第17話 双天鬼の再来
昼下がりの街は、まだ戦いの余波を噛みしめていた。
校舎の中で繰り広げられたゴウキとマッスルの死闘。
あの場に居合わせた生徒の一人が、こっそりスマホで撮影していた映像は、すでにSNSや掲示板に拡散され始めていた。
「おい見ろよ、マッスルが一本背負いされてんぞ!」
「潮多工業の三年トップが……一年に負けた!?ありえねぇだろ!」
「いや、現実だ。しかも二人組……ゴウキとジンキ、“鬼”の字を背負ってるらしいぞ」
その呼び名は、自然と形を変えていく。
力で相手をねじ伏せた大柄なゴウキ。
俊敏さと冷静さで敵を翻弄したジンキ。
二人の存在は、誰もが「二人の鬼」と口にするのにふさわしかった。
「双天鬼……」
「ゴウキとジンキ、あの二人はマジでバケモンだ……」
いつしか、その名は街にまで響き渡っていく。
苗字と名前に“鬼”を抱く二人が肩を並べて戦う姿は、ただの偶然ではなく、運命のように人々の心を揺さぶった。
―
放課後、二人は街外れのアパートへと足を運んでいた。
そこには――無理やり巻き込まれ、傷だらけになった男が療養していた。
「……よぉ、コウスケ。生きてっか?」
玄関をガラリと開けて、ゴウキがずかずかと入ってくる。
その後ろにジンキも静かに続いた。
ベッドの上で布団にくるまっていたコウスケは、驚いた顔で二人を見た。
「な、なんだよ……お前ら……!」
「ちょっと顔見に来ただけだ」
ゴウキはコンビニ袋を置いた。中には弁当とスポーツドリンク。
「あとついでに報告。……マッスル、やっちまった」
「……は?」
コウスケの目が大きく見開かれた。
「あ、あの三年のトップを!?お前ら、冗談だろ……」
「冗談に聞こえるか?」
ゴウキは肩を揺らして笑った。
「まぁ、案外あっけなかったぜ。筋肉だけじゃ大したことねぇ」
「……お前ら……ほんとにバケモノだな」
コウスケは布団の上で震えた。驚きと同時に、なぜか笑みがこぼれる。
だが、その空気を切り裂くように、ジンキが口を開いた。
「……コウスケ」
その声は真剣で、静かで、重かった。
「これから……俺らは嫌でも危険な目に合うだろう。街全体が敵に回ることもあるかもしれない」
ジンキは目を細め、布団に横たわる友を見下ろした。
「もし俺らと一緒にいるなら……お前もまた、危ない目に遭う。……この前みたいにな」
コウスケは、言葉を失った。
その通りだった。実際に、自分はアフロたち殴られ、踏みつけられた。命だって危なかった。
「だから……」
ジンキは深く息を吐いた。
「俺たちはお前を嫌ってるわけじゃない。むしろ……友達だと思ってる。だからこそ――これからは俺たちと距離を置け」
沈黙。
部屋の時計の針の音だけが響く。
コウスケはしばらく視線を落とし、拳を握りしめる。
そして、血のにじんだ唇をゆっくりと動かした。
「……嫌だね」
その声はかすれていたが、力強かった。
「友達って、そんな簡単なもんじゃねぇよ。危ないとか……そんなの関係ねぇ。俺はもう……お前らのことが好きになっちまったんだよ。放っとけるわけねぇだろ」
ゴウキはぽかんと口を開け、次の瞬間にふっと笑った。
「……だとよ、ジンキ」
ジンキも目を閉じて小さく笑う。
「……まったく、しょうがねぇ奴だ」
「だったら――逃げ足ぐらいは鍛えとけよ」
二人は声を合わせて言い、笑った。
コウスケも思わず吹き出す。
「ハハッ……なんだよそれ」
笑い声は小さな部屋を温めた。
―
その頃。
街ではすでに噂が膨れ上がっていた。
SNSには無数のコメント。
「マッスルがやられた!?」
「二人の鬼だ!」
「ゴウキとジンキ……“双天鬼”!?」
その言葉に、多くの不良たちが息を呑んでいた。
マッスルはただの学校のトップではない。街でも一目置かれる存在で、数々の喧嘩を制し、地元の外にまで名を轟かせていた。
そのマッスルを、わずか一年二人組が倒した――。
それはもう伝説に近い出来事だった。
「双天鬼……また街に現れたのか」
古株の不良たちは、どこか懐かしげに呟いた。
十数年前の伝説ではなく、まったく新しい鬼たちの物語が始まろうとしていた。
嵐の予感が街を包む。
だがその中心にいる二人は――ただ笑っていた。
仲間と、拳と、青春を求めて。
新たな伝説が、今動き出したのだった。
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