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No.31「戦場のマジシャンライフ(2)」

 お互いに静止して睨み合う。その周囲では次々と銃声と悲鳴が鳴り響くが、二人のいる空間だけは奇妙なほど静かだ。しかしその静寂を破り、先に動いたのは狂気的な笑みを浮かべる女傭兵。


「ヒャッハー!!!!!」


「───っ!!」


 そこには何の思考も策略もない。ただ戦場での命の奪い合いに快楽を感じる者の突撃。そこに交す言葉などはあるはずもない。


「はっ、いいぞっ!!」


「くそっ!」


 マックスは必死に応戦しながらも悪態を吐くが、女傭兵は容赦なく両手の凶器を振り回す。しかもその動きは加速し続け、より正確に精密に。目の前の命を刈り取る為に。そして傭兵と軍人はお互いの体を斬り続けるのだ。


「ハッ!!!!」


「───っ!?」


 それはマックスが地面に落とした銃を咄嗟に拾った時だった。この状況であれば、銃を手にしたマックスに優位が動きそうであるが、むしろ女傭兵は恐ろしいほどの笑みを浮かべながら、その間合いの距離も詰めずに立ち止まった。


「ハハッ! 撃てよ!」


「───っ。」


 そして女は二対のナイフを研ぎながら、楽しそうに挑発するのだった。それに対して普通の人間であれば一瞬でも戸惑うところだが、マックスは躊躇せずに発砲した。


「なっ!?」


「ヒャハッ!!!!」


 しかし恐ろしいことに、その女傭兵は避けなかった。その瞬間、彼女は笑い声を上げながら正面に向かって走り出し、直線上に運ばれる小さな死を前にして、瞬きせずにアーミーナイフを横に払い、その弾丸を真っ二つに切断したのだ。


 その到底人間離れした女の技術に、マックスは目を見開いて驚くが、歴戦の軍人としての冷静さは揺るがずに、ひたすら銃を撃ち続けた。


「───ハハハッ!!!!」

「───っ!」


 女傭兵はその解き放たれた無数の銃弾を捌きながら、避けながら、弾きながら、その加速した足を稼働し続ける。そしてついにマックスは傭兵の接近と接触を許し、お互いに至近距離で揉み合いながら殺し合う。


「───あぁ!!?」


「───ぐっ!」


 その時、マックスの脇腹には鋭い刃が突き刺さったが、彼は苦悶の表情を浮かべながらも、その強靭な筋肉で受け止め固定した。女傭兵は即座に刃物を引き抜こうとしたが、その異常な肉体と精神力を前に、僅かに動きを停止してしまった。


「オォォォ!!!!」


 マックスはその決定的な刹那の隙を逃さずに、耳を裂くほどの雄叫びを上げながら、女の眼球にナイフを深々と突き刺して、そのまま顔面を殴るようにして吹き飛ばした。


「はぁ、はぁ、はぁ。」


 マックスは激しく息を切らしながら、出血の止まらない脇腹を押さえつけるも、湧き出たアドレナリンのおかげか痛みは感じなかった。むしろ、その感情は・・・


「───っ!」


 その時、彼の拳に吹き飛ばされた女が静かに立ち上がった。そして女はナイフの突き刺さったその目元を押さえつけ、その手に滴り落ちる自身の血を見つめて・・・


「───ハハッ、ギャハハハハッ!!!!」


「っ!?」


 それはもう盛大に笑い出した。その悪魔のような笑い声は、ただ何も気にせず愉快そうにして、その身が戦場の中であることも忘れているようだった。そして光を失った瞳に涙と血を浮かべて、腹の底から高らかな笑いを響かせる。


「オイオイッ、楽しくなってきたなぁ!!!!」


「・・・お前、イカれてんのか?」


「あぁ!?」


「こんな事、俺には何も楽しくない。何も感じない。こんな戦いなんて、クソみたいな気分だ。」


 マックスは止血する時間を稼ぐ為に口を動かした。しかし、その言葉は何よりも偽りのない本心でもあった。


「ハッ、お前だって戦場にいる以上、私と同じだろうが。」


「違う! 俺はお前らみたいなクソどもとは、こんな事に快楽を感じるような奴らとは、違う。」


「・・・へぇ。」


 マックスはその傭兵の言葉を否定した。戦場に生きる全ての者が国のため、仕事のため、快楽のためにと人を殺そうとも、俺だけは違うと。決して自分の欲だけに流されていないと。人としての道理からは外れてはいないと。


「どうしてそんな風に笑っていられる! どうしてお前らは普通に生きられないんだ!?」


「ククッ、ククク!」


「何がおかしい?」


 その在り方をマックスは蔑み、その女に罵倒を浴びせ続けるが、しかし彼女は静かに笑うだけだった。それは今までの悪魔のような狂気的な笑みではなく、ただ普通の人間のように、愉快そうに軽く微笑む。そして女傭兵はマックスの顔を指差しながら、彼のズレた疑問に素直に答えた。


「だってお前、笑ってるぜ。」


「───え。」


 その瞬間、マックスの思考は完全に停止した。その女の言っている事が何一つ分からなかった。しかし確かに男は笑っていた。それは生死を争う命懸けの戦闘の中、それは女と激しく斬り合っていた時も、それは女の眼球にナイフを突き刺して殴り飛ばした時も。そして、それは今この瞬間にも。男は無意識のうちに、ただ愉快そうに笑っていた。


「・・・こんな・・・まさか。」


 それは自覚なき悪意、潜んでいた異常、隠された本心。それを男も自覚してしまった。たった今、その真実の全てを知り、その頭で理解してしまった。彼は戦いを嫌悪する一方で、その心の奥底では戦いを好み、その精神と肉体は最も戦場に適していたのだ。彼にとって軍人とは、まさに天職であったのだ。


「・・・っ。」


「───おっ、あっちも終わったか、じゃあな、今夜は楽しかったぜ!」


 その時、月明かりの落ちる真夜中の密林では銃声が止んだ。二人の周囲で淡々と続いていた両陣営の戦いも終わり、この瞬間、この場は戦場ではなくなったのだ。


「ま、待て!」


 そしてマックスはその女傭兵を咄嗟に呼び止めた。彼のナイフにより片目を失う重症を負いながらも、この場から後腐れなく去ろうとするその背中を。

 

 その理由は男には分からなかった。否、まだ彼は知らないだけかもしれない。しかし、その男の必死な声に反応した女傭兵は立ち止まった。そして静かに振り返りながら、彼の姿を見下ろして小さく微笑んだ。


「ヒルデガルト、アインホルンだ。こいつは借りとくぜ。」


 女はナイフの突き刺さったままの右目を親指で示しながら、月明かりの届かない密林の闇に消えていく。


「・・・」


 それを男は無言で見送りながら、その暗闇を見つめ続けるのだった。


 それから止血を終えたマックスは周囲を警戒もせずに仲間のもとへ向かうと、そこには血の池に沈む死体と、その隣に倒れながら生死を彷徨っている軍人がいた。


「───助け、たすけ。」


「・・・」


 マックスは静かに彼らを見下ろす。それはもう死に向かうだけの存在。ただ呻き声を上げるだけの肉。もはや何をしても救うことが叶わない哀れな末路。それを前に男は銃を取り出し、その断末魔を無感情で始末する。そして最後に火を放って、壊滅した部隊を、そこに残った自身の形跡ごと、その全てを燃やし尽くした。こうして男は燃えたぎる密林の中に、己の死を偽装して、ようやく仕事を辞めるのだった。




 それから無職となった男はアジアを転々とし、軍人として稼いだ金が尽きるまで放浪を続けた。


「───さて、どうすっかな。」


 そして数年の時が経ち、男が命を燃やした戦争も呆気なく終わり、ついに全ての金も使い果たした時、彼は仕事を求めて欧州にいた。


「───ん?」


 その時だった。それに彼が出会ったのは。彼が通り過ぎようとしていた噴水のある広場で、偶然にもマジックショーを行う集団を見かけたのは。


「───っ!?」


 男は呆然と立ち止まり、自分の目を疑った。その光景を前に、開いた口が塞がらなかった。なぜならば、その奇術師たちの中には、あの密林で殺し合った女傭兵がいたのだから。それは決して見間違うはずのないピンク髪、黒い眼帯をつけた右目、悪魔のような笑みを浮かべる顔。しかし男の目には彼女の姿が別人のように見えた。その女が次々とマジックを披露する姿は、その顔に浮かべる楽しそうな笑みは、男が知らないモノだったから。男が知っていると傭兵とは別物であったから。


「・・・はは!」


 そして心底嬉しそうに笑った男は、その瞬間に再就職先を見つけるのだった。








「───ほんと、懐かしいな。」


「ギャハハ、おもしれーよな! あん時はお互いに死んだと思ってたからな!」


「そりゃそうだろ。あの戦闘狂がマジシャンやってるなんて、想像もできねーよ。」


「ハハッ、お互い様だ!」


「・・・ふっ、そうかもな。」


 二人の奇術師は酒を呑んで楽しそうに語らい合う。それはあの日の戦場のように、暗い密林の中で向かい合いながら。月明かりの下で、心地良さそうに笑い合いながら。あの色褪せない戦いを懐かしみ酒を呑み干す。

 

「───ん?」


 しかし二人が新しい酒を追加しようとした時だった。彼らの耳は密林の暗闇から微かな物音を捉え、その忍び寄る存在を感知する。そして暗い木々の奥から這い出てきたのは、その首に錆びた鎖をつけ、その牙を血に染めた三頭の虎だった。


「おいマックス、私ら餌に見られてるぜ!」


「まったく、どっから逃げ出してきたのやら。まぁ、昼間の武装ゲリラ共の差金かもな。」


「それなら今すぐ蹴散らして、あー、ヤベェな!!!!」


「おい何して、おっ、まずい、な。」


 その身に迫り来る猛獣たちを前に、彼らは即座に立ち上がったが、しかしその状態は酷い有り様だった。男は平衡感覚を保たずに膝をつき、女は激しく目を回して目線が定まらない。そう、彼らは完全に酔っ払っているのだ。


「ギャハハハ死ぬ死ぬ!!!!」


「だから笑ってる場合かぁぁ!!!!」


 そして次の瞬間にはその牙と爪を光らせながら襲いくる猛獣。男は身構えながら絶叫し、女は棒立ちで笑っていた。


「「!?」」


 しかし、その鋭い牙と爪も彼らの身に届くことはなかった。その瞬間、飛び出した猛獣たちの足元からは氷柱が現れて、その胴体を氷漬けにした。そして熱帯の密林に漂う冷気を前に、顔を見合わせた二人が後ろを振り返ると、そこには眠たそうに手を伸ばす少年がいた。


「ギャハハ、今のはヤバかったな!!!!」

「ふぅ、マジで死ぬかと思った。助かったぜジェード!」


「・・・はぁ、お前らな。」


 あと一歩で重症、あるいは死んでいたというのに、全く反省の色のない酔っ払い二人。呆れる少年はその姿を蔑んだ目で見つめ、大きなため息を吐く。


「ヨシッ、ジェードも呑むか!」


「え。」


「ははっ、それは良い! 今日は朝まで呑むぞ!」


「おいマックス!」


「オラァ!! ギャハハハ!!」


「ハハハッ!」


 ヒルデガルトは少年の口を無理矢理こじ開け、それをマックスは止めもせずに笑い続ける。先ほどまで死にかけていた酔っ払いたちの洗礼。


「・・・はぁ。仕方ない。」


 しかし意外なことに、少年は迷惑そうにしながらも、その強引な誘いに快く応じる。それほどまでに、その男と女の酒の席は楽しそうだったのだ。それから再び始まった夜の宴、豪快に酒を酌み交わす奇術師三人。彼らの高らかな笑い声は、月明かりの差し込む薄暗い密林に、夜通し響き渡るのだった。


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