第16話 潮多頂上戦、隠された力
廊下はまだ騒然としていた。
ジンキの動きにより二十人の取り巻きはすでに壊滅状態。呻き声を漏らし、床に転がる者たちを尻目に、ジンキは背筋を伸ばし、残された二人を見据えた。
ゴウキとマッスル。
廊下の中央に対峙する巨躯二つ。
空気が重く張り詰め、周囲にいた不良どもは口をつぐんで二人を凝視していた。
「……あの筋肉ゴリラと正面からやり合うか」
ジンキは口角を吊り上げ、壁にもたれた。
「さて、見物させてもらうぜ」
その余裕ぶりが、マッスルの神経を逆撫でした。
「……チッ、観戦してやがるか。なめやがって……。だったら一人潰して、笑えねぇようにしてやる」
マッスルは鼻を鳴らし、構えを取った。拳を前に突き出し、膨張する筋肉を震わせる。
ゴウキも一歩踏み込み、両肩を揺らしながら腕を構える。
「行くぞォッ!!!」
マッスルの咆哮とともに、分厚い拳がゴウキの顔面を狙って迫った。
―
その瞬間。
ゴウキは半身になり、相手の腕をがっちりと掴んだ。
次の動作は一瞬だった。腰を深く入れ、巨体を背に背負い上げる。
「おおおッ!!!」
バギィィィィッ!!
マッスルの体が宙を舞い、背中から床へと叩き落とされた。
床板が悲鳴を上げ、粉塵が舞う。
「ぐおっ……!!」
鈍い声が響き、巨体が震えた。
廊下に一瞬、静寂が広がる。
その沈黙を破ったのはジンキだった。
にやりと笑い、肩を揺らす。
「……出たな。柔道技、一本背負い……」
観戦していた取り巻きどもはどよめいた。
「今の、なんだ……?」
「マッスルが……背負い投げられた……だと!?」
ゴウキは振り返らず、マッスルに低く言い放った。
「立てよ。まだ終わってねぇだろ」
―
マッスルは背中の痛みに顔を歪め、歯を食いしばりながら立ち上がった。
「……てめぇ……!」
両拳を握り直し、今度は腕ではなく脚を振り上げる。
「食らえェッ!!!」
狙いはゴウキの太腿。骨を砕くつもりでのローキックだった。
だが――。
ゴウキは冷笑を浮かべた。
「なんだ、その下手くそな蹴りはよ」
ズシッ!と地を踏みしめ、振り抜かれた足をガッチリと両腕で捕らえる。
「なッ!?」
マッスルの目が見開かれる。
「“朽木倒し”って技、知ってるか?」
ゴウキはそのまま低く腰を落とし、掴んだ足を支点にして体を崩す。
――朽木倒し。
柔道の基本技のひとつ。相手の片足を掴み、そのまま体勢を崩して倒す技。
大木が根こそぎ倒れるように、相手は後ろへ吹き飛ぶ。
「うおおおッ!!!」
バギィィィィンッ!
マッスルは背中から床に叩き落とされ、衝撃で息を失った。
その上に馬乗りになるように、ゴウキは腕を回し――即座に絞め技へ移行する。
「がっ……ぐっ……!!」
首を極められ、マッスルの顔が赤黒く変色していく。
「ば……バカな……俺が……こんな……!!」
必死に腕を掻きむしるが、ゴウキの腕は鉄の輪のように締め上げられ、逃れられない。
「落ちろ」
冷たい声が落ちた瞬間――
ガクリ、とマッスルの巨体が脱力した。
―
静寂。
次の瞬間、廊下全体がどよめきに包まれた。
「マッスルが……!?」
「三年のトップが……やられた……だと!?」
「一年が……頂点を……!?」
騒然とする周囲を、ジンキは腕を組んで見渡した。
そして、にやりと笑った。
「……さすがだな。柔道日本チャンピオン」
その声に、ゴウキは肩をすくめて立ち上がる。
汗を拭いながら、淡々と吐き捨てた。
「……終わりだ」
床に横たわるマッスル。動かないその姿が、すべてを物語っていた。
潮多工業の頂点を賭けた戦いは、ここに決着した。
ゴウキとジンキ――二人の名は、この瞬間から伝説となったのだ。
ここまでお読みくださり感謝です!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をポチッとお願いします。励みになります!