第15話 暴力の宴、潮多の決戦
潮多工業の校舎は、昼間のざわめきが消え、夕暮れの静けさに包まれていた。
だが二年フロアの廊下だけは別だった。異様な緊張とざわめきが渦巻き、まるで祭りの前のような騒がしさを孕んでいた。
ゴウキとジンキは、何十もの視線に射抜かれながらも一歩も引かず立っていた。
その正面には、潮多工業の頂点に君臨する三年――藤家。
誰もが「マッスル」と呼ぶ男。漆黒のジャージの下からはち切れんばかりの筋肉を誇示し、鋭い眼光をギラつかせている。
「……なるほどな」
マッスルは腕を組んだまま、顎をしゃくった。
「ガキの分際でここまで来た根性は買ってやる。だがな――」
ドス、と靴底が床を叩いた瞬間、背後に並んでいた二年・三年の取り巻きがざっと前へ出る。
その数、二十人。
廊下の両側を完全に埋め尽くし、逃げ場を与えない布陣だった。
「――ここで終わりだ。一年が調子に乗るのも今日で最後にしてやる」
マッスルの声が廊下に響く。
それは鉄槌のような宣告であり、集まった取り巻きどもにとっては戦闘開始の合図だった。
ゴウキは鼻で笑った。
「……数だけは立派だな」
その横でジンキが肩を竦め、ひとつ息を吐いた。
「雑魚は俺が片付ける。お前は……あの筋肉ゴリラをやれ」
「おいおい、いいのかよ? 譲ってもらっちまって」
ゴウキがニヤリと笑うと、ジンキは口角を少しだけ上げた。
「むしろお似合いだろ。ゴリラ同士の殴り合いってやつだ」
「ふざけんな!」
ゴウキが吠えるが、その眼差しがマッスルを射抜いた瞬間、もう冗談はなかった。
氷のように冷たい視線。
血が滾るのを抑え込むように、拳を握りしめる。
「……でもまぁ、いいだろ。決着つけてやるよ」
―
最初に動いたのは取り巻きだった。
「行けぇッ!」という誰かの声とともに、一斉に飛びかかってくる。
だがゴウキは迷わなかった。
「どけッ!!」
咆哮とともに、巨体を揺らして一直線にマッスルへと突っ込む。
その進路を邪魔する不良どもは、片手で薙ぎ払うように吹き飛ばされ、ロッカーや窓に激突して呻き声を上げた。
「止めろッ! 止めろォッ!」
誰かが叫んでも、ゴウキの突進は止まらない。
まるで戦車。
その軌道上に立つ者はすべて壁に叩きつけられ、道は一直線に開かれていく。
「上等だ、一年ッ!」
マッスルが吼え、分厚い拳を振り抜く。
その軌道は空気を裂き、爆ぜるような風音を生んだ。
ゴウキも拳を構える。
「うおおおッ!!!」
ドガァァァァァン!!!
鉄骨が軋むような衝撃音。
空気が揺れ、廊下全体が震える。
拳と拳が真正面からぶつかり合った。
取り巻きの不良たちが思わず耳を塞ぐほどの衝撃。
だが――吹き飛んだのは、マッスルの方だった。
「なッ……!?」
巨体が数メートルも後退し、背後の壁に叩きつけられる。
床板が悲鳴を上げ、壁のコンクリートがヒビ割れた。
廊下に静寂が訪れる。
誰もが信じられない光景に凍り付いていた。
ゴウキは拳を下ろし、口の端を吊り上げた。
「……見掛け倒しの筋肉だな」
マッスルの顔が歪む。
生まれて初めて味わう屈辱に、表情を制御できない。
―
一方その頃。
廊下のもう片側では、ジンキが静かに呼吸を整えていた。
「さて……残りはこっちか」
迫り来る十数人の取り巻き。
棍棒、鉄パイプ、木刀。手にした武器はさまざまだ。
「殺れぇッ!!」
怒声とともに一斉に襲い掛かる。
だが、ジンキの姿はすでにそこにはなかった。
「なっ……どこに……!?」
次の瞬間。
「ガッ!」
背後を取られた男が膝裏を蹴られ、崩れ落ちる。
「ぐはッ!」
別の男は鳩尾に肘を突き立てられ、目を白黒させて倒れ込む。
ジンキの動きはまるでサーカスの軽業師。
狭い廊下を縦横無尽に駆け回り、壁を蹴って跳ね、天井の鉄骨を掴んで逆さに回転。
その一瞬の空中から、鋭い蹴りを放って敵を弾き飛ばす。
「な、なんだあの動き……!」
取り巻きの誰かが叫ぶ。
「化け物……!」
ジンキは冷ややかに笑った。
「……雑魚は数を揃えても雑魚だ」
次々と床に転がっていく二年・三年の取り巻きたち。
鉄パイプがカランと転がり、呻き声だけが残る。
ジンキは足を止めず、倒れた相手を一瞥しては次の標的へ跳び移る。
「ここまで派手にやれば……さすがに女の子の目にも入るだろ」
心の中で、そんな不謹慎な願望さえ浮かべていた。
しかし現実には――廊下に女子生徒など一人もいない。
「……やっぱりいねぇのか」
ジンキは小さく溜め息を吐いた。
それでもその表情には、ほんの僅かな笑みが混じっていた。
―
マッスルは壁から立ち上がった。
顔を歪ませ、拳を握り直す。
「……お前ら……ただのガキじゃねぇな」
ゴウキがゆっくりと歩み寄る。
足音が重い。
廊下にいた誰もがその音に震えを覚えた。
「俺らは別にトップを目指してるわけじゃねぇ」
ゴウキの声は低く、怒気を含んでいた。
「だがな……仲間に手を出した時点で、もう後戻りはできねぇんだよ」
再び火花が散る。
巨体同士の激突を前に、誰もが息を呑んだ。
潮多工業の決戦は、今まさに始まろうとしていた。
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