第11話 沈むプライド
潮多工業高校――。
その日も昇降口から始まる噂話は、校舎中に瞬く間に広がっていた。
「おい聞いたか? 二年のトップ、ガリバーがやられたってよ!」
「しかも一年にだぞ!? 二人組!」
「……もう一年の双璧だな、アイツらは」
ざわめきは休み時間になるごとに増幅していき、クラス中がその話題で持ちきりだった。
―
昼休み。
ゴウキとジンキは弁当を広げていた。
だが、周囲を取り囲むのは――妙にゴツい女子たちだった。
髪を金や紫に染め、腕にはやたらと太いブレスレット。しかも体格は男子顔負け。
「すごいねーアンタら!」
「うちの男よりよっぽど頼りになるわ!」
「よかったらさ、アタシらと遊ばない?」
――バケモノみたいな女子たちが群がってくる。
「……」
「……」
二人は揃ってため息をついた。
「なぁジンキ」ゴウキが小声で言う。
「これって……モテ期ってやつか?」
「……いや、違うだろ」ジンキは即答した。
「普通にバケモノに好かれてるだけだ」
「……だよな」
二人の落胆は深かった。
―
そんな光景を、少し離れた窓際から睨みつけている男がいた。
香田。
背はジンキと同じ程度で特別大きくはない。だが目つきは鋭く、纏う空気は不良そのもの。
中学の頃は頭を張っていて、「潮多工業に鳴物入りで入学した一年」として注目されていた。
香田は、拳を握りしめながら心の中で呟いた。
(……俺が本物の一年のトップだ。ガリバー倒したからって調子に乗りやがって……納得できるかよ)
―
放課後。
「おーし! ゲーセンでも行くか!」
コウスケがニコニコ顔で提案する。
「悪くねぇな」
ゴウキが伸びをし、ジンキも肩を回す。
三人で昇降口を出た、そのときだった。
「おい」
低い声。
振り返ると、そこに香田が立っていた。
「……お前らが、最近勝手に“一年のトップ”みてぇに言われてる奴らか」
鋭い目つきで睨みつけ、唇の端を吊り上げる。
「悪いがな……俺は納得できねぇ。だから、今ここでタイマンだ。俺と勝負しろ」
空気がピリッと張り詰めた。
周囲の生徒たちが息を呑み、立ち止まる。
―
「な、なんだよ……香田じゃねぇか」
誰かが囁く。
「中学んときから喧嘩ばっかしてて、タイマンじゃ負けなしって噂だぞ」
コウスケが慌てて小声で解説する。
「二人とも気をつけろよ! アイツ、実際マジで強いから!」
だがゴウキは――
「……一人で来るのは好感持てるな」
そう呟いて、前に出た。
「よし、俺が相手しよう」
―
香田はニヤリと笑った。
「へぇ……デカいのが出てくるのか。ありがてぇな」
「デカいだけの奴なんて、今までいくらでも沈めてきた」
その声は妙に自信に満ちていた。
「教えてやるよ。デカい奴は――膝が弱いんだよ!」
一瞬で間合いを詰め、ゴウキの膝へローキックを叩き込む。
ガツッ!!
……が。
ゴウキは微動だにしなかった。
「……は?」
香田の目が一瞬、泳ぐ。
その刹那。
ゴウキの拳が振り抜かれた。
「どりゃあッ!!!」
ドガァァァァンッ!!!
鈍い破裂音。
香田の体は数メートル宙を舞い、そのまま背中から校舎脇の壁に激突した。
「ぐはっ……!」
崩れ落ちる。
泡を吹き、昏倒。
―
沈黙。
「……な、なにあのパワー……」
コウスケが震え声を上げる。
ゴウキは肩を回して、ぼそりと言った。
「なんだ、膝がどうとか言ってなかったか?」
ジンキは腕を組み、ふっと笑った。
「……あいつを人間だと思わない方がいい」
周囲の生徒たちは恐怖と驚愕で立ち尽くしていた。
香田――「一年最強」と目されていた男が、一撃で沈められたのだ。
潮多工業高校の序列は、ここで大きく動いた。
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