キャバ嬢エリコのお仕事
早乙女あつ子はメモっていた。エリコが嫌な顔をしないで笑顔のままのテクニシャンぶりに感服していた。松山は明らかに妻帯者だ。あのカラットを見れば一目で分かる。ちょっとした大きさの鼻糞くらいあるカラットだからだ。『松山の野郎め、カビだらけの下駄みたいな顔しやがってよ。めっちゃムカつく! スゲェ殴りてぇーな!』と早乙女あつ子は思いながら松山を見ていた。
松山はエリコを口説き落とそうとしているようだ。
「エリコちゃん、エリコちゃんはオッパイがデカいけど、エリコちゃんのお母さんもオッパイがデカいの?」と松山は上機嫌で聞いてきた。
「もぉ〜う。松山さん、イヤだぁ〜。エッチ、スケベ。しみつでぇ〜す。しみつのアッコちゃんでぇ〜す」とエリコは言って笑ったが目は全く笑っていなかった。
「いいじゃん、教えてよ。エリコちゃんのオッパイが見たいなぁ〜」と松山は言ってビールを飲むとエリコの胸を凝視した。
「もう、松山さんのドスケベ!」とエリコは言って松山の頭を強めにゲンコツをした。
「痛いっ! エリコちゃん、ちょっと今のゲンコツ強かった」と松山は言っておしぼりを頭に当てて冷やした。
「ウソ〜。そんなに強くしてないよ〜。ウフフフ」とエリコは笑うと松山の肩を強めに殴った。
「痛っ!! ちょっとちょっとエリコちゃん。今のは痛い」と松山は言っておしぼりを肩に当てた。
「松山さん大丈夫? そんなにあっちこっち痛いなら治る魔法を教えてあげよっか?」とエリコは言って松山の肩にしな垂れかかって上目遣いで松山を見つめた。
「うん! 魔法って何?」と松山は言って鼻の下を長くしながらエリコの胸元を見ていた。
「松山さんがテキーラのボトルを入れてくれたら絶対に治りまぁ〜す。テヘッ。テキーラ治療でーす。もし入れてくれたらね、私、思い切って松山さんにアレの話をしたいなぁー」とエリコは言って顔を赤らめてモジモジしだした。
「すみません、テキーラのボトル2本くださーい!」と松山は立ち上がって店員のお兄さんに声を掛けた。
若い店員は頷くと奥に消えていった。
「松山さん、スゴーイ!! 2本も入れてくれたな! 2本も入れてくれたな! スゴーイ!! ありがとー!! ぴえーん、ぴえーん!」とエリコは言って嘘泣きをした。
「あはははは! これくらい大したことないってよ。僕はあの松山だよ! 18年間、ティッシュ配りの仕事をして生計を立てている、あの松山だよ」と松山は言って上着のポケットからポケットティッシュを3個出してエリコに渡した。
「ポケットティッシュ、ありがとー。スゴーイ! 松山さんはティッシュ配りの仕事で生きているんですか?」とエリコは言ってポケットティッシュをテーブルの上に置いた。
「いやいやまさか。ティッシュ配りはアルバイト。竿竹屋もしてる」
「えーっ! ウッソ〜!!」
「た~けや~、さお~だけ、さお~だけ~、布団竿、物干し竿の大安売り、2本で千円! 2本で千円!」と松山は立ち上がって2、3回熱唱した。
「スゴーイ!」とエリコも立ち上がって拍手した。
「竿竹屋が松山さんの本職?」
「いやいや違う。本職はコレ」と松山は言って両手をエリコの前に差し出した。エリコはキョトンとした。
「何の仕事か、わかんなーい」とエリコは言ってモジモジした。
「エリコちゃん、わかんない?」
「わかんなーい」
「エリコちゃん、これ見て本当にわからない?」
「わかんなーい」
「正解は爪切り屋さんでした」
「松山さん、つ、爪切り屋?」
「そう。爪切り屋。道行く人たちに声を掛けて爪切りをする仕事なんだ。皆、結構、爪切るのって割と面倒くさいでしょ? だから代わりに僕が1回5000円で爪を切ってあげようと思ってさ」
「へぇ~。スゴーイ……」
「ティッシュ配り、竿竹屋、爪切り屋の3つの仕事を掛け持ちしているエリートなのさ」と松山は言ってテキーラが運ばれてくるのを見ていた。
「松山さん、めっちゃスゴーイ。パチパチパチ」とエリコは愛想笑いをしながら別に驚いている風でもなく、口だけで拍手をした。
「松山さん、松山さん、もう一度、歌って歌って」とエリコは言った。
「了解。た~けや~、さお~だけ、さお~だけ~、布団竿。物干し竿の大安売り、2本で千円! 2本で千円!」と松山は熱唱した。
エリコも熱唱した。
つづく




