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キャバクラ『パック』No.1キャバ嬢のエリコ

一方のエリコは突然来たお客に素早く対応をしていた。お客の名前は山本珍太という零細企業の社長をしているらしい若者を装った中年のおっさんだった。


「はずめますてぇ〜。会員番号1番のエリコでぇーす」とキャバ嬢のエリコは愛想よく元気いっぱいに言った。エリコはNo.1のキャバ嬢なのである。


「いやぁ~、エリコちゃん。プリプリしてるねぇ〜」と社長の山本珍太は嬉しそうに言った。


「プリプリだなんてそんな。わたすは生きの良いサバやタイじゃないですから。止めてくださいまし」とエリコは言った。


「あはははは。例えが悪いねぇ〜。私はマリリン・モンローみたいなプリプリさをイメージして言ったんだよ」と社長の山本珍太は嬉しそう笑った。


「せめてブルック・シールズならもっと素直に喜べたかも。あえて王道のマリリン・モンローだなんて、なにさ、も〜う。いやんだぁ、恥ずかす〜ぅ」とエリコはまんざらでもない喜びを見せて言った。


「社長さん、何を飲みますか?」とエリコは言ってメニューを差し出した。


「とりあえず、牛乳」と社長の山本珍太は真面目な顔をして言った。


「いやんいやん。牛乳はありませ〜ん。まったくもーう」とエリコは両手を上げて言った。


「あはははは。じゃあ、ココア」と社長の山本珍太はめげずにボケを言った。


「ここはココアはありませーん。いやだーん」とエリコはぶりっ子しながら言った。


「あは、あは、あはははは。よし、わかった。じゃあ養命酒を貰おうかな」


「養命酒ならありまーす」とエリコは言って立ち上がるとボーイに向かって「ボトルの養命酒を一丁! えっ? 私から取りに言った方が早い? 了解〜」と言って走り出そうとした。


「エリコちゃん、エリコちゃん。ウソウソウソ。養命酒なんて飲めないよ。はぁ〜。やるね、エリコちゃん。負けたよ。とりあえずビールで」と慌てて社長の山本珍太は言ってエリコちゃんを引き留めた。


「ツマミは何にしますか?」とエリコは言って熱いおしぼりを手渡した。


「ありがとう、ありがとう。グワッ、気持ちいい」と社長の山本珍太は言って熱いおしぼりで顔を拭いた。


「とりあえずスルメと枝豆にしようかな」


「わかりました」とエリコは言って立ち上がると調理場に向かって歩いた。


だがエリコは25分経っても社長の山本珍太がいる席には戻らなかった。


帰りが遅いエリコを心配そうに気遣いながら、辺りや腕時計を見る社長の山本珍太は本当に養命酒を頼もうかどうしようか考えていた。


ようやくエリコが戻ってきた。


「社長さん、すみません。スルメと枝豆を切らしていて24時間営業のスーパーに行ってきて買いました。自腹でぇ〜す」とエリコは言って席に着いた。


「立て替えてくれて悪いねぇ。ごめんね。払うよ。いくらしたの?」


「3万円です」とエリコはいってビニール袋から、レシートと、スルメ、枝豆、キャビアの缶詰を取り出した。


「さ、さ、3万円!? なんでさ、なんで、キャビアの缶詰を買ったの? 私はキャビアは頼んでないよ? 何でなのよ?」と社長の山本珍太は震える手でレシートを見ながら言った。


「だってキャビアだもん。キャビアだったんだもん」とエリコは涙ぐみながら言って木綿のハンカチーフで涙をぬぐった。


「いやいや、エリコちゃん。キャビアだもん、って言われても困るよ」


「じゃあ、今からキャビアを返してきて返金してきますね。私の自腹だけど返金してくる。ごめんね。さよなら」とエリコは言ってレシートを引ったくると山本珍太のほっぺたを強くビンタした。


「痛っ!」と社長の山本珍太は言ってほっぺたを押さえた。


エリコは振り返らずにキャバクラ『パック』から飛び出して行った。


エリコは直ぐにキャバクラ『パック』に戻って社長の山本珍太の席に座った。


「エリコちゃん、エリコちゃん。なんで、さっきさぁ、強烈なビンタをしたのよ?」と社長の山本珍太は真っ赤になっているほっぺたを撫でながら言った。


「だって、社長のほっぺたに蛾が止まっていたんですもん」とエリコは言って手鏡を差し出した。


「あーっ、本当だ! 蛾が平べったくなってる! 平べったくなったのは自分で撫でたのもあるかもしれない」と社長の山本珍太は言って張り詰めた緊張の糸をほぐした。


「はい、社長さん、どうぞ」とエリコは言って再び熱いおしぼりを渡した。


「ありがとう。グワッ。気持ちいいわ」と社長の山本珍太は言って熱いおしぼりで顔を強く拭いた。


「ほら、エリコちゃん、蛾だよ。蛾」と社長の山本珍太は言っておしぼりに付着した平べったくなった蛾を見せた。


「本当だ。蛾だ、蛾」とエリコは言っておしぼりを受け取ると傍にいたボーイに手渡した。


「社長さん、初めてのお客様だけども延長はする予定?」とエリコは心配そうに言った。


「2時間延長する予定だよ。まだ宴は始まったばかりさ。エリコちゃん、語ろうよ。現代について色々と語ろう」


「うん、社長さん、語ろう語ろう」


社長の山本珍太はファミコンの話をした。名作『ポートピア連続殺人事件』についての疑惑について熱弁しだした。


「エリコちゃん、私はね犯人は他にいると思う。ヤスではない。ヤスは誰かを庇っている」


「社長さん、さっきの話だと犯人はヤスだと言っていたような」


「確かにヤスっぽい。ヤスっぽいけどヤスっぽくない。ヤスは誰かに脅されているんじゃないのかな?」


「社長さん、いきなり犯人の話から、し始めた話だけども、ポートピア連続殺人事件って何なんですか? 全くわたすはよくわからない話だけども」


「ひらたとか、としゆきとか知ってるかい? ふみえとか、スナック『パル』とか、コメイチゴとか」


「何のことやらチンプンカンプンです。それよりも社長さん。Swich3が密かに早くも開発中だとか」


「へぇ~。予約しちゃおうかな。エリコちゃん、ところでさ、カズはいつまでサッカーやると思う?」


「死ぬまでじゃないですかね」


「エリコちゃん、カズをワールドカップに連れて行ってほしいよな」


「社長さん、本当ですよね。カズは頑張りやさんだからね」


「エリコちゃん、現代について語るって楽しいよね」


「楽しいです楽しいです」


社長の山本珍太とエリコは40分近く、あっちこっちに話が飛びながら、再び『ポートピア連続殺人事件』の同じ話を繰り返していた。2人とも泥酔していた。


「ヤスが犯人じゃないなら誰が犯人か社長の見解を伺いたい」とエリコは定まらない焦点を必死に合わせようとしながら話した。


「たぶん、ヤスっぽいけど犯人はヤスじゃないから。絶対にヤスじゃないから。私はヤスの潔白を信じて今からエニックスに電話しようと思う」


「社長さん、それがいいわ。エニックスが何だか知らないけれどもエニックスに電話しよ電話しよ」


社長の山本珍太は電話を掛けた。


「もしもしエニックスですか? お世話様、社長の山本ですっ」


「頑張れ社長さん!」とエリコは横から大声で励ました。


「エニックスさん、犯人はヤスじゃないと思います。僕はヤスの弁護士になっても構いません。エニックスさん、お願いです。ヤスを釈放してあげてください。お願いします。お願いします」


エリコは社長の山本珍太の熱意ある言葉に胸を打たれていた。


「社長さん、私に代わって」と言ってスマホを奪い取ると話し出した。


「エニックスさんでしたかね、私、エリコです。お願いします。ヤスを釈放してあげてください! ヤスは悪くないです! 悪いのは、誰だっけ? ひらたとかだと思います」と言ったエリコは耳を澄まして返事を待った。


「どちら様ですかね。こちら警察ですけども。詳しく話を聞かせてくれませんかね? 犯人はヤスじゃないとは一体どういう事なんですか? 事件性のある緊急な電話なんですか? 近くに交番はありませんか?」とモノホンの警察署に間違って掛けた社長の山本珍太だった。


エリコは急いで電話を切った。


「社長さん、エニックスじゃないですよ。警察に掛けてましたよ」


「エリコちゃん、エニックスじゃなかったの? あたたたた。間違い電話しちゃったぽい」


「社長さん、本当に後で延長しますか?」とエリコは話を遮って言った。


「延長する。2時間は延長する予定だよ。男一匹、山本珍太は嘘は言わない!」


「嬉しーい」とエリコは嬉しそうに言った。


キャバクラ『パック』にて、社長の山本珍太とNo.1のキャバ嬢のエリコは共に酔いに酔って泥酔し同じ事ばかりを繰り返し話していた。


「エリコちゃん、私は立ち上がるよ。独房にいて毎晩ドナドナを歌うヤスの気持ちを思ったら胸が張り裂けそうなんだよ。悔しくて悔しくて悲しくなる」と社長の山本珍太は密かに頼んでいた養命酒を飲みながら言った。


「わかるわかる。ひとりぼっちは寂しいもんなぁ〜」とエリコは何度も頷いて何度も木綿のハンカチーフで鼻をかみながら言った。


「エリコちゃん、画用紙と油性のペンはあるかい?」と社長の山本珍太は焦点が合わないまま言った。


「社長さん、何に使うんですか?」とエリコは勝手に入れたボトルのテキーラを自分のコップに注ぎながら言った。


「パワー・トゥ・ザ・ピープルさ!!」と社長の山本珍太は言って一気に養命酒を飲み干した。


エリコは空になった社長の山本珍太のコップに並々とテキーラを入れた。


「エリコちゃん、これ何?」


「テキーラだよ」


「私、テキーラ頼んでないよ」


「社長さんはテキーラ飲みたくないの?」


「飲みたい」


「じゃあ社長さん、カンパイしましょう」


「うん。エリコちゃん、カンパーイ!」


「社長さん、カンパーイ」


二人は高々とコップを上げるとコップが割れそうなほどにぶつけた。


エリコは画用紙と油性ペンを持ってきて社長の山本珍太に渡した。


「よしっ!」と社長の山本珍太は言うと一気に画用紙に書いた。


『今すぐにヤスを釈放せよ! 無実の罪で臭い飯を食わされています!犯人はヤスじゃないです!ヤスは悪くありません!ヤスを救え!私はヤスの味方だ!ヤスを救い出してみせる!もう一度言おう!犯人はヤスじゃない!!絶対に絶対にヤスじゃないよ!!』となかなかの達筆で山本珍太は画用紙に書いた。


社長の山本珍太の顔は真っ赤に充血していた。まるで発情期のメスのサルのお尻みたいに真っ赤だった。


「社長さん、あんたは偉い!!」とエリコは言って拍手をした。


「さあ、皆さんも拍手拍手!」とエリコは大声で店内にいる他のお客様とキャバ嬢に言った。


他のお客様とキャバ嬢は、皆、訳が分からないまま、とりあえず、「おめでとう!」と口々に社長の山本珍太に言いながら拍手をしてくれた。


山本珍太は「ありがとうありがとう」と言いながら画用紙を持つとキャバクラ『パック』の外に飛び出した。


「社長さん! どこさ行くんだ!?」とエリコは言って飛び出した。


社長の山本珍太は書いたばかりの画用紙を両手に持って高々と掲げた。


「とりあえず、今の私にできるのは、一般社会にこのヤスの悲劇を伝えることからだ! まずは最初の一歩はここから始まる!! ヤスを釈放せよ!! 今すぐにヤスを釈放をしろ!!」と社長の山本珍太は泥酔したまま絶叫した。


「そうだそうだ!! ヤスを釈放しろ!!」と同じく泥酔しているエリコは続けて絶叫した。


社長の山本珍太はポケットからスマホを取り出すと少しばかり時間を使ってポートピア連続殺人事件を調べてヤスの写真を出した。


「これがヤスです!! 真面目そうな顔をしているでしょう? 妹思いの好青年な男なんです!! そんな日本の宝みたいな好青年をね、いつまで牢屋に入れているんですか!! 1983年6月に逮捕されてから2025年で42年ですよ!! 42年間も牢屋にいるんですよ!! ウグッ、グヘッ」と社長の山本珍太は嗚咽しながら叫び続けた。


エリコはもらい泣きをしていた。エリコはポケットから木綿のハンカチーフを取り出すと社長の山本珍太の涙を拭いてあげた。


「社長さん、後で本気で延長する?」とエリコは真顔で言った。


「あとで2時間だけ延長する予定だよ。まだまだ時間はあるから現代社会の問題点について語り明かそうよ」


「うん! 語り明かそ語り明かそ」とエリコは嬉しそうに言った。





つづく

今回の最新作の話は他の作品から完全に移しました。よろしくお願いします。

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