No.33「湖の村」
それから少年と少女は即座に行動を開始し、盛大に酔っ払っていた奇術団の仲間たちを必死に説得した。そして二日後、彼らは観光という名目のもと、街から車で半日の距離にある湖畔の村に訪れていた。
彼らの目の前に広がるのは雄大な自然、美しいフィヨルドと青空を映すような湖、それらを取り囲むように聳え立つ山々。その壮観な景色は古今東西、世界中を旅する五人とっても中々の絶景であり、彼らは村に到着する前から既に車内で騒いでいた。
「おー、これは良い景色だ。それと思ったより村の方も賑わっているな。何だか忙しそうだ。」
「そうだな。近々祭りでもあるのかもな。」
「ギャハハハ! はやく酒呑もうぜ!!!!」
「うっさい!・・・それにしても美しい場所。よく知っていたわねテルル。」
「・・・」
「テルル?」
「あ、うん。美術館の館長に聞いたんだー。あははは。」
セイコが首をかしげるも、少女は手を頭に当てながら空笑いする。それは普段の無邪気さを演じるような動作。どれほど広大な自然を前にしても、今の彼女の気が晴れることはないのだ。
「おい、しっかりしろ。顔に出てるぞ。」
「ごめん。やっぱり落ち着けなくて。」
そんな少女の不完全な仮面に対して、少年は背後から忍び寄り、気を引き締めるようにと耳打ちした。
「気持ちは分かるが、まだ取り乱すな。とりあえず村の人たちに話を聞いてみよう。まずはそれからだ。」
「・・・うん。」
そしてテルルは少年の顔を見つめながら静かに頷き、自然と小さく微笑む。普段のどうしようもない腐った性格はどうであれ、こういう時の彼はこの世界の誰よりも頼りになる男なのだ。
それから村の人々との接触を始めた国境なき奇術団のマジシャンたち。彼らが旅の者である事を説明すると、村人たちは快く迎え入れてくれた。それに今夜は村の祭りがあるらしく、村人たちは総出で準備をしている最中だったのだ。その事情を聞いた五人は祭りの前の余興として、自分たちのマジックを披露しつつ、村の人間たちと交流を深めて、楽しそうに祭りの準備を手伝うのだった。
その作業に少年と少女も積極的に参加しながらも、村の人々から情報を集めていると、彼らの探し人の存在を知っていた年若い村長と遭遇した。
「───え、本当ですか!?」
「え、えぇ。その画家なら、確か四年ほど前かな。静かに亡くなられましたよ。」
「・・・っ。」
「・・・どんな人物でした? どの建物に住んでいました? どこで絵を描いていました?」
「あ、えっと。」
「ジェード。」
「あっ・・・すみません。」
ジェードの尋問のような質問攻めに村長は困惑し、その様子を見かねたテルルは少年の背中に手を当てて、彼の心を落ち着かせる。
「いえいえ。・・・そうですね、少し変わった若々しい老人でした。よく一人で旅に出ていて、この村に帰ってきては難しい独り言を呟いていました。」
村長曰く、その画家はあまり村人たちと、否、他人との交流を好まない人物であったらしい。けれども小さな村という事もあり、ここにいる人々の間では変人、あるいは画狂老人という忌み名で有名だったそうだ。
「彼の家は取り壊してしまいましたが、恐らくその場所で絵も描いていたのではないのでしょうか。他の作品については、その、詳しくは・・・」
「そうですか・・・」
「・・・」
「たいした力になれなくて、すみません。せっかくこの村に訪れていただいたのに。」
「あ、こちらこそ申し訳ない、です。・・・ほら、ジェードも。」
「あ、あぁ。貴重なお時間、ありがとうございました。」
「いえいえ。今晩は村の伝統的な祭の日です。どうか旅の方もご一緒にお楽しみください。」
そして村長は礼儀正しくお辞儀をしてから、祭りに使う木材を担いで去っていく。その懸命に働く姿を見つめながら、少年と少女は未だ固い表情でお互いの顔を見合わせる。
「うーん。どうするジェード?」
「そうだな、とりあえず・・・」
「───あっ、そうだ!」
「「!?」」
しかしその時、颯爽と歩き出していた村長は急に立ち止まって後ろを振り返り、大切なことを思い出したように口を開いた。
「彼、ワインが好物だったようで。あそこに見えるワインセラーによく通っていましたね。おそらく鍵はかかっていませんから、よろしければご自由にどうぞ。」
そして村長は住宅などが比較的密集している湖畔とは反対側の方角を指し示し、村の中心部から少しだけ孤立している倉庫のような建物を見つめた。
「・・・ワイン、か。」
ジェードはその方角をどこか遠い目で見つめ、しばらく立ち尽くして悩んだ後、静かに首をかしげるテルルと共に、そのワインセラーに向かうのだった。
それから数分後、少年と少女は他愛もない会話をしながら傾斜道を歩き続けて目的地に到着した。しかし湖から少し離れているせいか、そこには人の気配はなくて静かな場所だった。扉に鍵はかかっていなかったが、しばらく二人は入り口の前で立ち往生しながらも、先ほど村長にも許可はもらっていたので、静かに忍び寄るように建物の中に入った。
「うーん、怖い。お化けとか出そう。」
「何言ってんだ。」
少年と少女は軽口を叩き合いながら薄暗い倉庫を進み続ける。そこは過度に狭くも広くもなく、入り口から廊下を真っ直ぐに進み、階段を降りた先にある半地下構造になっており、壁には暗い煉瓦が敷き詰められていて、明かりは天井に埋め込まれた小さなライトのみ。その下にはワインの入った樽が一列に並べて置かれていた。
「わぁー、凄く良い匂い! ジェード、好きだったよね?」
「あぁ。ここは上質なワインセラーだ。ふっ、素晴らしいな。」
「・・・ふふ。」
少年は熱い視線で壁の棚に置かれたワインボトルを眺める。そこには普段の無愛想さはなく、心なしか表情は柔らかくて、機嫌が良さそうだった。そんな彼の子どものような純粋さに、少女はクスッと微笑みながら、その楽しそうな姿を見つめるのだった。
「───あら、どなたですか?」
「「!?」」
そんな時だった。少年と少女の気配しかなかった静寂のワインセラーに、透き通るような女性の声が響いたのは。僅かな物音も足音もなく、その場に突然と現れたのは。二人が警戒しながらも咄嗟に振り返ると、そこには背の高い女性が静かに立っていた。
年齢は20代半ばほど、その作り物のように整った英国人寄りの顔は男のようにも女のようにも見える。美しい白髪は無造作に乱れたショートヘアに、着こなす服は男物のスーツなのか、少し大きいサイズの白いシャツに黒いスラックス、ジャケットは手に持っている。
少年と少女はその女性の姿を呆然と見つめながら静止していた。それは突然と現れた衝撃よりも、あるいは別の何かを感じたのかもしれない。
「あっ、勝手にごめんなさい、観光に来た者です!」
「お邪魔してます。」
二人の奇術師は同時に口を開いた。テルルは無礼を詫びるように、少し慌てながら。ジェードは僅かな違和感を感じながら、静かに探るように。
「なんだ、旅のお方でしたか、これはどうも───あら?」
「「?」」
それは女性が暗い場所から歩み寄ってきた時、天井の明かりに照らされた少年と少女の顔を、その姿を、その存在をはっきりと視認して、不意に言葉を途切れさせた。それから彼女は咄嗟に立ち止まって、その口元を隠すように手で顔を覆った後、その奥で不敵な笑みをこぼす。
「・・・あらら。少し早いなぁ。まだ機は熟していないというのに。」
「え?」
「っ?」
そして女性はなぜか面白くなさそうにして、小声で不可解なことを呟きながら、しかし逆に愉快そうに微笑み、その目を僅かに細めるのだった。




