、その全てを内包し凌駕したもの。


 その始まりは恐ろしく最悪なものであったが、今となっては何よりも大切な存在。それはお互いに生きている証でもあるのだ。


「───ふふ。あっ、見て、オーロラ。」


「っ、本当だ。」


 その瞬間、彼らの夜空には翠玉色のカーテンがかかる。それは目を疑うほどに美しくて幻想的な自然現象。それは人為的な魔法ではなく、星が生み出した神秘的な夜。少年と少女はその儚い景色を見上げながら、共に静かに笑い合った。


「この旅も、まだまだ続きそうだね。」


「・・・あぁ、きっとそうだと・・・そうだといいな。」


「・・・うん。これからもずっと、ずっと一緒に頑張ろうね、ジェード。」


「もちろんだ。テルル。」


 そして二人の奇術師はお互いの覚悟を確かめ合う。あの日、星に呪われた日から故郷を捨て去り、多くの苦楽を共にして迎えた、この美しい夜。少年と少女が旅を始めて苦節七年。彼らはまだ死ねていない。


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