No.35「夜の祭」
それから数刻後、祭りの準備作業に戻った少年と少女。彼らは様々な物資や端材を運んだり、組み立てたり、時折村の子どもたちと遊んだりもしていた。
「さぁ、切り替えていこう!」
「おー。」
「ほらジェード、もっと元気に!」
「おー。」
「───もう。」
テルルは有り余る体力と溢れ出る活力を最大限に解き放つ。そんな彼女のありがた迷惑な配慮を受けても、当の本人、ジェード君は平常運転。彼は相変わらず面白くないほど冷めている。そんな良くも悪くも腐っている少年の態度に呆れる少女。
「よしっ、次はこの部材を運んでっと。」
「それ重いから気をつけろよ。」
「はーい。うっ!」
「はぁ、だから気をつけろって・・・」
テルルは自信満々に木材の板を担ぐと、その重さに押し負けて大きく体を反らせ、そのまま情けない格好で立ち尽くして悩んだ後に、満面の笑みで少年に押し付けた。ジェードはその阿呆な要求に呆れながらも、無言で受け取る。どこか不恰好でみっともないのはお互い様のようだ。
「ねぇねぇお兄ちゃん。」
「ん、なんだ?」
そして少年が肩に木材を担いだ時、村の小さな子どもたちの群れが不意に声をかけてくる。彼は子どもには案外優しいので、その呼びかけに快く応じるが、ゆえにその小さな存在から放たれる爆弾は避けられないのだった。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんは恋人さんなの?」
「───えっ。」
「───は?」
それは少年と少女の暗黙の了解の一つ。それを話題にすらしない歪な関係性の二人。ゆえにその停滞した関係を正面から切り裂くような子どもの発言に、奇術師の彼らが動揺を隠せるはずもなかった。ちなみに"えっ"、と唖然とした反応を見せたのがテルルで、"は?"、と怪訝な顔をしたのがジェードである。
「・・・」
「・・・えっとね、違うよー?」
困惑した少女が目配せをすると、少年は咄嗟に目を泳がして、はっきりと視線を逸らした。その真意を彼女に悟らせないように、見透かされないように。テルルはそんな彼の意気地のない態度を睨みつけながら、また彼女も目を泳がせながら、ぎこちなく微笑んで口を開く。
「うわぁー絶対に嘘だ!」
「嘘だー!」
「嘘つきだー!」
「え、ほんとに違うってば!」
しかし、そんな曖昧な答えと表情が子どもたちに通用するはずもない。彼らは少女とは別の意味で純粋なのだ。
「やーい、結婚だ結婚!」
「チューしてみてよ!」
「みてよ!」
「はぁ、おいテルル。」
幼い餓鬼どもの遠慮容赦のない冷やかし。そんな悪意しかない下衆な煽りを前に、マジシャンとして瞬時に平静を取り戻した少年は大人の対応を見せようとするが、すでに少女の沸点は崩壊していた。
「───このっ! 待てこらー!」
「あぁ・・・」
「うわー怒った!」
「怪獣だぁ!」
「逃げろ逃げろー!」
「・・・ったく、何してんだか───っ!?」
「ほら、ジェードも一緒に追いかけるよ!」
「いや、なんで俺まで。」
「いいから! じゃないと殴るよ?」
「・・・はぁ。」
可憐に怒る少女は逃亡する子どもの群れを追いかける。少年はそんな情けなくも微笑ましい光景を傍観しようとしたが、彼女に首元を強引に掴まれて、その上でお前も逃げたら容赦なく殴るという、空前絶後のパワハラに屈してしまう。歪な二人の間柄はどうであれ、その力関係は虚しいほどに明らかだ。
「あいつら意外と速いな。」
「もうっ、本気出すよジェード!」
「ふっ、いいぜ!」
しかし、その少女の横暴さに少年はため息を吐くことはあれど、それを過度に嫌がることはなく、むしろ慣れ親しんでしまったように静かに微笑む。そして彼も奇術師といえど、その少女と根本は変わらない、まだまだ未熟な子どもなのだ。だから彼も大人気なく本気で追いかけっこに興じるのだ。
「───あれ?」
「───なっ!?」
だがしかし、その僅かばかりの子供心は今回ばかりは裏目に出てしまう。それはマジシャンとしては軽く避けられるほどの幼稚な罠を見落とすほどに。
「うわぁぁ!?」
「っ!?」
それは子供たちお手製の単純な落とし穴。そんな古典的な悪意あるトラップに、本来は優秀なはずの奇術師二人は、それは見事に、清々しいほど綺麗に引っかかって、割と深めの穴の底に落下するのだった。
「───痛たた。何だよもう。」
「落とし穴か。まんまとガキどもに嵌められたな。」
落とし穴に響くのは子どもたちの愉快そうな笑い声、そして彼らは少年と少女を助け出すこともなく、その存在を忘れたように遠ざかっていく。そんな無責任な幼い悪意に、二人の奇術師は反省と怒りの感情を漏らす。
「クッソー、ムカつくなぁ。」
「あぁ。」
「でも、それよりも。」
「あぁ。」
「狭すぎる!」
「狭いな。」
その瞬間、少年と少女の意見は珍しく完全一致した。それ程までに、その落とし穴は、遠慮を知らないほどに深く、あり得ないほどに狭かったのだ。それは比較的細身の少年と少女が身動きを取れないほど。お互いに折り重なって、絡み合いながら、情けない姿勢のまま動き出せないほど。大の大人二人、例えばマックスとヒルデガルトならば窒息死していたレベルだ。
「ちょっと、変に動かないでよ!」
「無茶言うな、おいっ、足が邪魔だ。」
「邪魔とか言うな! って、どこ触ってんだよ!」
「痛っ! あっ、こらっ、暴れるな!」
「そっちこそ───」
それから少女は脱出を試みて動き出し、それに連動して少年も身体を捩らせる。しかし、どれだけ必死に足掻こうとも、二人の情けない姿勢に大した変化はなく、むしろ少女の拳が飛んでくる少年の顔には痣が増えていくばかり。
「「───っ!」」
そしてその瞬間、少年と少女は不意にお互いの顔を見つめ合ってしまった。それはお互いに目と鼻の先、自由に動けずに密着した肌、心音を感じ取れてしまう距離。その瞳にはお互いの顔しか見えないほど。いくら血の繋がりを越えたような深い関係といえど、これほどの至近距離で近づくことはない。この永き旅の中でも数えるほど、否、殆ど無に等しいほどだ。
「・・・」
「・・・」
少年と少女は言葉を失って、ただお互いの顔を見つめ続ける。いくら壮絶な過去を持つ二人にとっても、未だ経験のない事には戸惑うものだ。
「・・・あっ、えっと、その。」
それでも少女は激しく取り乱しながらも、この謎の空間を、この距離感を相殺しようと言葉を吐き出そうとした。
「・・・なんだ?」
「いや、その、ジェードはさ、さっきの───」
そして少女が気まずそうに視線を左右に逸らしながらも、少年に問いただそうとした、その時。
「なぁー、お前ら何してんだ?」
彼らの頭上である、その地上からは、元傭兵の奇術師の退屈そうな声が響いた。
「「・・・」」
二人はようやく訪れた救いの手を仄かに喜ぶが、自分たちの情けない現状、あられもない姿と格好を見つめ直して、眉間に皺を寄せてため息を吐く。そうして少年と少女は通りがかったヒルデガルトに助け出され、今まで逃げ延びていたガキどもを粛清・・・軽くお仕置きするのだった。
そして数刻後、空から陽は落ちて月が上り、村には星の輝く夜が訪れ、人々は大きく燃えたぎる火を囲み、待ちに待った祭りが始まるのだった。
「ギャハハハ! 酒、ウメェ!!!!」
「ガハハハッ! もっと呑むぞ!」
「ふふ、美味しいわね。」
「おらジェード、口開けろや!!!!」
「ちょま───」
「オラァァァ!!!!」
「───ぐっ!?」
「いいぞ兄ちゃん!」
「頑張れ頑張れ!」
「ワハハハハ!」
今この瞬間だけは、彼らは何も考えずに楽しく笑い、いつも以上に豪快に酒を呑み干す。そこに村人も旅人も関係ない。男だろうが女だろうが遠慮はない。今宵は祭り、彼らは何にも囚われずに過ごして良いのだ。
「───はぁ、ほんとアイツら。・・・あれ?」
少年は幼い頃から早熟であり、普段も無駄に大人びているせいか、相変わらず煩わしい大人たちに絡まれていた。そんな無遠慮な期待と要望に応えつつも、静かに抜け出した少年。
(あれ、そういえば、テルルはどこいった?)
彼は祭りに酔いつつも、その冷静な思考は決して揺らがずに、ふと姿の見えない少女の面影を探し始める。しかし周囲を見渡しても、その姿はどこにも見当たらない。その存在は近くに感じ取れるが、その無邪気な笑顔が隣にいない。
「なぁセイコ、テルル見てないか?」
「さぁ、見てないわね。貴方が知らないなら、私が知るわけないじゃない。」
少年は耐えきれずに彼女と比較的行動を共にしているセイコに尋ねるが、その返答は当然のものだった。少女の居場所など、彼以外が知るはずもない。
(まさか、どっかで捕まったりとか・・・)
少年はテルルの安否が分からずに、段々と焦りを見せ始めるも、最悪の事態には及んでいないことは、彼自身に伝わってくる少女の鼓動や感情から読み取れる。
(それじゃあ、一体どこに?)
そして少年は村人たちが火を囲っている祭りの中心地から少し離れて、手当たり次第に民家を探ろうとしていた。その時だった。少年は唖然として大きく目を見開いて、完全に停止した。
「───テルル!」
「───あ、うん。」
「・・・っ!?」
「あはは、断れなくて、つい。」
その少女は村娘たちに連れられながら姿を現した。しかし彼女は気恥ずかしそうに照れながら少年のもとに歩み寄る。その服装はいつものシンプルなシャツにスカートではなく、この村の祭りの際に使われる、大胆で派手な煌びやかな衣装に変わっていたのだ。
それは普段よりもさらに露出も多く、また僅かに化粧も施しているのか、さらに美しい装いである。馬子にも衣装とはよく言ったものであるが、本来彼女は気品溢れる名家の生まれ。その出自を加味しても、似合わない筈がないのだ。
「・・・どう、かな? あはは。」
「・・・」
少女は顔を赤面させて上目遣いで少年に感想を尋ねる。それは慣れない格好への単純な恥ずかしさと不安。少女にとって何より重要なのは、それが自分にとって不釣り合いだったとしても、彼女自身の現し身であり、鏡でもあり、また唯一無二の存在である、彼には一体どう思われるのか。
それが少女の全てであり、生きる意味とも言えるのだから。
さて、そんな純粋無垢な可愛らしい乙女心は果たして少年には届いているのだろうか。その儚くも淡い純情な想いは彼に伝わっているのだろうか。その冷めたポーカーフェイスの下には、一体何が隠されているのだろうか。少女の鼓動は高鳴り続け、次第に夜は深まり始める。




