怪しい高木裕太
早乙女あつ子は富田可奈子という偽名を名乗って面接を受けに来た。重い足取りで恐る恐る部屋の前まできた。だが肝心の高木裕太は出てこなかった。早乙女あつ子は自分の存在を示すために咳払いをしてからドアをノックした。躊躇いつつ応対を待つが出てこない。
『仕方ない』と早乙女あつ子は思いながら、返事はなかったが部屋の中に一気に入ってみるとモワッとした煩わしい空気を肌に感じて目をしかめた。何らかの薬品のような、喉が締め付けられるような、イ辛い匂いがした。今どきの若い男性が付ける流行りの香水にも似た匂いだった。
薄暗い部屋の中は、天井に銀色の小型のミラーボールが回転しながら点滅していて、アロマオイルのロウソクがテーブルに並べられていた。壁にはアニメのポスターが数枚並んで貼られていて、床には畳が敷き詰められていた。黒いソファーと2つの黒いクッション、部屋の隅には片目が取れた本物のツキノワグマの剥製があった。剥製の隣にはグレー色の鉄の扉があった。早乙女あつ子は鉄の扉の前に来て扉を開けようとした。
「富田可奈子さん?」
早乙女あつ子は飛び上がった。
「は、はい」
「ようこそ。早速、面接を開始します」
高木裕太は口元に薄笑いを浮かべてソファーに座るように促した。
早乙女あつ子はソファー座った。
高木裕太は痩せていて神経質そうな色白のヤサ男だった。血の気のない青白い顔が不気味さを漂わせていた。身長180センチくらいはあった。左の耳たぶに金色のピアスをしていた。時間帯もあるが、ちょっと汗臭かった。
「富田さん、早速ですが自己紹介をお願いします」
「富田可奈子です。じゅ、19歳です。大学生です」
高木裕太はじっくりと早乙女あつ子を見ていた。
「アルバイトは初めてですか?」
「は、はい」
「キャバクラですが、変な客を相手に仕事をするのは耐えられますか?」
「は、はい、大丈夫です」
「よし、わかりました。いいでしょう。富田さんは美人すぎるほど美人だ。是非、うちで働いてもらいたいところだが、こんなに美人だと、何か裏があるんじゃないのかな? フフフ」
「ははは」
「まあ、よろしい。合格としましょう。早速ですが2次面接を始めます」
「に、2次面接!?」
「キャバクラ『いちごソーダ』ではお客様を楽しませるために、12時になると『女王のイタズラ』というイベントがあります」
「じょ、女王のイタズラ!?」
「ええ。先着2名様のお客様をムチでシバくというイベントです。10分間耐えられたら、キャバクラ『いちごソータ』の2万円分の割引き券とお気に入りのキャバ嬢との連絡先の交換をプレゼントするというイベントなんです」
「は、はぁ。な、なるほど」
「富田さん、怖がらないでください。単なるイベントですから。フフフッ」
「ははは」
「富田さんはムチを振り回したことがありますか?」
「な、ないです」
「よろしい。では、私、高木裕太に向かってムチでぶってください」
「いいんですか?」
「大丈夫です。さあ」
高木裕太はテーブルの引き出しを開けると使い慣れた年期あるムチを取り出した。高木裕太は服を脱いでブリーフ一丁の姿になると、一旦、席を外して奥の部屋に行き、すぐに戻ってきて、手にはライターとロウソクを握っていた。高木裕太はロウソクに火を点けた。早乙女あつ子にムチとロウソクを手渡した。
その時、何処から、か細く泣き声のようなものがした。
早乙女あつ子は息を止めると再び泣き声がするのを待った。
早乙女あつ子は何気なく高木裕太を見ると、高木裕太は早乙女あつ子をにらみつけていた。
泣き声はしなかった。
「富田さん、どうしました?」
「い、いえ」
「では、富田さん。私をムチで打ちながらロウソクを体中のあっちこっちに垂らしてください。言っておきますが、私は打たれ強いので気にせずにどうぞ。フフフッ」初めて高木裕太の顔に血の気が現れた。
「高木!! この野郎!!」
ビシッ
ビシッ
ビシッ
ロウソクをタラリン
タラリン
タラリン
「富田さんってば!! ちょっと、待って待って!!」と高木裕太は再び血の気が引いたように青ざめながら言った。
「なんですか?」
「う、う、上手すぎるね……」
「ありがとうございます! 痛かったですか?」
「いやいや、全然大丈夫。では、もう一度」
「高木!! この野郎!! 私を女王様とお呼び!!」
ビシッ
ビシッ
ビシッ
バキッ!
「富田さん、ちょっと待ってよね!!」
「はい?」
「今さ、一発、私の顔を殴らなかった?」
「あまり覚えてません」
「あっ、そう。覚えてないんだ。今ね、私の顔が痛かった」
「あっ、そうですか」
「うん。凄く顔が痛い。よし、富田さん。2次面接も合格です」
「ありがとうございます」
「う、うん。明日から頑張ってね」と高木裕太は腫れ上がったほっぺたと鼻血を出しながら早乙女あつ子こと富田可奈子に合格を告げた。
つづく




