第19話 駅前ルームカフェ
駅前のカフェ“ルームカフェ”。
白を基調とした内装に、木目調のテーブルが並ぶ。壁際には整然と並ぶ観葉植物、カウンターから漂う甘いラテアートの匂い。
潮多工業の荒んだ空気とは、まるで別世界だった。
「……ここ、俺ら場違いじゃね?」
ゴウキがジャケットの襟を直しながら小声でつぶやく。
「大丈夫だ。服は……まぁ、そこそこマシだ」
ジンキが淡々と返す。だがチェックシャツ姿のコウスケはすでに縮こまっていた。
「……俺、帰りたい」
「バカ、ここまで来て帰るとかねぇだろ!」
ガラス越しに店内をのぞいた三人は、一瞬で息を呑んだ。
既に女子三人が到着している。
うち二人は、学校で“お馴染み”のバケモノ。
鮮やかな金髪に唇ピアス、やたらタイトなスカートに網タイツ。背も高く、椅子に座っているだけで異様な威圧感を放っていた。
(……もう動物園だろ、これ)三人の脳裏に同じ言葉が浮かぶ。
だが、もう一人──。
端の席にちょこんと座っていた黒髪清楚が、小さく会釈をした。
「……はじめまして。ひとみって言います」
透明感、という言葉が音になって聞こえるレベルだった。
髪は肩までのストレート、制服も規定通り、化粧もほとんどなし。
まるでこの空間だけが切り取られて別世界のようで、三人の視線は磁石のように釘付けになった。
「好きです……じゃなくてゴウキです!」
「ジンキ」
「コウスケ……です(小声)」
――最悪の自己紹介。ゴウキは頭を抱えそうになった。
―
ドリンクを頼む間も、三人はそわそわして落ち着かない。
カフェラテが届くと同時に、ゴウキが前のめりになった。
「ひとみちゃん、趣味は?」
「部活は?」
「犬派?猫派?」
「身長、何センチまでOK?」
まるで就活面接。質問の嵐にひとみは目を瞬かせたが、それでも微笑んで一つひとつ丁寧に答えた。
読書、映画、神社巡り。落ち着いた休日の過ごし方。
三人はそれぞれ「へぇ~」「いいな」「俺も神社好き」と頷くが、誰も神社に行ったことなどなかった。
隣のバケモノ二人は、ついに眉間にシワを寄せ、テーブルを指でトントン叩いた。
「ちょっとアンタら、感じ悪いんだけど?」
低い声が響くが、三人は全員聞こえないふり。
(いやだって、可愛い方に行くだろ普通……!)
核心の質問が飛ぶ。
「タイプは?」ゴウキが息を潜める。
ひとみは少し考え、頬を赤くして答えた。
「……大きくて、強そうな人が好き、かな」
「よっしゃぁぁぁぁぁ!」
ゴウキはガッツポーズ。思わず椅子がギシッと鳴った。
ジンキはほんの少し肩を落とし、コウスケは氷水を一気飲みして誤魔化す。
「うるせぇな!」とバケモノ二人が声を荒げるが、ゴウキは耳に入っていなかった。
―
会話はその後も穏やかに続き、ひとみは終始にこやか。
だが隣の二人は不機嫌MAX。最終的に「もう帰る!」とグラスを乱暴に置き、先に席を立ってしまった。
ルームカフェの空気が一瞬で軽くなる。
残されたのは、三人とひとみ。
ひとみはスマホを取り出し、柔らかい声で言った。
「じゃあ、連絡先……交換してもいい?」
光の速さでQRを差し出すゴウキ。
その横でコウスケもそっと差し出し、ジンキは一瞬迷ってから「……一応」と登録した。
会計を済ませて店を出ると、ひとみは外までついてきて小さく微笑む。
「今日はありがとう。また、今度ね」
その笑顔に、ゴウキは頬の筋肉が緩むのを止められなかった。
「こちらこそ!」
―
駅前に残った三人。
ゴウキは鼻歌交じりでふんぞり返る。
「やっぱ俺のほうがモテるみたいだな、ジンキ」
「……別に興味ねぇし」ジンキはそっぽを向いたが、声のトーンは半音沈んでいる。
コウスケは空を見上げて、心の中でぼやいた。
(この二人の隣で俺がモテる世界線は、どこに……)
春風が吹き抜け、三人の帰り道は妙に静かだった。
だが全員の胸の奥には、ひとみの笑顔が焼き付いていた。
――誰もまだ知らない。
その笑顔が後に、ゴウキを試す“罠”の始まりになることを。
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