檸檬クラブとマスタングのオバさん
早乙女あつ子は全裸で黒い覆面パトカーを運転する大和愛人警部の助手席に座っていた。いよいよDeliciousアルマジロマンションの509号室に住む高木裕太という男の部屋のキャバクラ『いちごソーダ』で面接をしてくるのだった。時刻は夜の10時になろうとしていた。
「早乙女、面接はカマトトぶれよ。清楚に振る舞え。引っ込み思案のナイーヴな女子高生のイメージだ。ウブな生娘になりきれ」
「できるかどうか、ちょっと難しい感じなんっすよね〜」
「バカ野郎、弱気になるなよ。早乙女はSMの女王様だろう? 日本一のSMの女王様だろうが。自分の気持ちを強く持てよ!」
「は、はい」
急に車が渋滞して混雑してきた。こんな時間帯に珍しい。なかなか車は前に進まなかった。
後方から消防車と救急車とパトカーと石焼き芋屋さんのトラックと暴走族まで現れた。大和愛人警部は訝っていた。あまりにも車が動かないのだ。大和愛人警部は車から出た方がいいか迷った。至る所でクラクションや怒号が聞こえてきたからだ。右折しようとする大型のトラックまでもが交差点内で停まっていた。
暴走族のリーダーらしい男と大型トラックの運転手が路上に出て揉めているようだ。しかも、石焼き芋のトラックの運転手も降りてきていた。
大和愛人警部は無線で嵐が丘警察署に連絡することにした。
『こちら大和、ガーッ、応答願います。ガーッガーッ』
『ガーッ、はい、こちら嵐が丘警察署、交通担当の前崎です。ガーッガーッガーッ』
『国道357号線が渋滞していて車が動かない。ガーッ、ガーッ、ガーッ、ガーッ』
『わかりました。ガーッ、国道357号線ですね、ガーッ、ガーッ、交通部隊のマスタングのオバさんが向かっています。ガーッ、ガーッ』
『マスタングのオバさんひとりか? ガーッ、ガーッ』
『マスタングのオバさんの部下が30人ほど青バイに乗って向かっています。ガーッ、ガーッ』
『了解。ガーッ』
大和愛人警部は無線を終えると早乙女あつ子の顔を見た。
「早乙女、だとさ」
「マスタングのオバさんですか。ヤバくないですか。マスタングのオバさんは元日本最強の暴走族の『檸檬クラブ』の総統、トップでしたよね? 血気盛んなオバさんですよ」と早乙女あつ子は心配そうに言った。
『大丈夫だろう。もうマスタングのオバさんは68歳だしさ。嵐が丘警察署には定年制を廃止しているから好きなだけ働けるからな。うちには98歳の刑事だっているんだ。マスタングのオバさんがキレることはないだろう。はははは』と大和愛人警部は笑い飛ばしながら言った。
『しかし、大和愛人警部。青バイですよ……』と早乙女あつ子は怯えた口調で言った。
マスタングのオバさん。元日本最強の暴走族『檸檬クラブ』のドン。若い頃、関東一帯にいた1万人の暴走族を束ねていたドン。当時から愛車はマスタングで、バイク乗りの名人でもあり、現役バリバリの頃は750CCのバイクを乗り回して365日間荒れ狂っていた。バイクの巧さは天下一品で、電線を綱渡りのようにして渡る事ができる奇跡の技術があったり、バイクで2000メートルの冬の山に登って頂上に着くと、そこから一気に290キロのスピードを出して滑走したり、酸素ボンベなしでバイクで海の中に潜って屈斜路湖のクッシーを捕まえたり、タチの悪いマーメイドを捕まえたりしたこともあった。マスタングのオバさんはケンカも強くて、毎日、朝から晩までケンカ三昧だった。武勇伝の1つで、マスタングのオバさんVS1000人の不良とケンカをして勝った伝説も残していた。マスタングのオバさんは独学で武術を会得していたようだ。どんな武術かは知らない。最近のマスタングのオバさんはバイクではなく、ほとんどマスタングに乗っている。事情がありマスタングのオバさんの本名は非公開だ。
青バイ。青バイは白バイのいとこのような存在だ。白バイは聖なる使者のように清く正しく美しくがモットーの光のような仕事をするチームだが、青バイはヤバい。闇に潜む荒れ狂れどものいる組織だ。青バイはマスタングのオバさんが作った組織でもある。噂によりと元『檸檬クラブ』にいた者たちを集めて作ったチームだとの話もある。
「どけ!! このクソども!!」と後ろからメガホンの声が聞こえてきた。マスタングのオバさんの声だ。
マスタングのオバさんがマスタングに乗って青バイと共にやってきた。渋滞していた車が一斉に左右に開いていった。
「おい、テメェ、邪魔だ。どけろ!!」とマスタングのオバさんは大和愛人警部と早乙女あつ子が乗る黒の覆面パトカーの後ろに着いてクラクションと怒声を出しまくっていた。青バイもクラクションと怒声を出しまくっていた。
つづく




